第62話 どんな人なの第四王女

 一時的に空気が悪くなったものの、僕たちの冒険は順調に終わった。


 結局、現れた魔物も数体のみ。それも繁殖力だけ無駄に高いゴブリンだけだった。


 あのハブールもゴブリンだけは駆逐できなかったらしい。ゴブリンの繁殖力というか、生きるための力には驚かされる。


 かと言って見逃すわけにもいかず、手加減する理由もない僕たちは、悉くゴブリン共を駆逐してセニヨンの町に戻った。


 すっかり茜色に染まる正門を潜り、人通りの激しい商業区域に足を踏み入れる。


 まずはここから西にいって冒険者ギルドに向かわないといけない。ソフィアが摘んでくれた薬草の換金だ。


 魔物の数こそ少なかったが、道中、少しずつ薬草を採取してくれたソフィアの成果はそれなりに大きい。


 籐かごいっぱいに収まった薬草を見下ろして、僕は冒険者ギルドがあるほうを指差した。


「さて……じゃあまずは冒険者ギルドに行こうか。そこでソフィアが摘んだ薬草の換金をしてから食材を買って、今日は二人の家にお邪魔していいんだよね?」


「はい! 腕によりをかけて手料理を作らせてもらいます! 個人的には、マーリン様には毎日手料理を振る舞いたいくらいなのですが……」


「あはは。ありがとうエアリー。でもさすがに毎日ともなるとエアリーが大変だろうし、わざわざ行き来してたら僕も大変だ。あと、宿の女将さんにも悪いしね」


 経済とはひとつの所に集中してはいけない。たくさんの場所で金を落として回らせることに意味がある。


 エアリーたちばかり贔屓していたら、女将さんやその娘のカメリアに怒られてしまう。女将さんの料理も美味しいしね。


「ええ。ええ。わかっています。マーリン様はお優しい方。きっとそう言うと思ってました。残念ではありますがね」


「私もお姉ちゃんみたいに料理ができたら……」


 しゅん、とソフィアが落ち込んだ。別にソフィアが料理ができても毎日は通わないよ? 嬉しいっちゃ嬉しいけどね。


「いいのよソフィア。あなたにはあなたにしかできないことがある。私にも少しは頑張らせてちょうだい。それに、嬉しいの」


「嬉しい?」


「ソフィアのためにまた料理が作れることが。マーリン様が美味しいって喜んでくれるのが。マーリン様に食べさせられるのが幸せで……!」


「途中から私の要素が消えてるよね? 妹のことよりマーリン様が優先なの?」


 またしてもソフィアのジト目が姉エアリーに突き刺さる。彼女は苦笑しながら首を横に振った。


「そ、そんなわけないでしょ! もちろんソフィアのことも大事よ。優先してる」


「でも……?」


「マーリン様にはいろいろと恩を返したい! あと、料理を作ってる自分がまるでマーリン様の——」


「もういいよ、お姉ちゃん。静かにしよ?」


「…………最近、元気になったことで妹からの視線が鋭くなった気がします。なぜでしょうか、マーリン様」


 ぴしゃりと言葉を途中で止められ、ぐったりとうな垂れるエアリー。


 僕はなんとも言えない顔で「仲がいい証拠だよ」と言っておく。


 その後、僕たちはゆっくりと冒険者ギルドに向かった。




 ▼




 冒険者ギルドに到着する。


 すぐに薬草の換金をしようかと思ったら、その前に僕たちに気付いた女性の職員がこちらにやって来た。


 どこか焦るような口調で告げる。


「ま、マーリンさん! よかったぁ……ギルドマスターがマーリンさんに至急話したいことがあるって言ってましたよ」


「え? 僕にですか?」


「はい。結構大事な話とかなんとか。いつでも二階にあるギルドマスターの部屋へ行っていいそうなので、よろしければ是非」


「わかりました。とりあえず今から行ってみますね」


「ありがとうございます! これで怒られずに済む……」


 なんだか不穏なことを呟いて女性職員はそのまま立ち去って行った。


 あの温厚なヴィヴィアンさんが怒るとは思えないが、そう感じるくらいには大事な話があるってことなのかな?


「なんだか大事な話があるみたいだから、ちょっと僕はギルドマスターに会いに行ってくるね。二人は先に換金をお願い」


「畏まりました。いってらっしゃいませ」


「いってらっしゃい、マーリン様」


「いってきます」


 二人に見送られて僕は二階へ足を踏み入れる。一番奥にある部屋の扉をノックすると、なにも言ってないのに「入っていいわよ」というギルドマスターの声が返ってきた。


 ドアノブを捻って中に入る。


「……あら、マーリンくんじゃない。よかった。今日は冒険者ギルドに来ていたのね」


「アラクネ討伐以来ですね。お仕事お疲れ様ですギルドマスター」


「ええ。その様子ならアウリエルとは会ってなさそうね。まだ来てないのかしらあの子……」


「アウリエル? アウリエルって、まさか王都にいる第四王女様ですか?」


「そうよ。知ってたの?」


「ついさっき知り合いから聞きました。なんでも、信心深い方だと」


「あー……そうね。まあ、そうとも言うわ。それしかないわ……いえ、いい子なのよ? 普段は。ほんと。でも、ちょっと信仰に関して頭がおかしいっていうか……」


「? どういう……」


 聞くかぎりギルドマスターは王女様と仲がいいように思える。一国の王女様を呼び捨てにできるくらいだから、彼女もまた地位が相当に高いのだろう。


 ギルドマスター以外になにか秘密でもあるのかな?


 そう思っていると、唐突にギルドマスターは険しい表情を浮かべて椅子から立ち上がった。


 深刻そうな声で言う。


「と、とにかく! あの子がこの町に、視察を名目に来るらしいの! 十中八九あなたに会いに来るのが目的でしょうね。だから、絶対に、絶対に! 彼女とは会わないようにしたほうがいいわ!」


「えぇ……?」


 それ、本当にどういう意味ですか?

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