第60話 第四王女殿下

「はい。教会に所属する聖職者……とくにシスターと呼ばれる女性のあいだでは、いま、マーリン様の話題で持ちきりらしいですよ」


「……ぼ、僕? なんで?」


「まあその外見が、彼女たちが信仰する神さまにそっくりなのと、最近はアラクネを倒したことが大きいですね」


「アラクネ?」


「はい。ギルドマスターはアラクネ討伐はマーリン様の功績が大きいと発表しました。公正なあの方らしい判断です。マーリン様もそれでいいと判断した。——しかし、そのせいで聖職者のあいだでは、マーリン様は神の子、もしくは眷属と呼ばれているみたいです。世界を魔物の脅威から救う存在だと」


「え、えぇええええええ————!? なわけないじゃん! どこにでもいる普通の冒険者だよ!」


 なにが神の子だ。なにが神の眷属だ。


 たまたま前世の記憶を残したまま転生した以外は単なる人間……とも言えないのがなんとも言えない。


 たしかに僕は、神に準ずる存在の力を得てこの異世界に転生した可能性はある。


 証拠は僕自身の恐ろしいまでの能力と、時折、こちらの内心を汲み取って答えてくれる謎のメッセージ。


 それらを神による恩恵だと吹聴すれば認められるだろう。もしかすると、この身に宿る巨大な力も神の子として見てもらえれば受け入れられるかもしれない。


 ただの一般人が災害クラスのパワーを持っていたら危険視されるが、それが神の子なら話は変わる。


 前世以上に根強い宗教が広まるこの異世界において、その子供、あるいは眷属であると認められた僕の地位は恐らく相当に高い。


 どんな危険な力も、「人類を守るため」という大義名分を得られ崇められるはずだ。根本的な問題が解決すると言える。


 けど……代わりに自由は失うだろう。ソフィアたちともこうして冒険できなくなる。


 それは嫌だ。それだけは困る。だから僕は一般人でいたい。普通の暮らしを、誰かとの暮らしをただ望む。


 そういう意味では、やはり僕は単なるいち人間にしか過ぎないのかもしれない。


「マーリン様がどこにでもいる冒険者、という話には残念ながら疑問は残りますが……最近、そういった噂をよく耳にします。もしかすると王都からあのお方が姿を見せるかもしれませんね……」


 いまサラッと酷いこと言ったよねエアリー……。自覚はあるけどやっぱり周りからも僕は異常に見られていたのか。これでもだいぶ能力は抑えているほうなんだけどね……。


 でも、それより気になる単語が聞こえた。


「——あのお方?」


「はい。王都にいる第四王女殿下……アウリエル様です」


「アウリエル様? 知らない人だ……」


「その事にびっくりするべきなのか、教えないといけない! と焦るべきなのか実に悩みますね……」


「あはは、ごめん。僕ってこの辺りのことにはあまり詳しくなくてね。かなり遠方からやって来たから」


 日本って国だけど知ってる? たぶん次元を超えた先にあるよ。


「そうでしたか。では簡単に私が説明しますね」


「お願いします」


「王都の第四王女殿下——アウリエル・サラ・マグノリア様。王家の中でもとくに平民に対して慈悲深いと言われる王女様です。彼女が個人的な私財を投じているおかげで、多くの孤児院や教会は成り立っている、と言われるほどに。世間では【聖女】様と呼ばれるくらいのお方です」


「へぇ……なんだか凄くいい人みたいだね」


「清く正しい、まさに王族の中の王族と言える人物かと。他の王族の方も立派ではありますが、平民に近いという意味ではアウリエル殿下の人気が一番かもしれませんね。私たちも尊敬しています」


「アウリエル王女殿下がいなかったら、孤児院にはだれも出資していなかった、とも言われていますから。同じ孤児として、子供が救われないのは辛いです……」


 そう言ったのはソフィアだ。瞳を伏せ、恐らく自分の過去を脳裏に浮かべている。


 そんな彼女の頭をエアリーが優しく撫でて言った。


「そうね。子供は救われるべき。私もそう思うわ。でもソフィアは違う。振り返るのはいいけど、幸せになった今も見ないと。前を向けない人は、自分が幸せだと思えない人はすべてが虚しくなるわ。私たちはたしかに、マーリン様に救われてこうして生きてるもの。ね、ソフィア」


「……うん! マーリン様が私たちの神様です!」


「はは……そんな大層なもんじゃないさ」


 ただの自己満足の偽善に過ぎない。やらないよりマシとはいえ、それでもチヤホヤされるのは気恥ずかしいね。


 結局、僕がやったことと言えば、ソフィアの姉エアリーを病魔から救ったくらいだし。


「そんなことありません! マーリン様がいなかったらきっと私たちはもっと酷いことになっていました。お姉ちゃんはずっとずっと苦しみ続け、私も心が壊れていた……。だから、やっぱりマーリン様は救いの神様ですっ」


「その通り。ずっとお慕い申してますよ、マーリン様」


 ぴたり、とそう言ってエアリーが僕にくっ付いてくる。


 ちょっと羨ましそうなソフィアが、自分はどうしようかと迷っていた。


 答えが出るより先にエアリーがふと思い出す。


「——っと。そうでした。話が脱線しましたが、とにかく。信心深いアウリエル王女殿下と会う機会があったら、ぜひ、あの方とは仲良くしてみてください。殿下もマーリン様と仲良くなりたいはずですから」


「なるほどねぇ……。僕は神様と関係ないから、騙すようで心苦しいけど」


「それはそれ。これはこれ、です」


 ふふ、とエアリーは笑う。


 一国の王女様と話す機会があったら、こちらとしては遠慮したいものだ。


 いっそ……。




「この町を出て、どこかへぶらりと旅をするのも悪くないのかな?」




 男のひとり旅なんて、前世からの憧れである。


 だが、その呟きを聞いた瞬間、エアリーどころかソフィアまで目を見開いて僕を凝視した。


 痛いくらいの沈黙が漂う。

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