二章
第59話 そんな大層な男じゃない
セニヨンの町を襲おうとした災害級のモンスター、2級危険種【アラクネ】との死闘から早くも数日が経った。
その間、僕は料理を振る舞いに来てくれるソフィアたち姉妹と、ちくいち様子を確認しに来るカメリア、ノイズたちの四人と仲良く過ごした。
主にソフィアたちとは雑談と料理を交え。
主にカメリアとは雑談や夜を共にしたり。
主にノイズとは冒険者に関する話を聞いたりと、我ながら充実した日々を過ごした。
そんな中、アラクネ戦で消費した体力とやる気が戻る頃には、すっかり平穏を通り越して暇になっていた。
そろそろ依頼でも請けないと退屈に殺されてしまう。
そう思った僕は、これから依頼に出かけるところだというソフィアたち姉妹に声をかけ、一緒に冒険へ出かけることに決めた。
「いやぁ、悪いね。二人が仲良く外へ依頼を請けに行くのに付き添っちゃって」
いつものように白いローブとフードを纏い歩く僕。隣に並ぶ姉妹の一角、姉エアリーに申し訳ないと声を零した。
しかし、当の本人は笑顔のまま首を左右に振る。
「いえいえ。むしろこちらとしては、マーリン様が一緒に来てくれるほうが嬉しいですよ。ソフィアったら、ここ最近はずっとマーリン様と行動できなくて寂しいって言ってましたから」
「——お姉ちゃん!? なな、なにを言ってるのかな!?」
エアリーの暴露に動揺を隠せないソフィア。顔を真っ赤にしてあたふたと慌てている。
せめてもう少しくらい冷静に対処できれば隠せたものを……。
いや、この素直さこそがソフィアの美徳と言える。隠すなんてもったいない。
「へぇ、そうなんだ。気持ちは一緒ってわけだね」
「い、一緒……? マーリン様も、私たちと行動できなくて寂しかった、とか?」
「もちろんだよソフィア。二人がいない生活は退屈だった。もっと早く外に出ようかと思ったんだけど、不思議と体が重くてね。こう……自分のサボり癖というか、なまけ癖というか……。そういう部分が恨めしいと感じるくらいには寂しかったかな」
「マーリン様……!」
ぱあぁっ、とソフィアの顔が明るくなる。彼女は思ったことがそのまま顔に出るタイプだ。決して嘘はつけないんだろうなって解る。
その隣に並んだ姉エアリーも嬉しそうに笑った。
「よかったねソフィア。みんな気持ちは同じよ。私も何度マーリン様を冒険へ誘おうとしたことか……。料理だけではこの燻る気持ちを抑えるのに不十分です。ただでさえ、宿のあの女の子には出遅れているというのに……」
ぼそり、とエアリーがたいへん危険なワードを漏らした。
最後は小さく呟いたが、近くにいた僕には聞こえた。
宿の女の子ってアレだよね、カメリアのことだよね?
なんで彼女と親しい仲だって知ってる……か、そりゃあ。前に一緒に部屋で鉢合わせたこともあるし、ここ最近はよく顔を合わせている。
だが、僕と彼女がいわゆる【肉体関係にある】という事までは知らないはず。
……知らないよね? なんていうか、エアリーの表情はまるで知っているかのようで怖い。
女の勘とかやめてほしいよ。鋭さがもうスキル並みだ。
バレていないことを祈りつつ、さらに僕たちは森の奥へと歩みを進める。
しばらく歩いてもあまりモンスターは出てこない。
数日前に討伐した【アラクネ】および、そのアラクネが生み出した蜘蛛型の魔物【ハブール】による影響が、未だにこの辺りに爪痕を残す。
なまじハブールの数と行動範囲が広すぎて、セニヨンの町周辺にいたモンスターはほとんど食べられてしまったらしい。
残ってる魔物もしばらくはその恐怖に怯え、あまり姿を見せない。
冒険者にとっては実に厄介な存在だった。まさか死んだあとまで迷惑をかけるとは……。
ギルドマスターが最悪の敵だと言う理由がよくわかった。アラクネはまさに生きる災害だ。
僕たちもソフィアという薬草学のプロがいなかったら、依頼達成の報酬が激減していただろう。
「——あ! 女性といえば、最近は妙な噂が流れているのをご存知ですか、マーリン様」
「妙な噂……?」
森の中を歩いていると、唐突にエアリーが話題を変える。
一体なんの話だろうと首を傾げた。
「ええ。教会に所属する聖職者……とくにシスターと呼ばれる女性のあいだでは、いま、マーリン様の話題で持ちきりらしいですよ」
「……ぼ、僕? なんで?」
「まあその外見が、彼女たちが信仰する神さまにそっくりなのと、最近はアラクネを倒したことが大きいですね」
「アラクネ?」
「はい。ギルドマスターはアラクネ討伐はマーリン様の功績が大きいと発表しました。公正なあの方らしい判断です。マーリン様もそれでいいと判断した。——しかし、そのせいで聖職者のあいだでは、マーリン様は神の子、もしくは眷属と呼ばれているみたいです。世界を魔物の脅威から救う存在だと」
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