第58話 アラクネ討伐後の余波
泊まってる宿でマーリンが二人の姉妹とひとりの友人に料理を食べろと迫られる中、視点は変わって冒険者ギルドの一角。
普段は冒険者が運んでくるモンスターの解体場として使われる一帯にて、ギルドマスターのヴィヴィアンは神妙な表情を浮かべて足元に転がる【ハブール】の死体を見下ろす。
現在、冒険者ギルドの解体所はパンク寸前だ。辛うじて職員を総動員してハブールの解体にあたってはいるが、それもギリギリがいいとこ。それだけ今回の戦いで大量のモンスターを駆逐したことになる。
幸いなのは、中でも解体の手間がかかるうえ巨大なアラクネが、マーリンの手によって消滅させられたこと。
素材は貴重だったが、あんな馬鹿みたいにデカいものが持ち込まれていたら……と考えると彼女は頭が痛くなった。
「しかし……」
しかし、だ。
いま思い出しても凄まじい戦闘だった。
アラクネとの戦いが、ではない。アラクネと戦ったマーリンが、だ。
自分と同じくらいのスペックを誇るアラクネを前に、彼は素手で応戦。ほぼ一方的にアラクネを完封した挙句、最後は【聖属性魔法】で跡形もなく消し飛ばしてしまった。
あんな真似、レベル300まで上げた自分にも不可能な芸当だと思われる。
「またすごい新人が入ってきたわね……。なんで彼はこんな町にいるのかしら? あれだけの実力があれば、冒険者どころか王宮の警備……いや、王族お抱えの役職に就くことだって……」
わざわざこんな片田舎の町で燻っていい才能ではない。
あれは異常だ。前に何回か見たランク1冒険者に匹敵するほどの実力だと思われる。
だが、そこでふとヴィヴィアンは思い出した。
「……もしかして、マーリンくんはあまり目立ちたくない? いや、そうは見えなかった……。王都に行きたくない理由でもあるのかしら? たとえば……あの外見とか?」
マーリンの外見をギルドマスターのヴィヴィアンは見たことがある。
ハッキリと見たわけではないが、かなり整ったものだというのはわかる。
加えて、銀髪に黄金の瞳とくればフードで顔を隠したい気持ちも容易に想像できた。
それでいうと、たしかに王都はここより目立つうえ、あの王女様がいる。
マーリンが目を付けられるのは誰の目からも明らかだった。
「ないとは思うけど、実は王女様から逃げるためにこの町に来た、とか」
なんてね、と笑い飛ばしながらも、内心では「まさかね……」と一抹の不安が過ぎる。
なぜなら、王都にいる第四王女様は……熱烈な——神の信仰者なのだから。
▼
さらに場所は変わって王都にある大聖堂内部。
ステンドグラスから差し込む光に照らされた聖堂の一角にて、ひとりの女性が鮮やかな壁画を見つめる。
それは神話の一幕。神が降臨し人々へ力を与えたという話に因んだものだ。
祈るように手を合わせながらジッと無言で眺め続ける。
すると、静寂に満たされた聖堂の中に小さな足音が響いた。
入ってきたのは、老齢の男性。聖職者らしい装いを纏い、ゆっくりと女性の前で足を止めると頭を下げていった。
「アウリエル王女殿下。少々、お耳に入れたいことがあります」
「これはこれは……お話、ですか? カイゼル枢機卿」
名前を呼ばれた男は、いっそう深く頭を下げてから顔を上げた。
真面目、という言葉がよく似合いそうな顔で告げる。
「ええ。セニヨンという町にいる冒険者の話です」
「セニヨン……? たしかその名前、ヴィヴィアンのいる町だと記憶してますが?」
「はい。その通りです」
「ふむ……。ヴィヴィアンになにかあったのですか? 彼女のためならどのような援助も惜しみませんよ」
「いえ……彼女ではなく、彼女の管理するギルドの件です」
「ギルドの話? ワタクシに?」
なぜ、という顔で首を傾げるアウリエル。
そんな彼女に、カイゼルは淡々と語った。
「どうやらセニヨンの町の冒険者ギルドに、外見が銀髪に黄金色の瞳を持つ新人冒険者が登録を行ったとか。まるで——」
「——神様なの!?」
「ッ!」
カイゼルの言葉は最後まで続かなかった。むしろ目の前の女性に奪われ、すごい形相で詰め寄られる。
「お、恐らくは人間かと。しかし、実力も優れているうえにその外見ですので……。なにか、神に通じるものがある可能性は否定できません」
「へぇ……実力もあるのね」
「噂だと、セニヨンの町周辺に現れた2級危険種のアラクネを倒したとか」
「それはそれは……! ふふ。久しぶりにワタクシの胸が高鳴りましたわ。そうと決まれば話は早い。その噂の冒険者様を見に行きましょう」
くるりと彼女は踵を返して再び壁画へ視線を合わせる。描かれた神の姿に頬を朱色に染め、ぽつりと小さく呟いた。
「お待ちくださいね……主よ。もしその冒険者があなた様の眷属ならば……この身をすべて捧げましょう。ええ」
と、どこか邪悪さすら窺える笑顔で。
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あとがき。
一章、完結!
明日から二章が始まります。
二章ではついに王女さま登場⁉︎
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