第57話 あ、まずいやつ
2級危険種——【アラクネ】による騒動は、僕自身が討伐することで終息した。
巣に戻ったハブールたちの掃討も終わり、再びセニヨンの町に平和が訪れる。
訪れている……はず。
対して僕は、やや微妙な状況に置かれていた。
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「はい、マーリンさん。あーんしてください」
スプーンを片手に、カメリアがスープを口に運ぶ。
「あ、あの……カメリア? 食事くらい自分でできるんだけど……」
「ダメですよ! マーリンさんはものすごく強い魔物と戦っていたんでしょう? 今日一日くらい、たっぷりと私に甘えてください! ね? はい、あーん」
「……あーん」
ぱくり。
差し出されたスープを飲む。
すると、カメリアとは反対側に座る金髪の少女が、こめかみを微かに震わせながらフォークを突き出した。
「ま、マーリン様のお世話は私とお姉ちゃんがします。なので、あなたは引っ込んでてくれませんか? はい、マーリン様。お肉ですよ。あーん」
「ちょっと食べにくいんだけど……」
「その女の子の料理は食べて、お姉ちゃんと私が作った料理は食べられませんか……?」
「……あーん」
そんなうるうると瞳を濡らして僕を見ないでほしい。良心が耐えられない。されるがままに口を開く。
そしてぱくり。
咀嚼し、ごくりと肉を飲み込んだ。
うん……。あのね? 料理はすごく美味しいんだ。どちらも。
けど、けどね?
なんでみんな、当たり前のように僕の部屋に集まってるの?
別に示し合わせたわけでもないのに、朝、起きるとソフィアたちが扉の前にいた。
何の用だろうと尋ねると、昨日、魔物の討伐を頑張った僕を労うために来たらしい。わざわざ料理まで作ってきて。
そして、タイミング悪く同じことを考えたカメリアがそこへ混ざる。
しばし見つめ合ったのち、とりあえず三人は僕の部屋に入って今にいたる。
……これはアレだ。完全に僕が悪いと言わざるを得ない。
この顔面と、八方美人が招いた現実だ。
「ふふ。どうですか、そのお肉。今日は奮発してマーリン様のために買ったんですよ? お姉ちゃんがどうしても精のつくものを食べてほしいって。ね?」
「はい。マーリン様はきっとお疲れだろうと思い。喜んでいただけると嬉しいのですが……」
「すごく……その、嬉しいよ? 美味しいし、元気が出る」
代わりに精神へ多大なダメージが入る。
それさえなければ完璧だった。
「それは何よりです! では、そちらのお嬢さんの料理は必要ありませんよね? あまりたくさん食べ過ぎても問題ですし、遠慮してもらってもよろしいかしら?」
「それには及びません。マーリンさんはウチの料理をたいへん気に入ってますから。ね? だからこっちのお母さんが作ったお肉も食べてください。マーリンさんのために特別に焼いてもらったものですよ」
ぐいぐい、と今度はカメリアまでフォークで肉をブッ刺してこちらに差し出す。
当然、対抗のためにソフィアのほうも追加の肉を口元に運んだ。
「さあさあ。さあさあ! お姉ちゃんの料理は世界一ですよ、マーリン様!」
「さあさあ。さあさあ! お母さんの料理は世界一ですよ、マーリンさん!」
「………えっと、その……」
だ、ダメだ。この状況はまずい。
これは確実に腹がいっぱいになっても食わされる状況!
なんとかして回避せねば……。せっかくの休みを、女同士の仁義なき争いに巻き込まれ、腹痛で寝込むことになる!
必死に脳を回して考える。
……だが、彼女たちの厚意と好意を正面から拒否することは、僕にはできなかった。
内心で頭を抱える。
——そこへ。
コンコン、という控えめなノック音が響いた。
全員の視線が扉へと集中する。
聞こえてきた声は……。
「あ、あの~……マーリンさんはいますか?」
「ノイズ!」
思わず神に感謝した。
急いで椅子から立ち上がると、部屋の扉をあけて彼女を招く。
「やあやあノイズ。今日はどうしたんだい? なにか僕に用かな? 用があるなら付き合うよ? ね?」
半ばゴリ押す形で外へ出してもらおうとするが、そんなノイズが無慈悲にも後ろに回していた手を前に差し出してくる。
……そこには、小さな包みがあった。
「じ、実は……! 用というほど大したことではないんですが……。なんていうか、その……マーリンさん、疲れてると思って……。ご飯の! 差し入れを……!」
「ご飯、の……差し、入れ?」
「はい! 疲れた時は肉です! 焼いてもらった肉串をたくさん買ってきました! お金の心配はしないでいいですよ! アラクネの討伐に参加したことでたくさん報酬が貰えましたから!」
そう言って包みを僕に渡すノイズ。
僕の脳裏には宇宙が広がっていた。
——差し入れって、なんだっけ……。
さらに、遅れてノイズが部屋の中にいるソフィアたちに気付く。
「あれ? ソフィアさんじゃないですか。どうしたんですか、こんな所で」
「考えることは同じってわけですね……まったく」
ハァ、と背後でソフィアのため息が聞こえた。
同時に、複数の視線が背中に突き刺さる。
ああ……これは本当に、まずいやつだ。
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