第56話 疲れたね

 【聖属性魔法】による光が消える。


 あとに残されたのは、焼け焦げた地面と灰になった木々。アラクネの体はどこにもなかった。


「……終わった、かな」


 一息つく。


 2級危険種だけあってこれまでの魔物とは一線を画す運動能力だった。


 それでも、封印を解放する必要すらなく倒せる。


 やはり自分は、この異世界でもかなりの異端だとわかった。


 今後、果たして封印を解く機会は訪れるのだろうか?


 疑問を浮かべながらも踵を返して後ろを見る。


 まだアラクネの巣の中では、ギルドマスターたちが戦っている。


 早く戻って加勢しないとね。


 きっちりとアラクネが死んだことを確認してから僕は走り出した。




 ▼




 アラクネの巣の中に戻る。


 ギルドマスターを先頭に、ノイズを含めた複数の冒険者がハブールを撃退していた。


 しかし……。


 あの小さな女の子みたいなのはなんだ? やたら強い。


 ノイズたちより圧倒的な速度で魔物を駆逐していた。


 スキル【鑑定】で見てみる。


「……妖精?」


 なんだそれ。


 エルフやビーストなんて種族がいるんだ。妖精がいたって不思議じゃないが……。


 もしかして誰かのスキルだったりするのかな?


 まあいい。


 疑問は残るが、僕も早々にハブールの殲滅へと乗り出す。




 すべてが終わったのは、それから30分ほどあとだった。




 ▼




「つ、疲れましたぁ……」


 ばたりとノイズが地面に倒れる。


 彼女は奥の手である【獣化】まで使って戦っていた。あれは消耗が激しいと聞くし、無理もない。


 ジュースの入った水筒を渡して労う。


「お疲れ様ノイズ。頑張ったね、本当に」


「それほどでもありません。アラクネを倒しちゃうマーリンさんのほうが凄いですよ」


「本当にね」


「……ギルドマスター」


 ノイズとの会話に、赤髪の女性——ギルドマスターのヴィヴィアンさんが入ってくる。


 涼やかな表情で僕を興味深そうに見つめていた。


「驚いたわ。まさかあんなに強かったなんて。ある意味では予想どおりと言えるけど……。あなた、何者なの? 外見といい能力といい、普通じゃないわ」


「いやだなぁ、ただの新人冒険者ですよ」


「あら、知ってる? 新人冒険者はアラクネなんて普通は倒せないのよ~? あれをあんな風に倒しちゃうなんて、もしかして元ランク1冒険者とか?」


「だとしたらとっくにバレてますよ。そうでしょう?」


「……たしかにね」


 一応は納得してくれるギルドマスター。


 言いたいことはわかる。


 僕の実力で新人冒険者はおかしいって言うんだろ? 怪しいって言うんだろ?


 僕だってそう思うよ。こんな新人いるか、ってね。でも、こればっかりは事実だからしょうがない。


 異世界から来た人間です、とも言えないし。


「いやぁ、マジで凄かったよな! あの巨大なバケモノを素手で殴り飛ばして! ゴリラかなにかかと思ったぜ」


「私、ファンになっちゃった……きゃっ!」


「僕も……カッコイイ。好き」


「あ、あはは……どうも」


 ギルドマスターに同行した四人組のパーティー。その内のふたりの女性が、露骨な視線と隠そうともしない好意を向けてくる。


 いまはフードで顔を隠しているが、僕が件の銀髪に黄金色の瞳だということを知っている人物だ。


 そこに高い実力まで加わって、彼ら、彼女らからの好感度が凄いことになった。


 褒められるのも好かれるのも嫌いじゃないが、後ろのノイズから痛いくらいの視線をもらってるので許してほしい。


「そ、それよりギルドマスター! どうします? この辺りの巣を壊して町に戻りますか?」


「ふふ。動揺しちゃって可愛い。けど、そうね。壊すのは私に任せて、あなたは先に戻っていいわよ。アラクネと戦って疲れてるでしょ? 色んな意味で」


 にやり、とギルドマスターが笑う。


 たしかに疲れている。戦闘自体はすぐに終わったが、その後、ギルドマスターを含むほかの冒険者たちから賞賛されて、精神的に疲れていた。


 ここは彼女の厚意? に甘えておく。


「……ありがとうございます。じゃあ、僕とノイズは先に戻りますね。歩けるかい、ノイズ」


「はい! ノイズは問題ありません!」


 声をかけると、ノイズはびしり! と敬礼のポーズで答える。


「それはよかった。じゃあ、お先に。お疲れ様でした、皆さん」


「お疲れ様。気をつけてね」


「お疲れ様! サンキューな!」


「あーん! また街で会いましょうね!」


「またね。またね」


 最後に挨拶を交わしてから、僕とノイズは帰路に着く。


 帰り道、僕もノイズも同じ言葉を漏らすのだった。




「疲れたね……」


「疲れましたね……」


 と。

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