第55話 全力で倒す

 しばらく森の中を走っていると、やがて白い糸に覆われた一帯が見えてくる。


「! あれがアラクネの巣か」


「大きい……! あの中でギルドマスターたちが?」


「ああ。魔力を感じた。このまま突っ込もう。すでに大量のハブールで溢れてる」


 気持ち悪いだなんだと言ってる状況じゃなくなった。


 【聖属性魔法】による熱線で壁に穴をあけ、そこを蹴り破って中に入る。


 すると。


「——! ギルドマスター!」


 中央にて、地面に倒れて動かないギルドマスターの姿を発見する。


 体にはなにやら粘液状の液体? が付着している。おそらくアラクネの毒かなにかだろう。


 そこへ襲いかかろうとするアラクネ。


 それを見て、僕は地面を蹴り上げた。


 手加減なしで一気にギルドマスターへと迫るアラクネへ肉薄する。


 下半身の蜘蛛頭へ、全力で拳を振るった。


「おい。なにしてんだ、お前」


「————!?」


 拳が当たる直前、アラクネが僕に気付いて驚愕を浮かべた。


 だが遅い。


 回避をとる暇はなく、アラクネは衝撃を受けてはるか遠方へと吹き飛ぶ。


 地面を二、三回ほどバウンドして壁に当たった。


 ギリギリ糸で作られた壁は壊れなかった。しかし、潰れた体から血を流して地面に落ちる。


 ギルドマスターのそばに着地した僕は、急いで彼女の毒を浄化した。


「————【浄化】」


 光がギルドマスターの体を包む。


 痺れと思われる有害物質は消えた。少しして、彼女が動き出す。


「くっ、うぅ……。あ、なたは……」


「どうもギルドマスター。言いつけを破って来ちゃいました。他のハブールがこっちへ向かっているので怪しいと思ったら……よかった。ギリギリ間に合った」


 笑みを浮かべてそう言う。


 彼女もまた、苦笑しながら返す。


「そう、ね……。助けられちゃったもの。文句なんて言えないわ。ありがとう、マーリンくん」


「いえいえ。それより……あれが件の魔物ですか。実物は最悪に気持ち悪いな……」


 砂煙の中でよろよろと立ち上がるアラクネを見る。


 ギルドマスターも立ち上がって同じ方向へ視線を向けた。


「ええ。前は麻痺毒なんて使ってこなかったのに……。油断したわ。個体ごとに攻撃パターンが変わるなんてよくあるのに」


「反省はあとにしましょう。いまは、あいつをどう倒すかです」


「あら、あなたが倒してもいいのよ? あれだけの力があれば不可能じゃないでしょ?」


「……いいんですか? いまならギルドマスターも倒せますよ」


「もちろん。誰かの功績を奪うつもりはないわ。あなたが倒しなさい。サポートくらいはするわよ」


 ポン、と背中を優しく叩かれる。


 ならばと、僕は覚悟を決めた。


「じゃあ、よろしくお願いしますね」


「任されました」


 それだけ交わし、僕は再び地面を蹴る。


 忌々しげにこちらを睨むアラクネへと迫り、今度は僕とアラクネの戦いが始まった。


 時間をかけるつもりはない。


 さっさと倒そう。


 まだ周りには多くのハブールが溢れているのだから。


「周りのハブールは私たちが倒すわ! 遠慮なくぶっ飛ばして!!」


「了解!」


 そういうことなら話は早い。


 全力の、スキルレベル10の【聖属性魔法】を行使する。


 スキルとはレベルが上がるごとに使える技が増えたり、効果が強くなったりする。


 【聖属性魔法】の場合、スキルレベルが10に到達すると、その威力が極限まで上がるのだ。


 ハブールに使った技じゃない。


 より太く、より広範囲を焼き尽くす浄化の光がアラクネへと放たれた。


 しかし、アラクネも速い。横へ飛んで僕の攻撃を避ける。


 ——予想どおりだ。


 あのレベル300のギルドマスターを倒すくらいだからね。それくらい動けるとは思っていたよ。


 すぐに僕が奴の目の前に追いつく。速度ではスキルよりアラクネが上でも、アラクネより僕のほうが速い。


 下半身を殴るのは嫌だから、自分自身をブーストして上半身の女性のほうを殴る。思い切り。


「————!?」


 骨格が変形するほどの一撃を受けて、本日、二度目の吹っ飛びを見せるアラクネ。壁を突き破り、外へと転がっていく。


 当然、逃がさない。


 倒れるアラクネのそばへ行くと、トドメの一撃を撃ち込んだ。


 もう、アラクネは避けられない。


 広範囲の自然ごとアラクネは光に包まれる。その光は決して生易しいものじゃない。


 すべてを焼き尽くし高熱の光。浄化の光だ。


「————————!!」


 どこまでも甲高い、女性特有の悲鳴が聞こえた。森の中に響く。


 だが、僕は表情を変えずに攻撃を続けた。


 その声が止むまで、——光は消えない。

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