第54話 どういうことだ?

 時間は巻き戻る。


 ヴィヴィアンたちがアラクネとの戦闘をはじめたばかりの頃。




 ▼




「……ふう。これで何体目かな」


 気持ちの悪いハブールを倒すこと数回。


 死体を【アイテムボックス】にぶち込んだ僕が、疲れてしゃがみこむノイズへ尋ねた。


「う~……。6体から先は考えてません……。たぶん、合計したら10体くらいでしょうか」


「ふむふむ。結構倒したね。だいぶ経験値を稼げたんじゃないの?」


「体が軽くなった気がするので、おそらくレベルは上がってるかと。ですが、さすがに疲れましたぁ」


 とうとう大の字になって寝転がるノイズ。


 くすくすとその様子を見て笑った。


「そうだね。僕は遠距離攻撃でばかり仕留めていたけど、ノイズはぜんぶ素手だから。お疲れ様。飲み物でも飲みなよ」


 そう言って【アイテムボックス】の中から果物のジュースが入った水筒を取り出し、倒れるノイズへ渡す。


 彼女は「ありがとうございます」とお礼を言ってから上体を起こすと、勢いよく中身を仰いだ。


「ごくごくごくごくごく……! ぷはぁっ! 体を動かしたあとのジュースは美味しいですねぇ!」


「ふふ。なんだかオヤジ臭いよ、ノイズ」


「——お、オヤジですか!? ノイズはまだピチピチですよ!?」


「ピチピチって……。まあ、たしかに若いけどね。単なる冗談だよ。ノイズ可愛い」


「ッッッ! い、いきなり褒めないでください……。て、照れます!」


「そういうところがね、可愛いんだ」


「~~~~!! ま、マーリンさん!」


 ぷんぷん、と顔を真っ赤にして怒るノイズ。


 すぐに僕は謝った。


「あはは。ごめんごめん。別にからかってるわけじゃないんだ。表情豊かでノイズは面白いから」


「それって褒めてますか……?」


「褒めてる褒めてる。ノイズと一緒にいると楽しいってことだからね」


「……だったら、よかったです……」


 あんまり納得している顔ではなかった。


 それでも言葉を呑み込んで水筒を仰ぐ。


「でも、本当にハブールが多いですね。一体どれだけの数を産んだんですか、アラクネという魔物は。ノイズたちが担当する場所だけで10体は多すぎますよ」


「だね。他のところにもいるとなると、結構前から住み着いていたのかな、アラクネは」


「だとすると、アラクネはともかく、ハブールを倒し切るのは難しいかもしれませんね。広範囲に散らばったら、探しようがありません。マーリンさんみたいなスキル持ちじゃないと」


「その上で倒すほどの力量もないとね。できるかぎり僕たちのほうに固まってくれてると嬉しいんだけど……。ここ、一応、アラクネがいる場所から近いし」


 ハブールが情報どおりアラクネの子供だというなら、親であるアラクネのそばをそこまで離れるとは思えない。


 それとも、働きアリみたいに子供に行動させるのかな?


 生き物として人間と昆虫では違いがありすぎる。まして相手は魔物だ。その行動理由や規則性を予想するのは不可能である。


 余計な思考と割り切って考えを捨てた。


 それより今は、少しでも多くのハブールを倒すほうが先決だろう。


 それだけで街への脅威がグッと減るのだから。


「ノイズたちの戦闘がほかの誰かの役に立つなら本望です。なので、そろそろ続きをしましょうか。いつまでも休んでいたら、日が暮れてしまいます!」


「おー。やる気まんまんだね、ノイズは。疲れてないの?」


「ビースト種は元気と体力が取り柄です! まだまだ動けますよー! 水分も補給したので問題ありません!」


 グッと拳を握りしめるノイズ。その顔色からは疲労の色が見えなかった。


 なるほど。たしかに逞しい種族である。


「了解。そういうことなら索敵しようか」


 再び、スキル【索敵】を発動する。


 その瞬間。


「——ッ!? なんだ、これ……」


「? マーリンさん? どうかしましたか?」


 脳裏に浮かんだ索敵情報を視て、僕は驚愕する。


「周りにいた他のハブールが……アラクネのもとに集まっている!?」


「え? な、なぜ!?」


「わからない……。ハブールはアラクネから生まれたっていうし、信号みたいなものをキャッチしたんじゃないかな?」


「信号……。と、とにかくどうしましょう? このままだとギルドマスターたちが……」


「恐らくこの状況をギルドマスターたちも予想してるはずだ。前に戦ったことがあるって言ってたし」


「つまり……。ハブールがいても勝てる、と?」


 ——いや。


「いや、どうかな。索敵に引っかかった数が多すぎる。ここだけじゃない。周りからもどんどんアラクネのほうへ集まってる。総数までは把握しきれていないだろうから、下手するとギルドマスターたちも……。一応、念のために応援に駆けつけよう。僕たちができることもあるはずだ」


 どの道、ここにいてもハブールは倒せない。役割が実質的になくなったのなら、移動しても構わないだろう。


 ギルドマスターは近付くなって言ってたけど、そんな場合じゃない。


 頷いたノイズとともに、アラクネがいる場所へ向けて走り出した。

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