第53話 しまった!

 しばらく歩いていると、報告にあったアラクネの巣を発見する。


 蜘蛛らしく白い糸で周囲が覆われていた。


「こ、これが……アラクネの巣か。さすがにデカいな」


「そうね。範囲も広いし、戦闘するには十分なスペースがありそう。いっそのこと、燃やしてやろうかしら……」


「森で火を使うのか?」


「あとで水をぶっかければ平気でしょ。このままアラクネを放置するほうが危険だわ」


「け、けどよ……」


「ふふ。冗談よ。私はともかく、あなたたちまで煙を吸ったら困るし、火は使わないわ。それ以外の手段だって豊富だしね」


 そう言ってヴィヴィアンはひとつのスキルを発動する。


「————【妖精召喚】」


 ヴィヴィアンの傍らに、小さな緑色の妖精が現れた。


 それを見て、冒険者たちが驚く。


「そ、それは?」


「私のスキルで召喚した妖精よ。一部のエルフはこうやって妖精を呼び出すことができるの。便利なものよ」


「召喚系のスキルか。すごいな。なんとなく強いっていうのがわかる」


「まあね。でも、この子がいても勝てるかどうか……。とりあえず奥に進みましょう。あの繭を切り裂いてちょうだい」


 ヴィヴィアンの命令を受け、妖精が風の刃を飛ばす。


 前方を塞いでいた糸による壁を切り裂き、それを風でさらに横へ広げた。これでヴィヴィアンたちが通れる。


 ひとり、またひとりと巣の中へ侵入する。


 すると、それに気付いたアラクネが声をあげた。


 互いに、目標をターゲットする。


「アラクネを発見したわ。相変わらず無駄に大きいわね」


「あれが……アラクネ……」


 巨大な蜘蛛。その蜘蛛の上から見下ろす若い女性。赤い瞳は人間らしさを感じさせない無機質なもの。


 むくりと立ち上がると、恐らく数メートルは優にあるであろう巨体が、ヴィヴィアンたちの前に立ち塞がった。


 カチカチと下半身の蜘蛛が歯を鳴らす。


 上半身の女性がニヤリと笑ったのを見て、ヴィヴィアンもまた笑う。


「なに見てんのよ。今からあんたをぶっ飛ばすから、すぐに笑えなくしてあげる」


 そう言って、開幕に妖精が魔法を唱えた。複数の風の刃がアラクネへ飛んでいく。


 それを見て、冒険者たちが少し後ろへさがった。


 そしてアラクネもまた俊敏な動きで風の刃をかわす。


「チッ。簡単には喰らってくれないか……。連携するわよ」


 ヴィヴィアンは前に出る。自分も使える風属性の魔法を駆使しながら、徐々にアラクネとの距離を縮めた。


 距離が近くなればなるほど、相手は攻撃を避けにくくなる。


 逆もまた然り。それでも短期による決戦を急ぐ。


 早くしないと、アラクネの命令で多くのハブールが集まってくるかもしれないからだ。


 少なくとも昔はそれで苦戦した。


 アラクネは個体の戦闘能力は決して高くない。真正面からぶつかればヴィヴィアンが勝つ。


 だが、彼女は個にして群。自身が生み出した眷族を操り、複数での戦闘を得意とする。


 ゆえに、彼女は体力や魔力の消耗を無視して突っ込んだ。


 激しいアラクネとの戦いが起こる。


 時に相手の体を刻み。


 時に相手に殴られる。


 刻まれることもあった。


 毒や糸を吐かれる。それは避けたが、一進一退の攻防が続く。


 すると、徐々にハブールが巣の中に集まってきた。それを冒険者たちが近付かせないようにするが、限界もある。


 思った以上に数が多かった。アラクネの後方、左右からもハブールが近寄ってきた。


 それを妖精を増やして対処する。魔力の消費は激しくなった。


 それでもヴィヴィアンは魔法を撃つ。それがアラクネに当たり、彼女が苦痛の表情を浮かべた。


 ——悪くない。勝てる。


 そう、わずかながら確信を抱いた。想像以上に自分が善戦している。


 ——昔よりレベルが上がっているから?


 加速する思考の中で、攻撃を続けながらもそんなことを考えた。


 相手は防御が間に合っていない。ハブールを呼んで盾に使っているが、なまじ行動範囲の制限される巣の中では、回避にも限界がある。


 徐々にハブールは数を減らし、攻撃の被弾が増える。


 ヴィヴィアンもヴィヴィアンでかなりダメージを負っていたが、自前のアイテムで回復は問題ない。


 徐々に、アラクネの表情に焦りが生まれた。


 ——そのとき。


 背後で、冒険者たちの悲鳴が聞こえた。


 ちらりと視線を走らせる。視界の端で、連れてきた冒険者たちがハブールに囲まれていた。


 咄嗟に理解する。


 アラクネはハブールをあまり呼べなかったわけじゃない。


 先に弱い冒険者たちを倒そうとしていたのだ。自らの体を削ってでも、戦況を有利に変えるために。


「————ッッ!!」


 考えるより先に、体が動いていた。


 冒険者たちへ殺到するハブールを、魔法スキルを使って排除する。


 だが、妖精たちだけではアラクネを抑え切れなかった。


 隙間を通って、巨大な液体がヴィヴィアンに迫る。


 意識を逸らした影響で回避が間に合わない。気付くのに遅れた。


 スローモーションの中、液体に当たるヴィヴィアン。


 その途端、全身に激しい痺れが襲った。


「——ま、ひ……!?」


 ただの毒ではない。ただの毒であれば解毒は可能だった。


 しかし、咄嗟にアラクネが放ったのは、【麻痺毒】。


 解毒は難しくないが、そもそも動き自体を封じる技。


 すぐに体が動かなくなる。地面に転がり、心が恐怖に支配された。


 ——まずい。まずいまずいまずい!


 ヴィヴィアンの回復や解毒手段はアイテムによるもの。手が動かせないと、そのアイテムを使えない。持てない。


 それはつまり、このままだと攻撃を一方的に受けて——。


 明確な自分の死が見えた。


「……ぁ……ぁ」


 声が出せない。泣きたいくらいの気持ちなのに。


 妖精の攻撃を無視して突っ込んでくるアラクネ。その邪悪な顔を見つめながら、彼女はすべてを悟る。


 ……ああ、終わりだ。あっけない最期だった。


 と。


 ——しかし。


 ヴィヴィアンに迫っていたアラクネ。


 その横に、ひとつの影が現れる。


 影は男の姿をしていた。白いローブを纏った——。




「おい。なにしてんだ、お前」




 フードの青年。


 彼は、拳を握りしめてアラクネを殴る。


 するとアラクネは、冗談みたいに巣の端まで吹き飛ばされていった。


———————————————————————

あとがき。


まもなく一章も終わります。

すでに二章を書き始めてますが、このままのペースで走っていきたいですね!

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