第52話 ギルドマスターの想い
ブルーな気持ちになったノイズ。彼女の心を晴らしてから、早速、僕は覚えたばかりのスキルを使う。
スキルの名は——【索敵】。
どういうスキルなのかは字面からも察しがつく。
自分を中心に、広範囲の生物を探しだすものだ。どれだけの効果があるのか、僕は試してみた。
「————【索敵】」
スキルが発動する。
脳裏に、この辺り一帯にいる生物の位置や形が映し出された。
——すごい。自分の索敵範囲がどれだけ広いかまでわかる。
そして、森の中に隠れる敵の位置もはっきりと視えた。
「……なるほど。これがアラクネか……」
スキル【索敵】は、周囲の生物に宿る魔力に触れて効果を発揮する。
同時に、索敵範囲内にいる魔物の魔力総量までなんとなく見えるのだ。
魔力が多ければ多いだけ、基本的に魔物は強い。
その基準でいくと、ギルドマスターの進行方向にいる個体がひときわ大きな魔力を宿していた。
姿も、事前にギルドマスターから聞いていた形と一致する。
上半身は人間の女性。下半身は蜘蛛のバケモノ。うん、間違いない。
そいつがアラクネだ。ハブールたちの女王にして、世界でも屈指の強敵である2級危険種。
「どうですか、マーリンさん。なにか判りましたか?」
ノイズが僕の顔を見て尋ねる。
こくりと頷いた。
「ああ。この辺りにも結構な数のハブールがいる。さすがに反対側までは索敵範囲外だったからわからないけど、少なくとも僕たちの近くに10体くらいはいるね」
「じゅ、10体……」
ごくりとノイズが生唾を飲み込んだ。
自分が奥の手を使い、僕からのバフを貰ってやっと倒せた相手が10体。
彼女じゃなくても絶望するだろう。
だが、今回は僕も戦う。数が多いからね。手加減なしで悉くを焼き尽くすつもりだ。
「安心していいよ、ノイズ。さすがに全部をノイズに任せたりしないから。キツいようなら僕も手を貸すよ。だから、少しでも強くなるために頑張ってみようか」
「! ありがとうございます、マーリンさん!」
ぱぁっと、ノイズの顔色が明るくなった。
僕が言いたいことを察してくれたのだろう。
相手が多ければ多いほど、それを倒し乗り越えたときの経験値は多くなる。
いざという時は僕もサポートするし、この機会に彼女には強くなってもらわないとね。
いつまでも僕が力を貸せるわけじゃない。この事件が解決したら、他の街にも行きたいと思ってる。だから、彼女には生きる術を持ってほしい。
いまよりもずっと。
「それじゃあ行こうか。蜘蛛狩りに。場所は僕が教えるから、ノイズは魔物が出てからお願いね。基本的に数が少ない場合はノイズが。多いときは僕が数を減らすよ」
「はい! わかりました。よろしくお願いします!」
元気よく言って、僕とノイズは歩き出す。
真っ直ぐに索敵で見つけた魔物のそばに向かった。
▼
マーリンたちが森の中を歩き回っている最中。
今回の騒動の原因であるアラクネを討伐しに向かったギルドマスターのヴィヴィアン。
彼女は、腕利きの冒険者とともに森の奥へと向かっていた。
「みんな、もう少しでアラクネが見つかったとされる場所よ。巣を作ってるらしいから、恐らくまだそこにいるはずよ」
ギルドマスターの言葉に、後ろに並ぶ四人の冒険者がごくりと喉を鳴らした。
これから自分たちは、初めての2級危険種との戦闘をおこなう。誰もが不安を抱えていた。
無理もない。セニヨンの街にいるのはランク3やランク4の冒険者がほとんど。
2級はおろか、3級危険種とだって滅多に戦闘したことはない。
そんな彼らが、今日、命を懸けて戦う。不安や緊張を感じないほうがおかしい。
だが、それを見たギルドマスターは笑みを作って言った。
「そんなに緊張しなくてもいいわよ。アラクネとは私が戦う。あなたたちは、アラクネが呼び寄せるハブールの討伐をすればいいから」
「……けど、けどよ、ギルマス。本当にあんたひとりで倒せるのか? 相手は2級危険種だろ?」
パーティーのリーダーである青髪の男性が問う。もっともな疑問だと彼女は答えた。
「たしかに確実に勝てる保障はない。むしろ負ける確率は高い。でもね? それでも私がやらなきゃいけないの。だって、私以外には務まらないのだから。誰かがやらなきゃいけないの。だったら、ギルドマスターとしての責任を果たさなきゃ。そうでしょ?」
「ギルマス……」
どこか自らの運命を悟ったような表情に、男たち四人は表情を曇らせた。
誰だって彼女をひとりで行かせたいとは思わない。自分たちが少しでも手を貸してあげたいと思ってる。
だが、それは無理だ。
ヴィヴィアンの言うとおり、アラクネのそばには大量のハブールがいる、もしくは集まってくると考えられる。
ヴィヴィアンが戦いやすいように、雑兵の相手を誰かがしないといけない。
それに、何より。彼らには2級危険種と戦うだけの実力はなかった。きっと、自分たちが加勢しても彼女を困らせるだけだとわかっている。
だから、強く拳を握りしめながらも何も言えない。
悔しそうに瞳を伏せた。
「ふふ。そんな顔しないでちょうだい。ただで負けるつもりはない。いまの私は、当時、アラクネと戦ったときより強いわ。それに……最後の切り札はとってあるもの」
「……? 切り札?」
「ああ、いや、なんでもないわ。こっちの話」
ギルドマスターの脳裏には、彼女しか知りえないとっておきの秘策があった。
——新人冒険者マーリン。
自身の鑑定スキルすら弾くほどの存在。それが想像どおりの人物だとしたら……。
わざわざ近くに配置した彼に、いざという時はなんとかしてもらおうと彼女は考えていた。
そこに、自分の生存が含まれていないとしても。
「それよりそろそろよ。気を引き締めて」
「了解」
彼女の人生でも、もっとも過酷な戦闘がはじまろうとしていた。
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