第50話 掃討戦

 朝、目が覚める。


 横を向くと、小さな寝息を立てている少女がいた。カメリアだ。


 やや乱れた髪。晒された白い肌。それらが、昨日の夜の光景を思い出させる。


「……やっちまった、よね」


 完全にあーあ、なやつだ。


 相手は自分より2歳は下の女の子。


 前世なら未成年と言われる年代だ。そんな若くて可愛い少女に手を出してしまうとは……。


 異世界に日本と同じ法律があるとは思えないが、世間体はあまりよくないと思われる。


 それとも、カメリアが誘ってきたあたり、この異世界では結構普通のことだったりするのかな?


 わからない。答えは出ない。


 ひとまずベッドから降りると、背筋を伸ばして服を着た。


 今日は休みと言っていたので、しばらくはこのまま寝かせてあげよう。


 最後にフードをかぶると、僕はいまだ眠っている彼女の頬にキスをしてから部屋を出た。




 ▼




 カメリアと一夜をともにしてから数日。


 僕はわりと平和な日々を過ごしていた。


 ソフィアたちにカメリアとの関係がバレることもなく、カメリアとも順調に仲良しのままだ。


 ただ……。カメリアの様子に変化があった。あの日、彼女を抱いてから、あきらかに機嫌がいい。


 もう僕が好きでたまらない! と本人に言ってしまうほどアピールが激しくなった。


 個室に来るときはまあいいよ? けど、宿の食堂でそういうアピールは控えてほしい。


 ——なぜ?


 そんなの決まってる。


 周りからの視線が痛いんだ。彼女、わりと人気者だったっぽいし。


 それで言うと、肉体関係にあった、とバレたらどんな目に遭うか……。想像するだけでも怖い。


 ——とまあ、そんな感じの日々を過ごしていた。


 しかし、いつまでも平和は続かない。


 とうとう、ギルドマスターを含めた複数の冒険者たちによる、アラクネ&ハブールの掃討戦が行われる。


 すでに、腕利きの冒険者たちがアラクネの存在を確認している。ゆえに、今日、その討伐が行われようとしていた。


 もちろん僕も参加する。


 街のみんなを守らないとね。




 ▼




 冒険者ギルドに到着すると、すでに何人もの冒険者が集まっていた。


 そこにはノイズの姿もある。


「やあノイズ。元気そうだね」


「マーリンさん! こんにちは。ノイズはいつだって元気ですよ! とくに今日はやる気に満ち溢れています!」


 ぶんぶんと腕を回して元気アピールをするノイズ。


 餌を前にした犬を思い出す仕草だ。犬の場合は尻尾だけど。


「あはは。なら、今日は期待してるよ? あんまり僕はあの気持ち悪いモンスターとは戦いたくないからね……」


「マーリンさんはハブールが苦手でしたっけ。お任せください! 並み居る敵を蹴散らしてご覧に入れましょう! スキルを使って!」


「ああ……あの【獣化】ってスキルだね。でもあれは体力の消耗も激しいし、ここぞって時に使わなきゃダメだよ。ちゃんと他の冒険者の人と協力してね?」


「うっ……! は、はい……。頑張ります!」


 うんうん。


 彼女はやる気があっていいね。僕も見習わなきゃ。


 まあ、それでも嫌なものは嫌なんだけどね。絶対にハブールを見つけたら、【聖属性魔法】で焼き尽くすと心に誓った。


 ——そのタイミングで、ギルドマスターがみんなの前に立つ。


「——清聴」


 大きめの声で彼女は告げる。


 途端に、さわがしかった冒険者ギルド内部の声がやんだ。


 それを確認してギルドマスターは続ける。


「これより、街の周辺に多数生息しているハブールの掃討を行う。私は数名の冒険者とともに、ハブールを生み出す根源……アラクネを討伐するわ。どうかそれまで、この街を守るために戦ってちょうだい!」


「おぉおおおおおおおお————!!」


 割れんばかりの雄叫びが響く。


 こういう熱狂に慣れていない僕は耳を塞いだ。空気がビリビリと震えているのがわかる。


 隣を見ると、聴覚に優れるノイズも耳を塞いでいた。


 ペタン、と犬耳が垂れている。尻尾も。


「ありがとうみんな! 奮戦を期待するわ! じゃあ事前に伝えたとおり、森の奥へ行くのは私たちのパーティーのみ。他のパーティーは街を囲むように展開して進んで。決して奥まではいかないようにね。とくに、私たちの近くにいるパーティーは。戦闘に巻き込まれる可能性があるわ」


 ……あ。それって僕のことか。


 たしか僕とノイズは、アラクネとかいうモンスターを討伐しに行くギルドマスターのパーティーの右翼に展開する。


 あまり左奥に進むとかち合いそうだね。肝に免じておこう。


「気をつけようね、ノイズ」


「……え? あ、はい! 絶対に魔物を倒します!」


「そういうことじゃないよ」


 完全に周りの声で聞こえていなかったやつだ。


 まあ、改めてあとで伝えればいいか。


 熱狂冷めやらぬ冒険者ギルド。


 周囲の熱意とやる気に気圧されながらも、僕とノイズは気合を入れて依頼に臨む。


 大規模な掃討戦がはじまった。

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