第47話 カメリアの不安

 ギルドマスター、ヴィヴィアンさんとの話が終わった。


 僕とノイズは揃って冒険者ギルドから出ると、最後に重苦しい空気を振り払って会話をする。


「今日はお疲れ様でした、マーリンさん」


「ノイズもお疲れ様。凄かったよ、ノイズの【獣化】っていうスキル」


「そ、それほどでもありません! あれはマーリンさんの支援があっての結果でしたから」


 顔を真っ赤にしてぶんぶんと左右に首を振るノイズ。


「そんなことないよ。いくら強くなっても技術や経験がなければ勝てなかったさ。それはちゃんとノイズの実力だよ。自信くらい持ちなって」


「マーリンさん……」


「最後はアラクネなんてとんでもない話が出てきたけど、ギルドマスターやノイズがいれば、僕はきっとこの町を守ることができると信じてる。いつになるかわからないけど、一緒に戦う機会があったら頑張ろうね」


 そう言って僕はにっこりと笑った。ノイズも柔らかい笑みを向ける。


「……はい。そうですね。マーリンさんに貰ったこのナックルを使って、きっとノイズは活躍してみせます! マーリンさんの足を引っ張らないよう、頑張ります!」


「あはは。もっと肩の力を抜いたほうがいいよ。ノイズなら問題ないと思うし。……でも、そうだね。もしノイズがピンチに陥ったら……その時は僕を呼んでほしい。必ず駆けつける。ノイズをどんな相手からも助け出してみせるから。約束だよ?」


 ジッと、今度は真剣に彼女を見つめた。


 お互いの視線が数秒間まじわって……ボンッ!


 見事にノイズの顔は羞恥心やら照れやらに負けて爆発した。頭からシュゥ~と蒸気が上がっている。顔も真っ赤で可愛らしい。


 視線を激しく揺らしたあと、なんとか彼女は呟く。


「は、はいぃ……。そ、そのときは……よろしくお願いしますぅ……」


 と。


 そして、言い終えるなり全速力でその場から逃げていった。


 遅れて、


「今日はありがとうございました!! また一緒に冒険しましょうさようならぁああああ————!!」


 という悲鳴のようなものが聞こえた。


 くすりと笑って、僕も歩き出す。


 茜色に染まりはじめた空を仰いで、ゆっくりと宿に帰った。




 ▼




 南の商業区画を通りを抜けて宿に戻ってくる。


 扉をあけると、タイミングよく従業員の女の子——名前をカメリアという少女がいた。


「いらっしゃ……あ! おかえりなさい、マーリンさん」


 相手が僕だとわかると、彼女は太陽みたいな明るい笑みを浮かべてくれた。


 自分の帰りを歓迎してくれる人がいるのっていいよね。それだけで嬉しくなる。


 片手をあげて僕も挨拶を交わした。


「ただいま。ちょうど仕事中みたいだね、カメリア」


「はい。これから夕食の時間ですからね! マーリンさんも食堂で食べていきますか?」


「うん。女将さんの食事は美味しいからね。よろしく頼むよ」


「はーい! じゃあもう少しだけ待っててくださいね」


 そう言うとカメリアは食堂の奥へと引っ込む。あと1時間もすれば食事ができるだろう。それまでは自室で時間を潰すことにした。


 受付で部屋の鍵を受け取り、階段をあがって二階へ。自室に入ると、ローブを脱いでベッドに転がる。


 今日はいろいろな事があったなぁ……。


 これから、冒険者たちはアラクネやハブールの騒動で忙しくなる。それまでは、せめて少しでものんびりしようと思った。




 ▼




 1時間半ほど休憩を挟んでベッドから降りる。


 快適すぎて熟睡しそうになった。


 固まった背筋を伸ばし、壁にかけておいたローブを羽織る。


 部屋から出ると扉に鍵をしめ、階段を下りて食堂に向かった。


 すでに食堂は何人もの客で賑わっている。あいてる席を探し、隅の壁際に座った。


 するとそこへ、おぼんを持ったカメリアが現れる。


「やあカメリア。さっきぶり。今日も結構な賑わいだね」


「う、うん……。そうだね」


「?」


 なんだかカメリアの様子がおかしい。心ここにあらずといったように見える。


 首を傾げた僕は、喧騒にかき消されない程度の声で尋ねた。


「どうしたの。なんかあった?」


「ッ……。なんかあったのは、私じゃなくて……マーリンさん、でしょ?」


「え? 僕?」


 どうやら彼女が気にしているのは、僕に関係したなにからしい。でも、彼女が気にするような事があっただろうか?


 しばし首を傾げたまま考える。だが答えは出なかった。


 カメリアのほうから答えを教えてくれる。


「最近、街の近くでたくさん見られるようになったハブールっていう魔物の件だよ! 相当危険な魔物なんでしょ!?」


「どうしてその話をカメリアが……?」


「食事してるお客さんの中には、マーリンさんみたいな冒険者の人もいるから。その人たちが言ってたの。最近はハブールっていう魔物の遭遇報告が多いって。詳しく聞いてみたら、駆け出し冒険者じゃ勝てないような魔物なんでしょ? しかもすでに犠牲者まで出てるとか……」


 うるうる、と彼女の目に涙がたまる。


 なるほどね。ハブールの件を聞いたからあんなに表情が暗かったのか。この様子を見るかぎり、アラクネの件までは聞いてないようだがそれも時間の問題だ。


 もう少ししたらアラクネの件も発表されるだろうし、その討伐に多くの冒険者が駆り出される。それを知ったら、いまの彼女なら僕を止めてきそうだな……。


「マーリンさんは平気なの? ハブールっていう魔物に襲われたりしてない?」


「大丈夫だよ。僕はそんな魔物に負けるほど弱くない。だから落ち着いて、カメリア」


 仕事中に泣くもんじゃないよ。周りのお客さんからの視線もあるし、僕は必死で彼女の機嫌をとることにした。


「本当に?」


「ほんとほんと。意外と僕は強いんだ。少しだけね」


「……そっか。マーリンさんが無事ならそれでいい。よかった」


 少しして、彼女の機嫌が戻る。いまだ心配するような感情は消えていないが、どうにかいつものカメリアに戻る。


 ホッと胸を撫でおろし、僕は改めて彼女に料理を注文する。


 これなら、彼女にはアラクネの件は伝えないほうがいいかな?


 ……いや、どうなんだろう。


 他に冒険者がいるならバレるのは時間の問題。バレた時、なんで話してくれなかったのかと怒られる可能性がある。


 それくらいならいっそ……僕から伝えたほうがいいのかな?


 料理が運ばれてくるまでの間、ひたすらそのことを考え続けた。


 出た案は……やっぱり素直に話しておくべきだということ。

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