第46話 私に任せなさい!
「2級危険種……アラクネ?」
ギルドマスターヴィヴィアンの言葉をオウム返しする。
——なんだアラクネって。
聞いたことがなければ、2級という響きからハブールより凶悪な感じがひしひしと伝わってくる。
ギルドマスターはこくりと一度頷くと、説明のために再び口をあけた。
「2級危険種——【アラクネ】。単独としてはかなり凶悪な魔物ね。単騎としての強さより群れとしての強さを誇るイヤなやつよ」
「わ、私、聞いたことがあります! 大蜘蛛……ハブールを生み出す蜘蛛の女王……ですよね?」
バッと手をあげて答えたのはノイズだった。ギルドマスターは感心するように頷く。
「そうよ。よく知ってたわね」
「アラクネは2級危険種の中でもとくに被害の大きい個体だと友人から教えてもらいました。詳しい内容までは覚えていませんが……」
「あいつが最悪の敵だとわかっているならそれで十分よ。私が説明してあげるわ」
そう言うとギルドマスターはどこか懐かしむように天井を一瞥してから言った。
「まずアラクネはどんな魔物かって言うと……ノイズが言ったように蜘蛛の女王——ハブールの王妃よ。上半身は人間の女性、下半身は蜘蛛の体を持つ」
「う、うわぁ……」
想像したらずいぶんと気持ちの悪いクリーチャーが出来上がった。
上半身だけとならお付き合いできるかな……?
ちょっと難しいかもしれない。
「上半身が人間の要素を持つだけにアラクネは魔物の中でも非常に知能が高いわ。狡猾でいやらしい奴よ」
「その口ぶり……もしかしてギルドマスターは過去にアラクネと戦ったことが?」
「ええ。あるわ。あれはまだ私が現役冒険者だった頃のこと。今より50年以上も前の話ね。こことは違う場所で当時組んでいたパーティーがアラクネと接触したわ」
過去の話をはじめたギルドマスター。その顔は苦々しい感情をありありと浮かべていた。
「当時の私はすでに最高位のランク2冒険者だった。仲間たちも優秀な者ばかりだったわ。けど、アラクネは強かった。たくさんのハブールを従え、軍団として私たちの前に立ち塞がった。戦闘は熾烈だったわ。なんせ倒しても倒してもハブールは湧いてくるし、アラクネは毒やら麻痺やら糸やらを逃げながら飛ばしてくるんだからね。本当に面倒だったわ……」
「強さとしてはそこまででもなかったんですか?」
「……そうね。単体としての強さは他の2級危険種のほうが上よ。ただ、ハブールを大量に生み出す、という性質上かなり周辺に被害を与える魔物だけどね。それが、どうしてこんな小さな街のそばに……」
ぎりり、とギルドマスターの奥歯が鳴る。忌々しいと顔に書いてあった。
そこでふと、僕は気になった質問を彼女に投げる。
「例えば……例えばなんですが、そのアラクネを放置したとしたら?」
「被害は災害級になるでしょうね。王都みたいな高ランク冒険者がたくさんいる場所ならともかく、こんな小さな街、簡単に落ちるわ。一番ランクが高い冒険者も引退した私くらいだしね」
「そ、そんなに凶悪な魔物なんですか……」
ごくりと僕の隣でノイズが生唾を呑み込む。周囲に満ちる空気はどんよりと重く苦しかった。
「言ったでしょう? アラクネは大量のハブールを生み出す。放置すればするほどハブールの数は増えるわ。この街の冒険者じゃ、ハブールを倒せる者だってそう多くない。よくて一ヶ月ってとこかしら」
「そ、そんな……」
僕もノイズも絶句する。
ギルドマスターが言った【一ヶ月】とは、討伐にかかる時間ではない。このままハブールを放置した場合に街が陥落するまでの期間だ。
たった一体の魔物が一ヶ月で街を崩壊させるなんて……。嘘だと思いたいが、優秀だった元冒険者のギルドマスターが言うのだから事実なんだろう。
再び重苦しい空気が流れる。それを、ギルドマスターの女性が笑みを浮かべて一蹴した。
「——なんて顔をしてるのよ。べつにこの状況をなんとかできないわけじゃないわ」
「……え?」
伏せていた顔をあげる。
「たったいま話したばかりじゃない。たしかにアラクネは強敵だけど、その強敵を倒した優秀な冒険者がいるでしょう? ——あなたたちの目の前に」
「ま、まさか……ギルドマスターが?」
ノイズがか細い声で正解を答える。
彼女は頷いた。強い意志を感じさせる顔で。
「任せなさい! この私、ヴィヴィアン・ティルタニアがこの街を救ってみせる。それがギルドマスターとしての仕事よ!」
カッ! と床を踏みつけてヒールの音が鳴る。
強敵を前に彼女に不安などなかった。揺らぎようのない勝利への自信が溢れている。
それを見て確信した。彼女——ギルドマスターにならこの町を任せられると。
いざとなったら封印を解除して僕も戦うが、僕の場合はあまりにも手加減などが下手すぎる。
いまは彼女に期待しよう。ギルドマスターで勝てる程度の相手なら、能力を解放した僕でも間違いなく勝てる。
問題は、相手が絡め手タイプだということくらい。
ろくに武術も経験も学んでこなかった僕には、その手の敵に翻弄される未来しか見えない。
祈るように彼女へ言った。
「セニヨンの街を……僕の大切な人たちを、どうかよろしくお願いします」
「任されました。……と言いたいところだけど、いくらなんでも私ひとりじゃアラクネから町を守るのは不可能だわ。あなたたち現役冒険者にも力を借りたいの」
「え? 僕たち、ですか?」
「ええ。とくにあなた達みたいなハブールと戦える冒険者の力がね」
「……なるほど。アラクネ本体はギルドマスターが倒し、そのアラクネが生み出し街へやってくるハブールを僕たち冒険者が……」
「理解が早くて結構。そういうことよ。あなたには期待してる。もしもの時は……みんなをよろしくね」
「ギルドマスター……?」
不穏な言葉が聞こえた。
問いかけた言葉は空を切って彼女に届かない。
瞳を伏せてから、ギルドマスターは口を閉ざした。最後に、詳しい話は近日中に伝えると残して。
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