第45話 蜘蛛の女王

 ハブールを倒した僕とノイズは、揃ってセニヨンの街に帰還した。


 そのままの足で冒険者ギルドに入り、先ほどの件を受付の女性に伝える。


 すると、顔を青くした従業員の女性は、急いで二階に上がっていった。


 少しして、従業員の女性が戻ってくる。


「あの、申し訳ありません。ギルドマスターがお二人に是非とも話を窺いたいと……」


「ギルドマスターが、僕たちに?」


「はい。ハブールの件に関して話したいこともあると」


「ふむ……。わかりました。お手数ですが、案内をお願いします」


 特に拒むようなものでもない。


 僕たちも気になる内容ではあるし、快く受け入れる。


「ありがとうございます!」


 よかった、と小さく呟いてから女性従業員は二階へあがる。


 その背中を僕とノイズが追いかけた。




 ▼




 二階の一番奥にある部屋へとやってくる。


 従業員の女性が扉をノックしたあと、「お二人を連れてきました」と言った。


 すると、部屋の中からヴィヴィアンさんの声が返ってくる。


「ご苦労さま。通していいわよ」


 女性従業員は扉をあけて中に入る。僕らをソファへ誘導すると、「ではお茶を持ってきますね」と言って退室した。


「わざわざここまで足を運ばせてごめんなさい。どうしても、詳しい話をあなた達から直接聞きたくて」


「構いませんよ。そちらからも何か話したいことがあると聞きましたし」


「ええ。まずはこちらから話を振りましょう」


 そう言うと、ギルドマスターは一拍置いてから話をはじめた。


「まず、あなた達と同様の報告が、複数の冒険者からあがってるわ」


「同様……というと、ハブールの目撃情報ですか?」


「そうよ。セニヨンの街周辺に広がる森で、何体ものハブールを見たって」


「そ、そんな! ハブールってそんなに個体数の多い魔物なんですか!?」


 たまらずノイズが叫ぶ。


 ギルドマスターは首を左右に振った。


「いいえ。3級危険種の中ではそれなりに多いけど、いくらなんでも異常よ。この街の周辺にこんなにハブールが生息していたっていう話は聞いたことがない」


「急に繁殖した?」


「でしょうね。たくさんいるってことは、どこからか流れてきたか、この辺りで繁殖したって考えるのが普通。でもね? ハブールはそこまで繁殖力も高くないの。成長するまでかなり長い時間が必要だし」


「なら、たまたま成長したハブールが大量にいたというだけでは?」


 言ってしまえば運が悪かった、ということだ。


「うーん……。単純に考えるならたしかにその通りなんだけど……」


「なにか他に疑問が?」


「……ええ。ハブールは基本的に、産んだ子供を守るために外敵の少ない場所を好む。セニヨンの街にはそこまで強い魔物はいないけど、森だけは広い。洞窟なんかもないから、育てるのにはあまり適さないのよ」


「外敵が多いなら、餌には困らないんじゃ?」


 ノイズが首を傾げる。


 しかし、ギルドマスターはそれを否定した。


「たしかにハブールより強い魔物はほとんどいないわ。でもゼロじゃないし、とにかく魔物の生息数が多いと、子供を守るのも大変になるでしょ? ハブールはべつに大食いってわけでもないんだから、そんな危険を冒すくらいならもっと良い立地は他にいくらでもあるわ。ここである必要がない」


「な、なるほど……」


「ギルドマスターはなにか心当たりでも?」


 遠回しの発言にそろそろ僕は答えを求めた。お互いの視線が交差する。


 沈黙が5秒ほど続いた。


 そして、ギルドマスターが口を開く。


「……ひとつだけ、私が現役だった頃に戦ったことのある魔物が」


「? 魔物、ですか?」


 口ぶりから察するに、ハブールではない他の魔物だろうが……今回の件になにか関係しているのかな?


「ああ。杞憂であってほしい。そう思ったからこそ、口にはできなかった。そこでキミたちの話も戻るわけだが……。キミたちが遭遇した5体のハブールは、いずれも成体だったかな?」


「幼体を見たことはないのでなんとも。ただ、大きさは僕たちより大きかったですよ」


「そうか……やはり」


 再びギルドマスターが沈黙する。


 嫌な空気だ。やはり僕があのとき感じた予感が正しかったのかもしれない。


 どこか重苦しい空気を纏って、彼女は言った。




「今回の騒動の裏に、2級危険種である魔物————【アラクネ】が関わっているかもしれない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る