第44話 うわ!また出た!
「そろそろ体力は回復したかな? ノイズ」
上体を起こしたノイズを見て、そう声をかける。
するとノイズは、笑みを浮かべてこくりと頷いた。
「はい! お時間を奪って申し訳ありませんでした」
「いいよ。なにも戦うだけが冒険じゃない。こんな時間があってもいいじゃない」
「マーリンさんはどこまでも甘いような気がします」
「そうかな? 普通だよ。これくらいで怒ってたら、本当に怒らなきゃいけないときに怒れなくなりそうだし」
感情っていうのは使いすぎると死ぬものだ。
哀しみに慣れると涙が出なくなる。
楽しみすぎると飽きる。
怒りすぎると虚しくなる。
とかね。
「ま、マーリンさんが本気で怒ったら、一体どうなってしまうんでしょう……」
僕の激昂を想像して、ノイズがぷるぷると体を震わせた。
にやりと笑って言う。
「どうなるかは……僕にもわからない」
「——ッ! け、決して怒らせてはいけないのですっ。普段温厚な人が怒ると、決して手がつけられません……!」
「それは経験談かな?」
「はい。ノイズの友人がそうでした」
「へぇ。たしかに、それは正しいのかもしれないね」
怒り慣れていない人は、その抑え方も知らないのかもしれない。
仮にそうだとすると、ブレーキが壊れた車はどこまでも突き進む。
やがて、事故を起こして無理やり止められるまで。
……うん。僕も気をつけないとね。
ソフィアやエアリー、ノイズたちが傷付けられでもしたら、ぶち切れる自信がある。
なまじ能力が高いゆえに、僕がキレたら大変だ。
いまは能力に制限をかけてはいるが。
「——っと。それより、いつまでも雑談してたら陽が暮れちゃうね。どうする? ノイズが疲れてるなら、今日は早いけどもう帰る?」
「い、いえ! ノイズはまだやれます! たしかに【獣化】は大量の体力と魔力を消費しますが、それでもあと一回くらい……」
「逆に、あと一回しか使えないんだよ」
「むぐっ……」
僕の指摘を受けて、ノイズがぴたりと固まる。
いくら彼女が【パワー!】な人間だとしても、僕がなにを言いたいのかくらいは理解してくれたらしい。
貴重な力は、奥の手は、帰還のときにも残しておかないと。
無理して先に進んだとしても、帰る手段を失ってはどうしようもない。
今回は僕がいるから問題はないのかもしれないが、今後のことを考えると、彼女には今のうちに釘を刺しておくべきだ。
あえて厳しくいく。
「マーリンさんの言うとおりです……。ノイズは、強くなろうとするばっかりで、周りも自分自身すら見えてませんでした……」
しゅん、と耳が垂れる。落ち込んでいる証拠だ。
くすりと笑ってから彼女の言葉を訂正する。
「誰だって最初はなかなか見えないものだよ。特に、自分自身を見つめ直すっていうのは難しい。ある意味、自分のことが一番わからないものさ。それでも前に進んでると思うよ? 大丈夫。ノイズは偉い子だから」
そう言って彼女の頭をなでなで。
途端に、ノイズに元気が戻る。ちらりと僕を見上げて、
「ほ、本当ですか……?」
と尋ねた。
素直に頷く。
「うん。この調子なら、きっとノイズは立派な冒険者になれるよ。まあ、駆け出しで無知な僕の意見なんて、なんの根拠にもならないけどね」
我ながら、お前はなにを言ってるんだ状態である。
「そ、そんなことありません! マーリンさんの言葉はものすごく励みになりました! もっと自信を持ってください! マーリンさんは強いです!」
「え? ああ……うん。ありがとう、ノイズ」
個人的には、強さはそこまで関係ない気もするが、せっかく褒めてくれたんだ、余計なことは言うまい。
お互いに笑顔で視線を絡ませる。
——そんな折。
一陣の風が吹いた。
フードを巻き上げるほどの風に、わずかに瞼を閉じる。
次に目をあけると、前方30メートルほど先に巨大な影が見えた。
影が動く。
それは、単なる影ではない。
蜘蛛の形をした、巨大な影——魔物の影だった。
「なっ!? こ、こんなにハブールが……!?」
突然、目の前に現れた複数のハブール。
ざっと見た感じ5体はいる。
カチカチと歯を鳴らしてこちらに迫ってきた。
ノイズが顔色を青くする。
「ど、どうしましょう、マーリンさん! このままじゃ……」
混乱するノイズの頭をもうひと撫で。
焦る彼女に、努めて冷静に言った。
「——大丈夫。僕がノイズを守るから」
「マーリン……さん」
呆けるノイズの頭から手を離す。
徐々に距離を詰めてくる敵を視界に入れて、僕は遠慮なくスキルを発動した。
————【聖属性魔法】スキル。
前に使ったときと同じ技? を用いる。
ソフトボールほどの球体を作り出し、そこから高熱のビームが飛んだ。
光線は真っ直ぐにハブールたちを貫く。そこに一切の抵抗はない。
光線が通り抜けた先には、ぽっかりと穴があいていた。
それを5回ほど繰り返すと、あっさり魔物たちは倒れる。
恐らくレベル差があるんだろう。なんの苦労もせずに一瞬で戦闘が終了した。
一応、あれでも威力は抑えてるつもりなんだが……。
「す、すごい! マーリンさんってこんなに強かったんですか!?」
「え? あー……そう言えば、ノイズの前で戦うのは初めてだったかも?」
前に外へいった時は、彼女に戦闘は任せてサポートに回っていたっけ。
「はい! まさかここまで強いとは……。なんとなく、強いっていうのはわかってましたが……」
「まあ、僕が強いというより、スキルが優秀なんだよ」
って事にしておこう。
「え……? 【聖属性魔法】スキルって、そこまで攻撃に役立つスキルじゃ……なかったような……」
「そ、それより! さっさと死体を回収して街に戻ろう! なんだか、今日はこの魔物ばかり遭遇するみたいだし、ちょっとおかしくない?」
無理やり話題を逸らす。
とくに疑うこともせずノイズはそれに乗っかってくれた。
「たしかにそうですね。ハブールは決して弱い個体じゃない。今までこんなに遭遇したことはなかったのに、どうして……」
「色々とギルドマスターから聞きたいものだね。そういう意味でも、今日は早く帰ろう。なんだか嫌な予感がする……」
森の奥に、なにかあったのか。それとも……いや。
無意味な想像は視野を狭める。思考をリセットして、立ち上がったノイズとともに街へ戻った。
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