第43話 お疲れ様
ノイズが高らかに叫ぶ。
「————【
途端、ノイズの体から白炎が噴き出す。みるみる内にノイズを包み隠し、やがて、炎が消え去った。
そこにノイズの姿はない。
代わりに、炎のあとには、四足歩行の大きな獣が残されていた。
——あれは……!?
外見はチーター? ライオン? 微妙に形容しがたい姿だ。しかし、咄嗟にそれがノイズだということは理解した。
なんだ? 一体、なにが起こっている?
疑問を浮かべる僕。その疑問に、いつものメッセージが答えてくれた。
『【獣化】:特定のビースト種だけが持つ固有スキル。自身を獣へと変化させ、身体能力を上昇させる。人語を介することはできなくなるが、五感なども強化され戦闘に秀でた状態になる』
「獣化……。なるほど。あれは、ビースト種特有のスキルなのか」
メッセージを読んだかぎり、かなり強力なバフスキルだとわかる。
ノイズの奥の手ってわけだ。
「グルルルッ——!」
獣と化したノイズが呻く。
鋭い眼光をハブールへ向けると、これまで以上の速度で魔物に迫った。
急に変化したノイズ。その変化についていけないハブールは、ノイズの動きに反応が遅れた。
爪が振り下ろされる。
直撃。
先ほどまでとは違い、たしかなダメージが魔物に入った。
外殻? を削って緑色の体液が飛び散る。恐らくハブールの血液だろう。
死に繋がるダメージが入った。いまのノイズは、確実に魔物の能力に迫っている。
「————!?」
ハブールが、あきらかに強くなったノイズを見てびっくりする。やや距離を離して警戒を強めた。
けれど、ノイズはそのあいだの距離を容易く踏破する。
迫るノイズ。それを見てから、ハブールは唐突に口をひらいた。
ぞくりと嫌な予感がする。
「ノイズ——」
叫びかける。
その瞬間、ノイズが横にステップした。
遅れてハブールの口から禍々しい色の液体が吐かれる。
紫の液体は、虚しく空を切って地面に落ちた。僕の視線がそれを捉える。
その正体は、相手のことを考えれば一目瞭然だった。
「いまのは……毒、か?」
毒物っていうのは、大抵がイヤな色をしているものだ。紫色ともなれば尚更。
ノイズが咄嗟に回避したことも含めて、僕は戦慄する。
「あの魔物……毒まで使えるのか」
よくよく思い出してみると、最初にあの魔物に襲われていた冒険者のひとりが、毒にやられていた。
てっきり噛まれたのかと思ったが、そんな外傷はたしかになかった。
なるほど。あんな大きな毒の塊を吐けるのか、この世界の蜘蛛は。そりゃああんだけ図体がデカけりゃ、吐く毒の量も多いってなもの。
改めて、前は【聖属性魔法】で倒してよかった。下手すると、アイツの体内にある毒を撒き散らす可能性があったのだから。
「ガウッ——!」
そうこう思考を巡らせているあいだにも、ノイズの爪がハブールの体を刻んでいた。
徐々に傷の数が増える。
——これなら押し切れる!
僕はノイズの勝利を確信した。
そしてさらに15分ほど。
多少の傷を負いながらも、見事、ノイズはハブールを相手に勝利を収めた。鈍い音を立ててモンスターが崩れ落ちる。
それを見送って、ノイズは高らかに吠えた。キンキンと甲高い声が耳に響く。
次いで、ノイズのスキルも効果を失う。体が白く発光したかと思うと、二、三倍に膨れ上がった体型がもとに戻った。
人型の状態で地面に転がるノイズ。
彼女のそばへ行き、笑みを浮かべて声をかけた。
「お疲れ様、ノイズ。すごかったね、あのスキル」
「う~……本当に疲れましたぁ……。あのスキルは、かなり体力と魔力を消耗するのです……。ごめんなさい、マーリンさん。ノイズがひとりで戦いたいと無理を言って」
渋い顔を浮かべてノイズが謝罪する。
だが、僕は首を左右に振った。
「なに、構わないとも。せっかくのチャンスでもあったし、ノイズに勝算があったなら止める必要はない。あの魔物はあまり好きではないしね」
「マーリンさんが優しすぎて、ノイズは堕落しそうですぅ」
「そうならないように僕が厳しくするさ。安心してくれ」
「それはそれで……いえ、なんでもありません。ご支援、ありがとうございました」
「どういたしまして。しばらく休んでから移動しようか。この魔物は僕が保管しておくね? いつまでも転がしておくと物騒だし」
「はい。よろしくお願いします」
許可をもらってハブールを【アイテムボックス】の中に突っ込んだ。
スキル【アイテムボックス】は、対象に直接触れる必要はない。近くにさえあれば目視で収納できる。
……ああ、よかった。直接触れないとダメとかじゃなくて。
でも、ひとつだけノイズのスキルには疑問を抱いた。あの【獣化】というスキルだ。
一度は獣に変化したはずなのに、どうして……人の姿に戻ると服まで直っているのか。
キミ、獣のときは着てなかったよね? いや、さすがに女性相手には口にしなかったけどさ……。
ううむ。スキルとは奥深い……。
倒れるノイズを見下ろして、実にくだらないことを考えるのだった。
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