第37話 身バレ

 短い沈黙が訪れる。


 やや気まずい僕は、再び口を開いて言った。


「それで……彼女の毒、解毒しましょうか?」


 すると、遅れて青年が意識を取り戻す。


「そ、そんな……。ハブールから助けてもらっただけでもありがたいのに、押し付けた俺たちのことまで……」


「気にしないでください。恩は売れますから。それに、あれだけ苦しんでる人を見捨てられませんよ。もちろん、お金は必要ありません」


 そう言って僕は、青年の隣を抜けて女性のもとに行く。


 彼女の前で膝をつくと、右手を突き出してスキルを唱えた。


「————≪浄化ディスペル≫」


 温かな光が女性を包む。


 エアリーに使ったのと同じものだ。


 この浄化は、さまざまな状態異常を治す。そう僕に教えてくれる。


 光が女性の体に吸収されていき、やがて収まった。


 苦しみから解放された赤髪の女性は、最後に呻き声を漏らしてから瞼をあける。


 僕と視線が重なった。


「……だれ?」


「こんにちは。あなたの毒を解毒したものです。体調に問題はありませんか?」


「解毒……? そう言えば、私……あのクソ虫に……っ!」


 そこまで言って赤髪の女性が起き上がる。


 慌てて周囲を確認すると、青年たちが震えながら彼女に近付いた。


「ま、マジで治ってる……! よかった……本当によかった!」


 泣き出した青年に、赤髪の女性は困惑しながら問いかけた。


「な、なにこれ、なにこの状況? どうなってるの?」


「お前が負傷して、急いでハブールから逃げてる途中にこの人たちに会ったんだ。俺たちがハブールを押し付けちまったのに、そのハブールを倒してくれた。おまけに、お前の毒まで……!」


「あの三体の蜘蛛を?」


「ああ。一瞬で終わったぜ」


「嘘……」


 ちらりと赤髪の女性が僕を見る。


 僕は笑みを浮かべて無言の肯定をする。


「あ、ありがとうございました! その……なんとお礼をすれば……」


「いえ。少しお金を貰う約束はしてるので。あなたが助かってよかったです」


「そんな! こちらの気が……」


「恩も売れましたし、構いませんよ。まあ、理由に不満があるなら……女性を救うのが男としての見栄ってことで」


 そう言って、僕は立ち上がる。


 目線が高くなったことにより、赤髪の女性が視線を上げた。


 そこで、ふと……女性がぽつりと呟く。


「——あれ? 銀色の、髪?」


「え」


「あなたの髪……銀色ですよね、それ」


 しまった、とばかりに僕は踵を返す。


 彼女に近付きすぎてしまい、フードの中を少しだけ見られた。


「しかも金色の瞳だった……」


「銀髪に金色の目? それって……」


 瞳はともかく、銀色の髪はそれ自体がかなり珍しいらしい。


 二つの要素が重なって、徐々に女性の声色が高くなっていった。


「噂の冒険者の人ですね! わあ! まさかあなたに助けられるなんて!」


 女性は立ち上がると僕のそばに近付いた。


 甘えるような声で言う。


「せっかくですし、やっぱり私からもお礼させてください。取り合えず、一緒にお茶でも……」


「すみませんが、私たちは用事があるのでこれで」


 僕が困っていると、あいだにエアリーとソフィアが割り込んできた。


 やや低い声で女性に告げると、ぐいぐいっと僕の手を引っ張っていく。


「あ、ちょっ……まだお礼が……!」


 青年の制止の声も振り切って、僕たちは町のほうへと戻る。


 まだハブールの死体、回収してなかったのに……。


 あとで持ち帰るであろう彼らから徴収しないと。


 でも、正直助かった。


 遠ざかっていく冒険者たちを眺めながら、フードを被っているからと油断した自分自身を諌める。


 フードはあくまで多くの人から素顔を隠すためのものだ。近付けば目も見えるし髪だってバレる。


 かといって彼女たちを助けないという選択肢もないし、今回ばかりはしょうがない。


 なぜかちょっとだけ不機嫌なエアリーたちに引きずられながら、僕たちの冒険は続く。




 ……続く、よね?

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