第36話 気持ち悪い!
突然、森の中で他の冒険者たちと出会った。
彼らは、見覚えのない巨大な蜘蛛に追われていた。
恐らく、すでに攻撃を受けたであろう女性を背負った青年が、僕たちに逃げるよう叫んだ。
しかし、すでにバケモノは目の前に迫っていた。
僕はともかくソフィアとエアリーが逃げ切れる確証はない。
人間よりデカい蜘蛛なんて気持ち悪いことこのうえないが……僕は戦う覚悟を決めた。
「……ソフィア、エアリー。二人は冒険者さんたちの介抱を。傷付いてるみたいだから様子を見てあげて」
「マーリン様!? 逃げないのですか!?」
ソフィアが驚愕する。
エアリーも逃げたほうがいいと思っているのだろう。表情に焦りが出ていた。
「逃げられるなら逃げたいけど、ここまで接近されるとね。二人を守るためにも、ちょっといってくるよ」
「マーリン様!」
背後からの制止を無視して歩き出す。
大蜘蛛が目の前までやってきた。
こいつらが、冒険者ギルドで騒がれていた【ハブール】という個体か。
先ほど逃げていた冒険者のひとりもそう言ってたし。
「————!」
「おお怖い。僕も君たちとは戦いたくないなあ。どうだろう、ここはお互いに身を引いて終わりにしない? たぶん、戦ったところでなにも得られないよ」
「————!」
僕の提案に、しかしハブール達は納得のいかない声をあげる。
なにを言ってるのかはわからないが、怒ってるのだけは伝わってきた。
交渉決裂だ。
三体のハブールのうち、一体が僕に襲いかかる。
牙を剥き出しに迫った。
——気持ち悪ッ!
あまりの恐怖映像に、思わず僕の足が出る。
真っ先に手が出なかったのは、相手に触れたくなかったから。あと、足のほうがリーチが長い。
蹴り上げるように振るわれた僕の右足が、ハブールの巨体を冗談みたいに吹き飛ばす。
「——え?」
後ろから誰かの声が聞こえた。
もしかすると複数の呟きだったかもしれない。
だが、それを考える余裕はなかった。全身に鳥肌が立つ。
僕に蹴られたハブールは、数十メートル上空まで打ち上がると、重力に従って落下した。
鈍い音を立てて地面に衝突する。それ自体はあまりダメージになっていないが、僕が蹴ったと思われる箇所はへこんでいた。
紫色の体液が流れる。
あれがハブールの血かな? 気持ち悪い。
ただでさえ昆虫は苦手なのに、それが人よりデカくて血の色も違うとかもう無理。
カッコつけて前に出たのはいいが、もう帰ってもいいかな?
——あ、ダメ?
仲間を傷付けられたほかのハブール達が、今度はいっせいに左右から襲いかかる。
もう無理。ほんと無理。
触れたくもなかった僕は、咄嗟に≪聖属性魔法≫を発動。
けたたましい音を立てて、左右から光線が放たれる。
光線は、口をあけたハブールたちの顔面を容易く貫通。体の大部分を蒸発させてしまった。
当然、頭を失ってハブールは倒れる。
初めて攻撃に魔法を使ったが、レベルが高いせいか凄まじい威力だった。
やや焦げくさい臭いが周囲に充満する。
表情を歪めながら振り返ると、僕以外の全員が口をあけてポカーン、としていた。
とりあえず、僕は言う。
「……お、終わった、よ?」
すると、森中に叫び声が響いた。
「え、えぇえええええええ————!?」
▼
戦闘が終了した。
結果的に僕たちに魔物を押し付ける形になった冒険者たちは、具合の悪そうな女性以外が頭を下げた。
「本当にすまなかった! 魔物を擦り付ける行為は重大な罪だ。町に帰ってからいくらでも糾弾してくれ!」
「構いませんよ。たしかに僕ら以外だったら大変な目に遭っていたかもしれませんが、そちらもわざとではないのでしょう?」
「それでも落ち度はこちらにある。まさかハブールが三体も出てくるとは思ってもいなかった……。なんでも言ってくれ。必ず謝礼はする!」
「えっと……じゃあお金でいいですよ。僕たちも無事ですし」
「金……か」
僕の返事に、青年の顔色が悪くなる。
首を傾げて問うた。
「なにか問題でも?」
「いや……実は」
男の視線が背後で倒れる女性へと向けられた。
僕も視線を追う。
「あいつがハブールから毒を受けてしまった。その解毒のために金がかかる。少しだけ、少しだけ待ってくれないか? 必ず謝礼金は払うから!」
「なるほど」
そういうことか。
だったら、簡単に解決できる。
僕ならね。
「でしたら、彼女の毒は僕が治しましょう。先ほどご覧になったとおり、僕には聖属性魔法スキルがあるので」
「——え?」
僕の言葉に、冒険者たちの動きが止まった。
信じられないものでも見るかのように凝視される。
ちょっと怖かった。
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