第31話 積極的な姉

 ソフィアの姉——名前をエアリーという女性が、病より回復して三日が経った。


 僕はソフィアを通してエアリーさんと、この三日間でそれなりに仲良くなったと思う。


 エアリーさんが程よく世話を焼いてくれるのが大きい。


 彼女たちの自宅に行くと、毎回のようにお茶や料理を振る舞ってくれる。


 食材は僕が持ち寄っているが、ソフィアもエアリーさんもこぞって作ろうとしてくれるのだ。


 たまには「僕も作りましょうか?」って言ってるのに、「マーリン様にそんな真似させられません!」と言われる。


 正直、あまり料理は得意なほうでもないから助かってはいるが……。このままでいいのだろうか?


 まあ、二人とも楽しそうだしいいよね。


 本日も、僕はエアリーさんに料理を作ってもらうのだった。




「はい、どうぞマーリン様」


 テーブルの上に美味しそうな料理が置かれる。


 立ちのぼる湯気を見ると、痛いくらいに胃袋が刺激された。


「いつもいつもありがとうございます、エアリーさん。お世話になりっぱなしで申し訳ない」


「そんなことありません! マーリン様には多大な恩がありますから。それに……私は好きで作っているんですよ? むしろ楽しいくらいです」


 そう言ってエアリーさんはにっこり笑ってくれる。


 ソフィアが幼くも愛らしい見た目なのに対して、エアリーさんは太陽のように温かなご令嬢って感じ。こう、ほわほわする。癒しオーラがハンパない。


「ただ……」


「ただ?」


「いつまでもエアリー、では哀しいです……。ソフィアみたいに私のこともエアリー、と」


「うぐっ!」


 フォークを握った手が激しく震えた。


「そう……でしたね、エアリー」


「敬語も外していただけると」


「……う、うん。これでいいかな?」


「はい! マーリン様は堂々としてるほうが素敵ですよ」


 ぱあっと花が咲くみたいな笑顔を見せてくれるエアリー。


 どうしてこうも僕の周りにいる女性は、敬語を外すように要求してくるんだ?


 そのくせ自分たちは外さない。


 ……僕が年上だからかあ。納得。


 あと、きっとエアリーさん……エアリーも僕に好意を寄せている。


 ニッコリとした笑みの裏に、たしかな信頼が見えた。


「もう……さっきからお姉ちゃんばかりズルい……。マーリン様と最初に仲良くなったのは私なのに……。最近は自分ばっかりグイグイいってさ」


「ソフィア? なにか言ったかしら?」


 ぐるん。


 僕を見ていたエアリーが、一瞬にして隣のソフィアのほうへ視線を向ける。


 声が若干低くなったのは気のせいかな?


「別に~……なにも言ってません。それより、冷める前に食べましょう! ね、マーリン様」


「え? あ、うん。そうだね。せっかくエアリーが作ってくれたのに冷めたらもったいない」


「ま、まあ! ありがとうございます。では、みんなで」


 エアリーが自分の席につき、三人揃って食事をはじめる。


「いただきます……っと。……うん、今日もエアリーの料理は美味しいね」


 毎日食べても飽きないよ。


 人の手作りってなんかあったかい。いろんな意味で。


「ふふ。ありがとうございます。きっと愛情が入ってるからでしょうね」


「——んぐっ!?」


 いきなりの発言に、思わず食べ物が喉に詰まりかけた。


 ごほごほっ、と何度か咽てから苦笑する。


「あ、あはは……。どうりで美味しいわけだ」


 なんていうかエアリーは性格もソフィアとは違う。


 控えめなソフィアに比べて、エアリーはかなりぐいぐい来る。


 だからしばらくは彼女のペースに吞まれっぱなしだ。


 それを悪くないと思うのだから、僕も大概である。ただ、びっくりはする。


「それなら、この手料理を毎日食べたいと思う僕の感想も納得だね」


「——ま、毎日!?」


「うん。エアリーがお嫁さんだったら、きっと僕は嬉しい」


「~~~~!?」


 みるみるとエアリーの顔が真っ赤になった。


 軽い仕返しだ。でも、照れ方がソフィアと同じだ。血筋を感じる。


「マーリン様! こちらのお肉もたいへん美味しいですよ! どうぞ! あーん!」


「え?」


 急に隣から肉をブッ刺したソフィアのフォークが向けられる。


「僕たち同じ料理を食べてるよね?」


「味が少し違うと思います! さあ、どうぞ!」


「そ、そっか。それじゃあ仕方ないね……。あーん……」


 ぱくり、と肉を食べる。


 うん、味は一緒。どう頑張っても変わらない。


 けど、姉に負けじと嫉妬してくれるソフィアは可愛かった。


 それだけで嬉しいものだ。


 ……問題は、双方ともに僕より年下ってことと、姉妹同時に惚れられたこの状況。


 前世なら刺されても文句は言えまい。ほとんど浮気してるようなものだ。


 肉を咀嚼しながらどうしたものかと頭を悩ませる。


 すると、そんな僕たちを微笑ましそうに見つめるエアリーが、唐突に「あ、そう言えば」となにかを思い出す。


 僕とソフィアが同時に彼女へ視線を向けた。


 そして、彼女は言う。




「明日から、私も冒険者に復帰できそうですっ」

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