第30話 忍び寄る影

 草木をかきわけて、とある冒険者の集団が森の中を歩いていた。


 先頭を歩く大柄の男が唐突に口を開く。


「なあ……お前らは、さいきん有名な噂を知ってるか?」


 その言葉に、後ろに続くもう一人の男性が反応を示す。


「有名な噂ぁ? 色々ありすぎてどれだかわかんねぇよ」


「冒険者ギルドじゃかなり噂になってるやつだよ。セニヨンの町の冒険者ギルドに、神様みたいな——」


「超絶イケメンが現れたってやつね!」


 大柄な男の台詞は、しかし途中で背後の赤髪の女性に奪われた。


 ちらりと視線を向けると、彼女は大きな胸を張って続ける。


「あ~! 私たちも会ってみたいわ~。ちょうどその事件があった日は、忙しくてギルドに行けなかったし」


「そ、そうだね。僕も見たかった。銀髪に金色の瞳だっていうその男の人を」


「あー……なんか聞いたことあるわ、それ。つうか、つい最近イヤってほどお前らから聞かされた話じゃねぇか」


 黒髪の青年は、ガリガリとめんどくさそうに後頭部をかく。


 その仕草と声色に、赤髪の女性はムッとした表情を作る。


「なにその反応。まるで私たちの話が鬱陶しいみたいな反応ねぇ?」


「わかってるじゃん。そのとおりだよ」


「この……。燃やしてやろうかしら」


 赤髪の女性は、手のひらに小さな炎を浮かべる。それを見た隣の女性が、慌てて彼女を止めた。


「だ、ダメだよ。森で火を使ったら……! 火事になっちゃう!」


「……わかってるわよ。やるなら冷水でも浴びせてやるっての!」


「おーい、聞こえてるぞ~」


「わざとよわざと。あんたみたいなクソ男に、少しは件の殿方みたいな要素があったらなあ……。ぷぷ! まあ絶対に惚れたりしないけど」


「んだとごらぁ!」


 黒髪の青年はたまらず声を低くして怒鳴ったが、いつものことなので誰も反応を示さない。


 そのあいだにも足は動かされ、どんどん森の奥に入っていく。


「でも、本当にどんな人なんでしょう。聞いた話によると、普段はフードを被って顔を隠してるとか」


「実は犯罪者だったりしてな」


「あんたと一緒にしないでよ」


「俺は犯罪者じゃねぇ!」


「はいはい。それより、その冒険者の話よ話。たぶん、素顔を隠してるのは目立つからでしょうね。いろいろと苦労しそうだもの」


「イケメンにはイケメンの苦労があるってか? は~。モテない俺には羨ましいことで」


 けっ、と男は近くの花をわざと踏みつけた。


 その行動に赤髪の女性の目付きはさらに鋭くなるが、これ以上の喧嘩は不毛だと口を閉ざした。


 すると、隣に並んだもう一人の女性が話を続ける。


「聖職者の人から追いかけられたりしそうですしね」


「信者がその冒険者の前で頭を下げる様子が簡単に思い浮かぶわ……。私でも嫌ね、そうなったら」


「だが、教会に所属すれば一生食うに困らないだろう。わざわざ危険を背負ってでも冒険者をする必要はない。どうしてその冒険者の青年は、辛い道を選んだんだ?」


 しばらく沈黙を守っていた大柄な男が問う。


 女性陣から答えが返ってきた。


「冒険が好きなんじゃない? それか、教会が嫌いか。自分に自信があるって線もあるわね」


「仮に教会に苦手意識があったら……あとあと揉めそうですね。王都にいる王女さまとかと」


「ま、そんな気難しい顔で考える内容でもないでしょ。リーダーはもっと笑いなさい」


「これでも普通にしてるつもりはなんだがな……。生まれつきだ」


「だからこそよ。モテないわよ」


「……善処しよう」


「そういうてめぇも初心じゃねぇか……」


 ぼそりと黒髪の青年が呟く。


 ぴくりと赤髪の女性が反応した。


「あら~? なんか言ったかしら、童貞くん?」


「処女が恋愛を語るなってことだよ」


「う、うっさいわね! 処女って貴重なのよ!? 後生大事に守ってなにが悪いの!?」


「あぁ!? 童貞だって貴重だろうが! 同じ初めてに変わりはねぇ!」


「失うものがないじゃない! 童貞には! 女にはね、痛みが伴うのよ!!」


 顔を突き合わせて喧嘩をはじめる二人。


 やれやれと大柄な男性が二人を引き剥がす。


「やめろお前ら。外に出てまで喧嘩するな」


「だってコイツが!」


「この女が!」


「はいはい。そういうのは町に帰ってからな。ひとまず、さっさと魔物でも討伐して帰るぞ」


「あはは……。相変わらず、あの二人は仲が悪いですねぇ」


 大柄な男性ともうひとりの女性は、苦笑しながら睨み合う二人を眺める。


 二人が喧嘩するのは毎度のことなので、今さら困らないし驚きもしない。


 だが、依頼の途中で揉めるのだけはやめてほしいものだ。


「犬猿の仲なんだろうよ。……おい! そろそろ先に進む——ッ!?」


 大柄な男は、言葉を言いかけて止める。そして、慌てて背後を向いた。


 他のメンバーたちもすぐに表情が変わる。


 視線の先には、一匹の大蜘蛛がいた。


「なっ!? ありゃあ、≪ハブール≫じゃねぇか!? なんでこんな所に三級危険種が……!」


 急いで武器を構える冒険者たち。


 全員が胸中に不安と恐怖を浮かべる。


 しかし、先頭に立った大柄な男が叫んだ。皆を鼓舞するために。


「狼狽えるな! 俺たちの実力なら勝てる! 冷静に、いつもどおり対処するぞ!!」


「ッ……!」


 全員の顔色が変わった。自信に満ちた瞳を向けて、同時に頷く。


「おう!」


「ええ」


「はい!」


 そして、冒険者たちは巨大な大蜘蛛と刃を交える——。

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