第26話 お礼だよ
「ノイズも……僕の観光に加わるの?」
彼女が声高らかに宣言した内容を聞いて、僕は言葉とともに首を傾げた。すると、ノイズは屈託のない笑みを浮かべながらこくこくと首を縦に振る。
「んー……僕としては問題ないよ。観光は少しでも人が多いほうが楽しいだろうしね。二人とも知り合いだからなおさら楽しいよ。ただ、ソフィアはノイズと初対面だし……」
ちらりとノイズの隣に並ぶソフィアの顔を見る。彼女は、ジッとノイズの顔を見つめながら少しだけ表情をムッとさせた。
その顔色が示すのは……嫉妬?
僕はカウンセラーでもなんでもないため詳しくはわからないが、全面的にソフィアがノイズのことを気に入ったわけではないのがわかる。
ここはノイズには悪いが、彼女の同行は断って……。
と、そこまで思考を巡らせた時。僕より先にソフィアが口を開いた。
「そうですね。私もマーリン様の意見には同意します。ノイズさんと話すきっかけにもなりますし、お互いにちょうどいいかと。私に異論はありません」
「……いいの?」
「ええ。むしろお願いしたいくらいです」
「そ、そっか……ソフィアがいいって言うならもちろんノイズにもお願いするよ。悪いけど、観光の案内や説明なんかを頼むね」
満場一致の回答をノイズへ返す。
彼女は嬉しそうに笑いながら「わかりました!」と元気よく答えてくれた。
こうして、僕とソフィアの観光にノイズが急遽混ざることになった。
当初は二人の関係が気になった僕だが、意外にも観光が始まるとお互いに近付いてコソコソと内緒話を交わしていた。
僕が、「なに話してるの?」と尋ねると、二人揃って、「なんでもないですよ。女性同士にしかわからない話です」と言うくらいには打ち解けあったっぽい。
この短時間のあいだに何があったのか知らないが、僕はまあいいかと納得する。
最初に訪れた店でも無事に石鹸をいくつか購入することができ、デートという名の観光は続く。
ちなみにこの異世界では石鹸はそこまで高くない。理由は、石鹸を使って体や服を洗うより、よっぽど楽で高品質なものがあるからだ。
そう、先ほどノイズが話していた魔法道具。冒険者が使う戦闘用のものから、日常面で役立つものまで幅広く存在するらしい。
で、この町の領主——というかこの世界の貴族は、そのほとんどがそういう魔法道具を購入して使っているとか。
だから石鹸は独占されないし、平民でも一応は手の届く価格に設定されている。僕としてはラッキーだったね。
購入した石鹸を≪インベントリ≫の中に突っ込み、その後も二人と南の商業区域をねり歩く。
ここには多くの店が出店しているだけあって、食べ物から飲み物、石鹸のような日用品にアクセサリーといった装飾品まで取り揃えている。
中でもアクセサリーは、さすが女の子だと言えるくらいソフィアが食いついていた。
ノイズ?
彼女はあまり興味がないらしい。ソフィアみたいにじっくり見ないし、すぐ別のものに目移りする。
鍛冶屋で武器防具を見たときはあんなに時間がかかったというのに……。これも戦闘をする者としない者の差だろうか? 同じ冒険者でも。
そんな風にある意味で対照的な二人を眺めながら後ろを追いかけていると、ふいに、あるものが目に付いた。
花柄のネックレス。
チェーン部分を除いた花の形には、女性にぴったりな桃色が使われている。
金属だし高そうだな、と思いながらも値段を尋ねると、店主である女性が提示した金額は、僕の想像を超えるものではなかった。
日本円で五千円くらい。文明の遅れた異世界ならもっと高額だと思ったが……。どうやら、金属類は相当に出回ってるらしい。
宝石なんかが使われているわけでもないからこんなものだとソフィアが教えてくれた。
いまいち異世界と現代地球での差……文明の差による格差的なものが理解できていない。
この世界は、文明こそ前世に劣るが、スキルのおかげでまったく異なる繁栄をしてるのだろう。あまり前世の知識は役に立たなさそうだ。
でもまあ、それはそれ。これはこれ。いまはそんなことを嘆いてる場合ではない。
僕はソフィアの目の前で彼女が一番気にしていたネックレスを手に取ると、女性の店主に「買います」と告げた。
すると、ソフィアが、「え!?」と大きな反応を見せる。
さっさとお金を払って購入し、そのネックレスを当然のようにソフィアへ差し出した。
「はい、これ。ソフィアにプレゼント」
しかしソフィアは受け取ろうとはしない。激しく首をぶんぶん左右に振って拒否を示した。
「だ、ダメです! 銀貨五枚のものを簡単に受け取れません!」
「受け取ってくれないと困っちゃうなあ……。もう買っちゃったし、きっと返品は受け付けないだろうなあ……ねぇ、店主さん?」
わざとらしく言ってちらりと店主の女性へ視線を送る。彼女は僕の言いたいことを察してくれたらしい。にやりと笑って言った。
「そうだねぇ。返品は受け付けてないよ、ウチは」
ニヤニヤしながらそう言うものだから、さすがのソフィアも気付く。だが、ここまでされてさらに断る勇気はなかったようだ。
彼女は顔を赤くしたままジッと僕を見つめる。僕は優しく微笑んでから一歩ソフィアに近付き、「付けるよ?」と囁く。
手を伸ばして彼女の背中へ回すと、ソフィアはなんの抵抗もなくそれを受け入れた。同意だと見なし、僕はささっとネックレスを彼女の首元に付ける。
金髪の彼女には桃色のネックレスはよく似合っていた。
「ふふ、よく似合ってるよソフィア。可愛い」
「~~~~~~!! あ、ありがとう……ございましゅぅ……」
とどめの一撃を受け、顔を地面に向けたまま真っ赤になったソフィアは、頭から大量の蒸気を出した。
いまにも倒れそうな彼女を見て、僕は笑う。
ああ……こういうのも幸せの形だなあ。
喜ぶ彼女を見ていると、心底そう思った。
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