第25話 修羅場⁉︎
「やあ……ノイズ」
僕が左手をひらひら振ると、彼女は目の前まですっ飛んでくる。
可愛らしい犬耳も尻尾も激しく揺らいでいた。
「こんにちは、マーリンさん! こんな所で奇遇ですね。買い物ですか?」
「うん。新しい服を買ったはいいけど、前に着ていた服を洗いたくてね。そのための洗剤を探していたところなんだ」
「なるほど。でも、マーリンさんは普段からすごくいい匂いがしますけど……どんな洗剤を?」
くんくん、と僕のローブを嗅ぎながらノイズが尋ねる。しかし僕は苦笑しながら返した。
「生憎と、そのいい匂いの正体はこのローブの匂いなんだ。僕も不思議なことに、このローブはどれだけ使っても汚れないしいい匂いをし続ける。たぶん」
厳密にいうとまだ数日しか経っていないので確証はないが、少なくとも森に行ったりしてもまったく汚れなかったところを見ると、やはり特殊な効果でも付いているんじゃないかな?
そういうものがこの異世界にあるかどうかは知らないけど。
だが、その疑問にノイズが答えてくれる。
「へぇ、ということはマーリンさんのローブは
「……ん? 魔法道具? なにそれ」
「あれ? 知りませんか? 知らないでそのローブを手に?」
僕がそのとおりだと頷くと、彼女は豊かな胸を揺らして誇らしげに言った。
「魔法道具とは、特殊な魔法スキルと魔石を用いた便利な道具のことです! ランタンやテント、建物に装備と種類はさまざまなで、その効果が高ければ高いほど売りに出された時の値段が跳ね上がります。ノイズみたいな底辺駆け出し冒険者には縁遠い代物ですね!」
「特殊な魔法スキル、か」
だから汚れないし臭くならないのかな? だとしたら、僕の予想どおりこの白いローブはノイズが言う魔法道具である可能性が高い。
何度目かになる神様の過保護を知った。
「あ、あの……マーリン様?」
くいくいと前から服を優しく引っ張られた。ソフィアだ。
「どうしたの、ソフィア」
「そちらの……ビーストの方はどなたでしょうか? 見たところマーリン様の知り合いのように見えますが……まさか……」
「ああ。彼女はノイズ。たまたま昨日知り合ったばかりの知人だね。話を聞いてたと思うから知ってるだろうけど、彼女も冒険者なんだ。ランクは揃ってみんな最底辺のランク6だね。仲間だ」
「ノイズさん……ですか。なるほど。昨日会ったばかりの知人……よかったです」
なぜかあからさまにソフィアが安堵の息を漏らす。僕が首を傾げると、思考が巡るより先にノイズがソフィアへ近付いた。
「そういうあなたは?」
「ソフィアと申します。私もマーリン様と知り合った知人……ですかね。マーリン様は命の恩人です」
大袈裟……でもないのが嫌なところだ。
僕はそこまで彼女に恩を着せた覚えはない。だが、彼女の気持ちを否定するわけにもいかない。
「命の恩人……ふうん」
ノイズはソフィアの顔をまじまじと見つめたあと、やや目を細くしてから口角を吊り上げた。
「ノイズも、マーリンさんには大きな恩があります。それを返すためならどんなことでもしますとも!」
「ッ! わ、私だって、命を助けていただいた借りはどんなことでも……」
「あ、あのー……二人とも?」
急に見つめ合ったままバチバチと火花を散らすソフィアとノイズ。
まさか二人が恩義うんぬんで張り合う? とは思ってもいなかった。
周りの一般市民たちから、
「なんだなんだ? 喧嘩か?」
「真ん中の男が浮気でもしたんじゃねーの?」
「嫌だわ……修羅場ってやつね」
などと騒ぎ立て、誤解で遺憾な視線が突き刺さる。
ただでさえやたら目立って嫌だからフードを被ってるのに、これじゃあフードを外してるより辛い。
だって、フードを取ったら好意的な視線が向けられるが、いまの僕には非難の嵐が殺到してる。
下手すると騒動に発展しかねない状況を見て、僕は慌てて二人の手を握ってその場から走り出した。
後ろから、
「マーリン様!?」
「マーリンさん!?」
と二人の声が聞こえてくるが無視。
人混みをかき分けて、先ほどソフィアが向かおうとしていた方角へ足を進めた。
次第に、石鹸と思われる塊を棚に置いた露店が見えてくる。
恐らくあそこが目的地か、と狙いを定め、僕は店の前まで走ると動きを止めた。
後ろに続くソフィアとノイズもまた足を止める。
ノイズはともかく、ソフィアは少しだけ息が荒れていた。
「ハァ……ハァ……どうしたんですか、マーリン様? 急に走り出して……」
「びっくりしました。ノイズは説明を求めます」
矢継ぎ早に繰り出された二人の質問に、しかし僕は非常に簡潔な返事を返した。
「二人が通りで騒ぐから離れたんだよ……」
「「あ……」」
双方ともに自分の非を認めて視線を逸らす。
まあ、騒ぐと言ってもどちらかというと騒いでいたのは周りの人たちだ。
彼女たちのせいでそうなったとはいえ、僕はそこまで怒っていない。恐らく最終的な責任の着地地点も僕だろうしね……。
けど、二人とも真面目で礼儀正しい女の子たちだ。謝る必要はないだろうに、わざわざぺこりと頭を下げてくる。
「すみませんでした、マーリン様。お見苦しいところを見せて……」
「ごめんなさい、マーリンさん。ノイズが迷惑をかけてしまいました……」
しゅん、と雰囲気を落とす二人を見て、僕がぐちぐちと怒れるはずもなく、フッと笑みを浮かべる。
「そこまでする必要はないよ。騒ぎもささいなものだったしね。でも、言いたいことがあるならもっと人気のないところで話し合おうか。道の隅とかそういう所でね」
「……はい。ですが貴重なマーリン様の時間を奪うつもりはありません。ノイズさんとはまた今度お話を」
「ノイズもソフィアさんの意見に賛成です。話すなら今度でも」
「そう? 二人がいいなら僕はそれでいいけど……」
二人が了承してくれたので、一旦、話を戻す。
「じゃあノイズには悪いけど、僕とソフィアは買い物と観光って目的があるから」
「…………観光?」
ノイズが首を傾げる。
「うん。僕がこの町のことを知りたくて観光するって言ったら、ソフィアが案内してくれるって言ってくれてね。これから買い物と観光をする予定なんだ」
そう言うと、ノイズの瞳にたしかな輝きが宿った。
まさか、と思うも彼女が口を開くほうが早い。
「では、ノイズもその案内に加わりますっ! ノイズはこの町にとても詳しいのです!」
———————————————————————
あとがき。
近況ノート作成したので、よかったら見てね〜。
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