第24話 もう一人の女の子
たまたま町中で遭遇したソフィアに、町の案内を頼むことで二人きりのデートが始まった。
まあ、男女で一緒に行動する、という点以外はまったくデートらしくはないのだが、それでも僕は彼女からの提案に助かっているのでなんの文句もない。
先頭を歩くソフィアは、まずこの辺りの露店に関して説明してくれるらしく、籐かごを持ったまま左右に立ち並ぶ店を見ながら逐一、「あれは○○の店」などと補足してくれる。
「あそこには主に食べものなんかが売られています。露店の大半が飲食系なので、この辺りに店は固まりやすいですね」
「へぇ……あそこのスープとかいい匂いがするね」
「マーリン様は宿の食堂で食事を摂ってますよね?」
「ん? そうだけど」
急になんだろう。
僕が首を傾げると、ソフィアは続ける。
「なら、こういった露店より宿の食堂のほうがたぶんいい食事を提供してくれるかと。食材はともかく、料理の類は貧民向けの安物ばかりなので」
「ふんふん……。平民の懐事情ってやつなのかな?」
「そうですね。値段を上げても誰も買いませんし、それならみんな質より量をとります。まともな食事が食べたい人はちゃんとしたお店に行きますし」
「それはそうか」
「ただ、たまにすごく料理のうまい人が秘密のレシピで作った掘り出しもの? もありますけどね」
「ソフィアはそういったのに詳しいの?」
ふるふると彼女は首を左右に振った。
「いいえ。残念ながら私も質より量をとる人間です。姉がいるので、やっぱり何より安いものに目がありませんね」
「なんとなくわかるよ。僕も普段の食事は質素でもいいくらいだし」
それこそ前世だと平凡な家庭に生まれた平凡な男児だった。
特別貧しいわけでもなく、特別豊かであった覚えもない。
その辺りのことをもっと詳しく思い出そうとすると、急にモヤがかかったようになにも思い出せなくなるので憶測も混じっているが、ソフィアの話を聞いて同意できるあたり、恐らくそんな豪勢な食事は前世でも食べた経験が少ないのだろう。
とはいえ、この異世界の食事文化に比べたら、日本の質素な料理のほうがはるかに上回るとは思うが。
なんせ日本は食の国としても有名だったしね。
「——あ! マーリン様、向こうに洗剤を売ってる店がありましたよ!」
「ちょ、ソフィア? 急に走ったら危ないよ」
目当ての店を見つけてソフィアが急に早足になる。思わず注意すると、そのタイミングで彼女が躓いて転びかける。
反射的に僕が慌てて腕を伸ばすと、ギリギリ、ソフィアが転ぶまえに彼女の腕を掴むことに成功した。
グッと力を込めて引き寄せる。
「——っと。ほら、危ないからゆっくり行こうね? それとも、僕がもう転ばないよう手を繋いであげようか?」
危うく怪我をしかけたことに驚いたままのソフィアへ悪戯っぽくそう言うと、彼女はたちまち顔を真っ赤に蒸気させ顔を伏せる。
ニコニコと少しのあいだ彼女の様子を見守っていると、しかし想像とは違った返事が返ってきた。
「その……あの、えっと…………お願いしても、いいですか?」
小声でぼそぼそっと。
近くにいなかったら周りの喧騒でかき消されてしまいそうなほどの声だったが、なんとか僕の耳に届く。
その後、ソフィアは言葉の意味を示すように自らの右手を差し出してきた。
ほとんどリンゴみたいに顔が赤かったが、ここまでされてさらに彼女をいじめる趣味は僕にはなかった。
こちらまで恥ずかしくなる気持ちを抑え、冷静を装ってソフィアの華奢で白い手を握る。
その途端、まるで湯気でも出ているんじゃないかってくらいソフィアの顔が赤身を帯びていき…………完全に沈黙する。
ずっと自分の繋がれた手を見つめたまま微動だにしない。
このままだと買い物を再開するのに時間がかかるな、と思った僕は、ソフィアに「洗剤の店に案内してくれるかい?」と言おうとした。
しかし、その言葉はあっけなく、またしても訪れた知り合いの声によって遮られる。
それは、背後から聞こえた声だった。
「——あれ? もしかしてマーリンさんですか!」
やたらデカイ声量に、僕を慕うような感情の込められた言葉……。
もはや振り返る前から完全に誰がいるのかわかってしまった。
視線だけで振り返りながら、僕は彼女の姿を視界に捉えるのと同時に言った。
「やあ……ノイズ」
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