第23話 観光?いえ、デートですね
翌朝。
目覚めると窓辺から差し込むかすかな光が見えた。
カーテンを横にスライドさせて外の景色を眺めると、昨日以上の晴天が広がっていた。
「ん~……いい天気だなあ」
寝ぼけた意識をクリアにすべく、固まった背筋をグッと縦に伸ばす。
昨日はノイズとの冒険を楽しんだが、今日はこのセニヨンの町の観光でもするつもりだ。
自分が住む町がどんなところか調べるのも旅の醍醐味だと思う。
いずれはソフィアやノイズから聞いた王都なる場所にも行ってみたい。
欠伸を噛み殺して、昨日の内に買っておいた服に着替える。
いつまでも神様がくれた初期服のままだと衛生的に問題があるからね。
この世界には前世でありふれた洗濯機などないため、基本的に衣服を洗うのは人力っぽいし。
宿の従業員であるカメリアが、たまたま僕と会話中に「冬場は洗濯が大変になる」とかなんとか言ってたから間違いない。
僕は洗濯道具も持ってないし、それも含めて今日はいろいろと見てまわる予定だ。
最後に、不思議と汚れも付かず匂いもフローラルな香りがする謎コートを羽織り、個室の扉を開ける。
小さく床板を軋ませながら階段を下りると、真っ直ぐに食堂へ入った。
カメリアに朝食を頼み、ほどよく腹が膨れると僕は宿の外に出る。
燦燦と照りつける太陽を見上げながら、どこを目指すでもなく歩き出した。
ぶらぶらと適当に回ろう。
▼
「…………あれ? マーリン様?」
「ん?」
聞き覚えのある声に呼ばれて足を止める。
声のしたほうへ視線を向けると、やや斜め前方の人混みの中から金髪の少女ソフィアが顔を出した。
彼女は小さく手を振ると、嬉しそうに笑顔を浮かべて近付いてくる。
「やあソフィア。奇遇だね」
「やっぱりマーリン様だ! こんにちは。南の商業区域になにか用事ですか?」
「大した用じゃないよ。服とか洗濯するのに便利な道具はないかなって。あと観光」
「洗濯……道具? それなら一番大切なのは洗剤ですね。ここら辺に並ぶ露店で売ってる人がいると思いますよ」
「そうなの? それは嬉しい情報だね。ありがとうソフィア。ソフィアも買い物かな?」
お礼を言いながら彼女を見下ろす。
ソフィアは前に薬草を詰めていたと思われる籐かごを持っていた。仮に食べ物を入れるなら十分なスペースがある。
「はい。ちょっとだけ保存してあった家の食料が少なくなってきて、それで。まあ、私自身の気分転換も含めてますが」
ふむ。
たしかにそう言われてみると、ソフィアの表情には若干の疲れが見えるような……。
大人しく家の中で休んでいればいいのに、真面目な子だなあ。
もしくは家の中だと事情があって休めないとか? 彼女の事情には詳しくないためこれはわからないし聞けない。
ただ、困っているなら助けてあげたいくらいにはソフィアのことは気に入ってる。それとなく後で伝えておこうかな?
「それより、マーリン様は観光も目的だと言ってましたよね?」
「え? ああ、うん。この町に来るのは初めてだからね。いろいろと珍しいものがあって楽しんでるよ」
本当はこの異世界そのものに来るのが初めてだが、それを証明する手段もなく話したところで信じられないだろうから黙っておく。
そんな俺のささやかな嘘に、ソフィアはまるで疑いの視線を向かない。
「でしたら、よければ私がマーリン様の観光のお手伝いをします!」
「そ、ソフィアが?」
唐突な申し出にびっくりする。
しかし、ソフィアは意外と真面目に言ってくれたのか、ぱちぱちと両目を瞬きする僕へさらに続けた。
「お任せください。この町に住んでもう十年以上。マーリン様の知り合いでもありますし、十分にその役目を全うできる自信があります! それに、少しでもマーリン様へ恩が返したくて……。嫌でしたら、大人しく帰ります」
最後にそう言って瞳を伏せる。
慌てて僕は彼女の言葉を否定した。
「嫌じゃない! 嫌なわけないだろう? 僕としてもソフィアに案内してもらえたらものすごく助かるよ。この町の中だと数少ない知人だからね。……申し訳ないけど、頼めるかい?」
ぽりぽりと気恥ずかしさに後頭部をかきながらお願いしてみると、ソフィアは屈託のない笑みを刻んで大きな声で言った。
「よろこんで!」
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