第21話 好感度が上昇しました
「あれは……手袋?」
壁際の棚に置いてあった武器らしきものを見て、僕は首を傾げる。
それはどう見たってグローブのようなもの。しかし、僕の知るグローブとは決定的に異なる外見でもあった。
内側は皮なのに、外側には金属が用いられている。メリケンサックのようなものだろうか?
僕の辛うじて思い出せる記憶の中で一番近いものを挙げるとすれば…………ナックル?
そう、ナックル。ゲームとかで出てくる武器だったような気がする。
「マーリンさん? どうしました?」
僕が足を止めて一方をずっと凝視してるものだから、先頭を歩いていたノイズが不思議そうにこちらへ戻ってきた。
遅れて彼女も僕が見ている方角へ視線を向ける。
「あれは……」
「素手用の武器だよね。ノイズは知ってる?」
「ナックルですね。よく知ってますよ。
「ですが?」
言いにくそうに瞳を伏せるノイズへ、構わず僕は尋ねた。ややあって彼女は答える。
「ナックルはステータスの高い人間でないと扱いにくいのです。他の武器に比べてステータスに依存するので、初心者や駆け出し冒険者が安易に手を出すと火力不足に陥ると聞きました」
「火力不足……」
要するに、拳で殴るのとあまり変わらないから、腕力——STRが高くないと他の武器を使ったほうがいいってことかな?
たしかに同じステータスでも、剣をぶんぶん振ったほうが魔物に対しては有効だろう。殴るより斬ったほうがはるかに相手を殺しやすい。
ある意味ステータスが低いと、武器というアドバンテージがなくなると言いたいのだろう。
僕にはその辺のことはよくわからないのであれだが、個人的には悪くない武器だと思う。ようは彼女が成長し強くなればいい。
「たしかに他の武器に比べて少しだけ心もとないかもしれないけど……僕としてはアリだと思うよ? ノイズにはこういう武器のほうが合ってそうだ」
だって剣を買ってもどうせ彼女はすぐ壊すだろ?
周りの障害物にぶつかった際、折れやすい刃物より、多少威力が下がるナックルのほうがマシだと思ってしまうのは、僕のエゴかもしれないが。
「そ、そうですか? マーリンさんがそういうなら、ノイズはあのナックルが欲しいです。実は、前から拳で殴るスタイルが自分には合っているんじゃないかと思ってて……」
「それなら問題ないね。なに、一緒にパーティーを組む時は僕がサポートするよ。もちろん常に支えてあげられるわけではないから、ソロで不安だと思ったら他の武器を選んだほうがいい。選択権はノイズにある。まだ時間はあるしじっくり決めなよ」
「マーリンさん……。はい、ありがとうございます!」
真面目に自分のことを考えてくれたのが嬉しかったのか、ふりふりとノイズの尻尾が左右に揺れていた。
その様子を見ると実に頭を撫でてあげたくなるが……。彼女は人間でペットじゃない。耳や尻尾に触ろうとするのもアウトだ。
グッと逸る気持ちを抑えてにこやかに笑った。
結局そのあと、一時間以上も鍛冶屋の中で「これでもない、あれでもない」と首を捻った結果、最初に僕が提案したナックルを購入することになった。
——本当にいいの? ひとりの時に困らない?
と僕が念を押すと、それでも彼女は満面の笑みで、「問題ありません!」と答えた。
武器を選んでいく内に、自分にはやっぱりコレしかない! と決めたらしい。
早速購入し、彼女は宝物でも自慢するようにナックルをはめてみた。
瞳が星屑のごとく輝き、きゃっきゃっと女の子らしい声をあげる。それを眺めながら、我ながらいい買い物をしたと僕は思った。
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「マーリンさん、この度はいきなりパーティーに誘ったノイズのために、武器を買ってくれてありがとうございます。ノイズはマーリンさんに受けた恩を返すために頑張ります! また、いつでも依頼に誘ってくださいね!」
鍛冶屋を出て中央の通りに戻ってくると、ナックルを装備したままのノイズが振り返り、本物のペットのように純粋な好意を向けてくる。
僕はふっと笑みを浮かべて言った。
「どういたしまして。とりあえず明日はやることがあるから休むとして……。近いうちにまた声をかけると約束するよ。それまで、ノイズは気を付けて依頼を請けてね?」
「はい。今回の依頼でそれなりにお金を手に入れられたのでのんびりします! 重ね重ねマーリンさんのおかげですが……」
「いいのいいの。ノイズが無事に冒険者として活動し続けてくれるなら、それでいいさ」
そう言うと僕は、手を振って彼女と別れる。泊まっている宿を目指す。
今日はノイズと会って少しだけドタバタしたから疲れた。
ナックルを買ったのは少しだけ意外だったが、あとは彼女がそれをどう活かすか。
僕には僕の生活があるし、頻繁にパーティーは組めないかもしれないよ? と言ったのだが、彼女はナックルを選んだ。
ならばきっと、ソロでも十分な功績をあげることはできるだろう。
なにかあったら僕が助けるし、やや無責任かもしれないが最終的に選んだのはノイズだ。なにかあっても自己責任。
それでも彼女の無事を祈りながら、人混みにまぎれて消える。
ちらりと背後へ視線を送ると、彼女は僕の姿が見えなくなるまでずっとこちらを見つめていた。
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