第19話 しょうがないね

「……あ」


 それはどちらの言葉だったか。


 互いに中心から折れてしまったナイフを見下ろす。小ぶりだった刃物は、ちょうど半分ほどが折れて欠けていた。


 冷たい風が僕たちのあいだを通り抜けわなわなと震えていたノイズが、我慢の限界と言わんばかりに大声を出す。


「お、おお、折れたぁあああああ————!?」


 けたたましい高音が周囲に響き渡る。


 僕は咄嗟に両耳を塞いで顔をしかめた。


 ビーストの声はすごい。人間が出せる声量を超えているようにすら思った。


 ただ単純に、僕の記憶にこれほどの声量がなかっただけかもしれないが、そうであっても耳が痛くなるほどの音だ。


 ひとしきり叫び終えると、ノイズは次いでぐずぐずと大泣きを始める。


 喜怒哀楽の表現が豊かだな、と思いながらも彼女に声をかけた。


「の、ノイズ? そこまで泣くことは……」


「マーリンさん……! だって、だってだって! これ、ノイズの最後の武器なんですよぉ……。もう武器がなくて戦えません……。戦えないとお金が稼げないのです……。お金が稼げないと生きていけないのですっ!?」


 そこまで言って、再び彼女が不安定な声を上げてびーびーと泣きじゃくる。


 片手で右耳を塞ぎながら、僕はなるべく穏やかな声で彼女の耳に囁いた。


「ノイズ、ノイズ。それ以上泣いたら、魔物が音を聞いてこっちにやってくるから落ち着いて。武器なら僕があとで買ってあげるから」


「うぅ……ぐず、ずるるっ! ……え?」


 ノイズも魔物をおびき寄せる自身の行いが正しいとは思っていないのか、僕が指摘するとすぐに声を抑えて必死に泣くのを我慢する。


 しかし、次いで発せられた言葉を聞いてノイズはぴくりと大きな犬耳を震わせこちらを向くと、ぐしゃぐしゃになったある意味で可愛らしい顔を斜めにたおして傾げる。頭上には≪?≫の文字が浮かんでいた。


「ま、マーリン様が、ノイズに武器を買ってくれるんですか……? で、でもでも、さすがにそこまでお世話になるわけには……。もうすでに一緒にパーティーを組んでいただけてるだけでも助かっているのに……」


 優しい子だ。いい子だ。なんの疑いも憂いもなく話に飛びつけば、無料で武器が手に入るのに。


 彼女の中では、自分は僕をいいように利用する悪女らしい。


 真っ直ぐに立ったはずの犬耳が途端にしおれ、ノイズの表情から活発さがどんどん失われていく。


 これはこれでずっと見ていたいほど可愛らしいが、さすがにノイズが可哀想なのでくすりと笑ってから僕は続ける。


「ふふ、安心して。別にタダで、ノイズに武器を買ってあげようってわけじゃない。ちゃんと僕にも利のある話だよ」


「……マーリンさんにも、利が?」


 なんですかそれ、と顔を上げた彼女にわかりやすく説明する。


「単純な話さ。今後もノイズとパーティーを組む時に武器がないと困るでしょ? それに、ノイズは戦い方が乱暴だけど才能はあるようだし、先行投資……いずれ強くなるであろうノイズに期待して武器を送るんだ。あと、できるだけ次の武器は大切に扱ってほしいかな。ノイズももう少しだけ頭を使って手加減を覚えれば、いまよりずっとずっとお金が稼げると思うよ?」


「ま、マーリンさん……!」


 ノイズの瞳の中にありありと僕への尊敬の色がにじみ出ている。


 わりと打算ありの提案だから、そこまで純粋な目を向けられると辛いなあ。


 たしかに、武器が折れてしまい大泣きする彼女が可哀想だって理由が一番強いけど、武器を買ってあげれば彼女は僕のことを心の底から信頼する。その信頼がいつか役に立つかもしれない……。


 なにより、美少女には笑っていてほしい。好意を持ってくれていればなおよしって感じだ。


 だから、僕は手放しで褒められるような善人じゃない。




 奥底に眠る邪な考えに、自分で自分が浅ましいとすら思い視線を逸らしながらもさらに口を開く。


「ま、まあそういうわけだから! ノイズも『この恩は必ず返す!』くらいに思ってくれればいいよ。それとも、ノイズはもう僕とパーティーを組むのは嫌かい?」


「そんなことありません! ノイズはマーリンさんを尊敬してますっ。マーリンさんはノイズの恩人で、信用できる人です。個人的にも好きなので、ずっとずっと一緒にいたいくらいです!」


「……あ、あはは……ありがとう、ノイズ。僕もノイズのことは好きだよ」


「! ありがとうございますっ」


 ビースト種特有のストレートな表現なのか、ノイズだからか……。正面から拳で殴られて僕はたじろぐ。


 片やノイズは、僕から好意を向けられてもケロっとしていた。恐らく家族愛や友人愛のようなものだろう。




 大輪の花のごとく笑顔を浮かべるノイズを立たせ、地面に転がる無数の魔物の回収をお願いする。


 幸いにも僕には≪インベントリ≫なんて便利なスキルがあるし、これを活かさない手はない。


 嬉々としてグロテスクな死体を運んでくれるノイズにお礼を言いながら、僕たちの狩りは早々に終了した。


 彼女には帰る前に、「冒険者ギルドに寄ったあと、鍛冶屋にでも行こうか」と言っておく。当然、ノイズは満面の笑みを浮かべて了承してくれた。

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