第13話 はい、解散解散

 セニヨンの町、中央広場から南下して門を出る。


 出入りのさいは、冒険者カードを見せれば簡単に通り抜けることができた。


 フードを被ったまま森の一角に足を踏み入れる。さくさくと深緑色の雑草を踏みしめ、奥へ奥へと向かう。


 本来ならば手加減を覚えるためだけに、森の深奥まで目指す必要はない。


 だが、いかんせん僕のステータスの場合は話が異なる。


 町の手前でばったばったと樹木を倒してみろ。魔物より先に、衛兵たちに槍を突き出されかねない。そうなったらもう、ソフィアのいるセニヨンの町には立ち入れないだろう。


 一気に災害認定されるに違いない。


 なので僕は、なるべく人が来ないであろう奥地にてひっそりと手加減の練習をおこなう。




 歩き出しておよそ一時間。あまりにも退屈な時間が流れる。


 それでもどうにかここまで来ることができた。さすがに、徒歩一時間も距離が離れれば衛兵たちも気付かないはずだ。


 運よく魔物に遭遇しなかった自らの幸運と、しかしこのあと嫌ってほど襲われるんだろうなあ……。という複雑な気持ちを抱きながら、一本の樹木に向き合う。


 人間ばりの太さを持つなにかしらの木。そこへ、真剣な眼差しで拳を握りしめて近付いた。


 肘を内側に引き、十分に攻撃が届く位置までにじり寄ると…………。


「————!」


 できるかぎり力を抜いて拳を放った。


 柔らかな空気の抵抗を浴びながらも、僕の拳は吸い込まれるように樹木の中心を捉える。指の第二関節部分に、硬い感触が当たった————と感じる前に、メキメキ——ではなくパアァンッ! という音が響く。


 ……木の中心が、まんま抉りとれた。


 へし折ったわけじゃない。触れた部分が、キレイにごっそり弾け飛んだ。だるま落としみたいに、不自然に、一部分のみが消え去った。


 当然、支えを失った樹木は倒れる。倒れるというか、落ちる。


 どしんと重圧な音が周囲に轟き、とまっていた小鳥たちが一斉に空へと羽ばたいた。ばさばさとうるさい羽音を聞きながら、僕の表情はげっそりと変化する。


 たまらず文句と苦情と怒りの混ざった音が口を裂いた。


「……な、な、なんでだぁあああ————!!」


 どうしてこうなった。


 もはやこれは転生特典ではありません。ただの厄介な呪いです。


 可能なかぎり力を抜いた状態で殴ってもなお、恐らく一般的な生物よりはるかに頑丈であろう樹木を容易く吹き飛ばした。


 人間に使えばどうなるかなんて想像する必要すらない。


 改めて、昨日はあのノルドとかいう冒険者を殴らなくてよかった。殴ってたら、いまごろ僕は豚箱の中にぶち込まれていただろう。


 その檻すら素手で引きちぎれることを考慮すると、やはりどちらかというと完全に僕はモンスターだった。


 頭を抱えて、その場に両手両膝をつく。


「……まずい。まずいとかいうレベルを超えてまずい……。魔物討伐? 全部ぐちゃぐちゃになりますが? 薬草採取? それはそれでソフィアと一緒にできるから楽しそうだけど、僕は彼女ほど知識はないから役に立たないっ!」


 せっかく、「高すぎるステータスを活かせるのはやっぱり冒険者だよね!」とかなんとか調子に乗って登録までしたのに……。いまの僕は単なる殺戮者にしかなれない。


 冷静になって町に帰り、他にできる仕事を探すしかないのか?


 僕の本能が、「冒険者をやるべきだ!」と叫んでいるのに、そもそもこの異世界に転生させた神様が「不自由を与えよう……!」と言ってくる。


 一縷の希望すらなく、お先真っ暗な自分の第二の異世界ライフ。僕は早々に絶望した。


 ——神様なんて恨んでやる! 絶対に許さん!


 せめてこの半分くらいでも……さらに半分くらいでよかった。いくらなんでも過剰すぎる。




 なんとなく予想していたことではあったが、手加減の練習もクソもない。僕の拳には、≪攻撃≫のコマンドではなく、≪殺す≫というコマンドしか付いてない。


 ひとたびそれを振るえば、眼前のすべてをなぎ倒すことだろう。


 全身に鎖でも巻いたほうがいいかもしれない。


 とほほ、と小さな涙を流して立ち上がる。


 ——まだ、たった一回試しただけだろう? 次はもっとうまくいくさ! なんて希望は持たない。


 今後、ボクは暴力を禁止して生きることを決めた。だからもういいや……。ここまで来るのは大変だったけど、おかげで自分に戦闘が向かないことがよくわかった。


 踵を返し、今後の寂しい人生設計を考え直す。そこへ。




『≪スキルリスト≫を開いて≪封印≫スキルを取得しましょう』




 という、例の神様メッセージが表示された。

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