第11話 正体不明の新人くん
自分の冒険者登録にソフィアの薬草の査定が終わり、彼女ともども冒険者ギルドを出た。扉をくぐる頃には、すっかり頭上の空は深い紺色の闇に染めあげられている。雲間から差し込む月光のわずかな明かりが、眼前の道や町並みをやや幻想的に照らしていた。
なおも背後から聞こえてくる冒険者たちの喧騒をBGMに、僕とソフィアは数歩まえを歩いてからぽつりぽつりと会話をはじめる。
「ええっと……受付の人の説明だと、ここから東に坂を下って北を目指し、中央広場のそばにある宿がオススメ……と」
「宿までは辿り着けそうですか?」
冒険者ギルドを出るまえに料金の安い宿を受付の女性に聞いたところ、一枚の紙に簡単な地図を書いてくれた。たいへん大雑把で見やすい地図ではあるのだが、生憎と僕はこの町に今日初めて足を踏みいれた。どこに何があるのかなんてサッパリだ。なので、ソフィアの問いかけに対して情けない声を発する。
「……正直、自分に自信がないね……」
「無理もありません。ですがご安心を。ちゃんと宿まで私が案内しますから! 見たとこ知ってる宿なので迷わないかと」
自信満々にそう言ってソフィアは平坦な胸を張る。
この町に来るまえから彼女にはお世話になりっぱなしだ。薬草採取の護衛なんかじゃ釣りあわないくらいの恩がある。いつか精神的にでも返せればいいな、と思いつつも素直にソフィアの申し出を受けいれた。
「ありがとう、すごく助かるよ。なにから何まで世話になっちゃって悪いね」
「それくらい任せてください! マーリン様には命を救っていただきましたし、私がお手伝いしたいんです!」
「まだ若いのに立派だねぇ」
そう言えばゴブリンに襲われてる彼女を救ったっけ? それを加味すればいいぶんってことになるのかな? でも、個人的には神様にもらったステータスが高すぎただけで、自分の力で解決したとは言えない。だから、やっぱりソフィアにはたいへんお世話になっている。
「若いって……マーリン様だって私とあんまり変わらないでしょうに……」
「三歳以上は結構な差だよ」
「せめて十歳からかと」
「そうかな?」
そんなものなのかな?
「そうです。でも、マーリン様は素敵な殿方なので、二十歳くらい差があってもぜんぜんモテそうですけどね」
「騒動になりそうだからあんまり嬉しくないなあ……あはは」
顔のことを褒められても、先ほどの冒険者ギルドでのやり取りを思い出してイヤになる。優れた容姿というのは、突き抜けすぎると厄介なシロモノになるらしい。前世では平凡な人間だったと思うから、ことさらそう感じてしまう。
その後も、彼女と他愛ない話で盛り上がりながら冒険者ギルドを背に緩やかな坂をくだっていく。道なりに石畳のうえを進み、二十分もすると目的地である中央広場の一角、目当ての宿のまえに到着する。
そこでこれまでのお礼をすべてソフィアに伝え、ソフィアもまた今日のお礼を僕に伝えて別れた。彼女は姉と二人で住んでる家があるらしい。だからここでさようならだ。
後ろ髪を引かれる思いで走り去っていく彼女を見送り、僕は気持ちを改めて宿の入り口をくぐった。
▼
「…………ふう」
ぎしりと後ろで小さな音を立てるのも無視して、天井に備え付けられている小さな人工灯を見上げた。不規則に揺れる光とそれに照らし出された天井の色彩、それらを交互に見合ってぽつりと新たな言葉をこぼす。
「あの、新人冒険者くん……」
独り言が示すのは、つい二時間ほど前にさわぎを起こした冒険者のひとり。その時はまだ新人冒険者ですらなかったが、今ごろはとっくに冒険者カードを受け取ってるはずなのでそう呼んでも差し支えないだろう。
それに問題はそこじゃない。
ノルドとの殺し合いに発展しかけた騒動すら、彼女————セニヨンの町の冒険者ギルドに勤めるギルドマスター、≪ヴィヴィアン・ティルタニア≫にはささいな雑事としか思えなかった。
問題だったのはそのあと。逃げ出したノルドを無視して新人冒険者の男性に話しかけた時。彼女はなかなか見込みがありそうだと思い、少々の罪悪感をおぼえながらも彼に≪鑑定≫のスキルを使った。
しかし、ランク2の冒険者でレベル300を超える彼女のスキルを持ってしても、新人冒険者のステータスを知ることはできなかった。厳密には、スキル自体が弾かれてしまったのだ。
本来はありえない。
長寿で有名なエルフのヴィヴィアンは、二百年以上もの時間をかけて、己のレベルを上げ鑑定スキルもLv8にした。本来なら、そこまで強化されたスキルを弾けるのは、彼女以上の傑物……世界にごくごくわずかしかいないとされるランク1冒険者くらいだ。
にも関わらず、あのフードの青年のステータスは視れなかった。それが意味するのはたったひとつ。彼がヴィヴィアンを超えるレベルだということ。少なくとも300以上は確定した。
「まさかレベル400とか言わないわよね? それとも、最高峰の500?」
考えれば考えるほど、そんなバケモノみたいな存在が新人冒険者になるとは思えない。というより、冒険者になるまでのあいだ、一体なのをしていたのかが気になる。
だが、そんな問いは投げられなかった。小さなプライドと欠片ほどの恐怖が、あの場において彼女の言葉を制止した。それが正しいかどうかはいまだにわからない。けど、まあいいだろうと結論を出す。
どうせ、冒険者として活動していくうちに話す機会も知る機会もたくさんある。
一抹の期待を胸に、ヴィヴィアンはテーブルに置かれたカップを持って傾ける。すっかり冷めた茶色い液体が喉を通り抜け、これまでのモヤモヤごと彼方へと流し込んだ。
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