第4話 優しい提案

「か、神様ぁ……?」


 金髪碧眼の少女が発した疑問を受けて、思わずぶっきらぼうな声が出る。いまだ呆然としたままの彼女に続けて否定的な言葉を投げかけた。


「違う違う。ぜんぜん違うよ。僕はどこからどう見たって普通の人間さ。この世界風に言うと≪ヒューマン≫? ってやつ」


「普通の……人間?」


 明らかに彼女の中で疑問が消えていない。たしかに先ほどは恐ろしい光景を見せてしまったが、外見だけなら一般的な人間とそう大差ないはずだ。少なくとも目の前にいる少女と性別や体格以外で変化はない——と思う。


 少々自信を失いながらも、「それより!」と無理やり話を変える。


「それより、君のほうは大丈夫かい? なんだか変なバケモノに襲われていたようだけど」


「え? あ……すみません! ゴブリンから助けていただいたのに、感謝の言葉もなく質問なんかしてっ」


 慌てて少女が頭を下げた。


「いいよ別に。たまたま助けられただけだし。というか、?」


 不思議と聞き覚えのある名前だった。あの緑色のバケモノの名前だろうか?


「ご存知ありませんか? 先ほど神様が倒された緑色の魔物のことです」


「へぇ、そうなんだ……って、僕は神様じゃないからね? マーリンっていう名前なんだ。よろしく」


 ステータス画面に表示されていた名前を拝借する。他に名乗れる名前もないため使っても問題ないだろう。


「マーリン様……はい、よろしくお願いします。私はソフィアと申します。改めて、ゴブリンから助けていただきありがとうございました。マーリン様がいなかったら今ごろはゴブリンに殺されていたでしょう……。なにかお礼を……」


 そう言ってソフィアと名乗った少女は懐をまさぐるが、金欠なのか何も出てこない。見るからにボロボロな装いだ。こちらに礼を尽くせるほどの余裕があるとは思えない。なので丁重にその申し出を断る。


「気にしないで。お礼を期待して助けたわけじゃないし、こういうのもなんだけど、君みたいな子供からお金は取れないよ。無事だったならそれでいい。というか……こんな森の中でなにをしてたの? あのゴブリンっていうバケモノが出るなら、外をうろつくのは危険なんじゃ……」


「えっと、その……私は冒険者なので薬草採取の依頼をしに来ました。生活費を稼ぐためには、危険でも頑張らないといけないので……」


「冒険者?」


 また新しい単語が出てきた。しかも聞き覚えがある。


「この森の近くにあるセニヨンという町の冒険者ギルドで登録した冒険者です。魔物を退治したり、私みたいに薬草を採ったりしますね」


「ふんふん……子供でもできる仕事、か」


 これはいい情報を聞いた。魔物討伐とか物騒な言葉が聞こえてきたが、要するに彼女みたいな子供でも就ける職場なんだろう? それだけ人材に困ってるなら、この世界で生きるうえで切り離せない生活費の確保もなんとかなるかもしれない。もちろん、他の仕事を探してみてから決めるつもりだが。


 しかし、それよりさらにいい情報があった。この森の近くに町がある? それだよそれ! その情報がいま一番ほしかったものだ。思わず心の中でガッツポーズをとる。


 彼女には悪いがいろいろと話を聞かせてもらおう。


「……ねぇ、よかったら、さ。助けたお礼ってわけでもないんだけど、そのセニヨンって町まで案内してくれないかな? ここら辺の地理には疎くてね。正直、どうやって人里を探そうとかと悩んでたんだ」


「そうなんですか? それならお任せください! 朝飯前です……と言いたいところですが、ひとつだけ問題があって……」


 胸を張って自信満々に言い放った彼女の表情が、一瞬にして曇る。その視線が、手元にある簡素な籐かごへと注がれた。


「実は……私、さきほど言ったように薬草採取のためにこの森に入ったんですが、目当ての薬草を採る前にさきほどのゴブリンと遭遇してしまって……。このまま帰ったら、明日からの生活費が……」


「なるほど」


 それはたいへん困った問題だ。かと言って僕も彼女の助けなしで町まで辿り着ける自信はない。ここは文字どおり世界そのものが違うからね。年齢こそ二十ではあるが、実質生まれたての赤子と大差ない。であれば、提案すべきことはひとつだ。


「じゃあ僕がソフィアの護衛を引き受けよう。その代わり、ソフィアは薬草採取が終わったら町まで僕を連れていってほしい。どうかな?」


「え、えぇ!? そんな……私に都合がよすぎませんか?」


「そんなことないよ。本当に町がどこにあるのかも知らないからね。無事に辿り着けるなら護衛くらい手間でもなんでもない」


「大まかな場所でよければ教えますが……」


「いいのいいの。こんな森の中で、しかもあんなバケモノがいる中にソフィアを置いてはいけない。だからここはお兄さんに甘えてよ。これもなにかの縁かもしれないし」


「マーリン様……」


 立ち上がった僕を見上げるソフィアに笑顔で答える。すると彼女は、数秒ほど考えて首を縦に振った。両手を胸の前で合わせると、祈るように感謝の言葉を告げる。


「ありがとうございますっ。そのお言葉に、甘えてもよろしいでしょうか?」


「うん。改めてよろしくね」


 こうして僕の異世界生活初日に、ソフィアとの出会いが記録された。











 ゴブリンとの戦闘? あれはもう忘れた。忘れたってことにしておく。

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