4話 アダム

 私たちは、宿屋へと帰った。部屋に着くと、私はベッドに腰掛けた。水竜は、着替えようとしていた。

「水竜はどうして、宿屋の外にいたの?」

「……お姫様がいなくなったって聞いたから」

「えっ!手伝っててくれたの?」

「そう」

「ありがとう、水竜」

「別に……」

 水竜は着替え終わり、ベッドへと入っていった。私も寝るために着替え、ベッドに入った。


 次の日、戴冠の儀が行われる城の前に来た。

 たくさんの人が集まっていた。皆、城の方を向き、始まるのを今か今かと待っていた。

「どんな感じなのかしら」

「結構地味らしいぜ」

 アキラが言った。

「そうなの?」

「酒場で聞いた話だと、前国王の戴冠の儀も地味だったってさ」

「あんたって、いつも酒場に行ってるの?未成年でしょ」

「さてね」

 アキラは笑って、私の頭を撫でてきたので、払い除けた。

「姉さん、始まりそうだよ」

 城門の中から、大きな音で音楽が聞こえてきた。華やかで、美しい音色だ。

 皆が上を指さし始めたので、見上げると、オーロラが大きな青い分厚そうなマントを羽織り、立っていた。隣に老人が膝まづいて、大きな王冠を持っていた。もう1人老人がいて、オーロラは、その人の横に立つ。

「わあ……」

 私は綺麗なオーロラを見て声を上げてしまった。

「これより、戴冠の儀を行います。先王が亡くなり、数ヶ月経ちました。皆が悲しむ中も、懸命に皆を励ましたのは今、ここに立つオーロラ様であります。オーロラ様から皆にお言葉を」

「……皆様、今日はお集まりくださり、ありがとう。この日が来るのはもっと後だと思っていたわ。これから始まる時代は、私は皆が平等に、種族も階級もなく、世を生きられるものにしたいと思っているの。皆がそれを望んでくれるような、幸せな世にしていくわ」

「では、オーロラ姫、前へ」

 オーロラは1歩前に行く。老人が、王冠を手に取り、少し背を曲げたオーロラの頭に王冠を載せる。

 オーロラは、王冠を頂き、皆によく見えるように立った。

「オーロラ王女の誕生です!」

 皆が大きな歓声をあげる。私たちも、拍手をして、大いに盛り上がった。

「地味だなんて……素敵な儀式だったわ!」

 私はそう言って、アキラを見た。

 アキラはオーロラの方ではなく、別の方を見ていた。そこには、マーキュリーがいた。夜の時はよく見えなかったが、耳が少しとんがっている。昨日と同じような服装をしており、私たちをじっと見つめていた。

「あんた、昨日の」

「やあ、アダム。元気みたいだね」

 アダム?マーキュリーはアキラのことをアダムと呼んだ。アキラは、それに反応し、ポケットに手を入れた。

「ここで、剣はやめておけ。捕まりたいのか?」

 アキラは、ポケットから手を出し、マーキュリーを睨みつけた。

「なんで、それを知っている」

 マーキュリーはにっこりと笑った。

「イヴと一緒にいるなんて、やっぱり運命って変えられないのかな」

「何を言ってる。お前は何者なんだ?エルフか?」

「エルフね。確かに、耳はとんがっているし、エルフに見えるか」

 皐月が異変に気づいたのか、私の肩を叩いた。

「誰?あいつ」

「昨日、私たちを助けてくれた人なんだけど」

「ん?君は……」

 マーキュリーは皐月を見ている。

「俺の知らない魂をもってる……な」

「アダムだと何故わかった!答えろ」

 アキラが少し声を荒らげて言った。

「俺は、マーキュリー。惑星守護神の一人。水星を司っている」

「惑星守護神?何それ」

 私がそう聞くと、マーキュリーはにっこりと笑った。

「イヴ。惑星守護神は、惑星を守護し、惑星と共に生きているヒトさ」

「私はイヴじゃないんだけど」

「そうだね。君の名前は?」

「私は杏奈」

「杏奈ね。でも、君はイヴなんだよ」

「わけがわからない」

 アキラが、私とマーキュリーの間に立つ。

「教えてもらおうか。アダムとイヴのことを」

「そんな殺気立つことないだろ。俺は親切に教えに来たのに」

「は……?」

 アキラは呆気に取られたような声を出した。

「太古の昔、イヴとアダムがいた。いつしか、2人は愛し合うようになり、1つの命が生まれた。それが人の始まりだと言われている。そんな話さ」

「それが、なんで私がイヴって呼ばれるのよ」

 マーキュリーはまた口角を上げ笑った。

「それは……」

 その時、大きな音がし、地面が揺れた。

「地震か!」

 揺れに驚いた私は、転びそうになったが、アキラが支えてくれた。

「ありがとう」

「いや……あ!」

 アキラが、マーキュリーがいたところを指さした。マーキュリーは、すでにいなくなっていた。

「何だったのよ」

「わからない」

「おい、もう儀式終わったみたいだぞ」

 皐月がそう言った時には、もう皆がそれぞれ帰り始めていた。

 クヌードさんが私たちに話しかけてきて、儀式が終わったので、次の時間まで自由行動らしい。

「皐月くーん」

 という声が聞こえ、振り向くと、空がいた。

「探してたのよ」

「よくこんなに人がいるのに見つけられたな」

 皐月が呆れた。

「皐月くんのためなら」

 私たちは水竜にも声をかけて、5人でオーロラに会いに行くことにした。

 城門の前には、ティノがおり、中へと通された。

 城の中も白い壁で覆われており、意外と質素だった。煌びやかな明かりや、絵画、壺が置いてあるものだと思っていたからだ。

「ひめさ……王女様や先王の意向で、物はあまり持たないようにしている」

「そうなのね」

「こちらで、王女様がお待ちだ」

 一際大きな扉があり、そこへ通された。

「待ってたわ!」

 オーロラは、先程のマント姿ではなく、薄い青のドレスを身にまとい、私に抱きついた。

「見てたわよ。綺麗だったわ」

「ありがとう、杏奈」

 オーロラは笑い、私から離れて、王座へと座った。

「こんな所からごめんなさいね。これ、お礼の品よ」

 そう言うと、周りにいた兵士が、大きな宝箱を持ってきて開けた。中には金貨が入っていた。

「こんなの受け取れないわよ!友だちだもん」

「ありがとう。杏奈。でも、これは王女としての、お礼の品よ。お友だちの私は、とーっても感謝してる。それじゃあ、ダメかしら?」

「……オーロラがそう言うなら」

 私たちは少し遠慮しがちにも、受け取ることにした。

「あの、私もお友だちでいいんでしょうか」

 空が自信なさそうに呟いた。

「もちろんよ、空」

「そういえば、もう1人の男性は来ないのかしら」

 マーキュリーのことだ。さっきはいたのだが。

「俺のことか?」

 その声のする方……後ろを向くと、ティノがマーキュリーを連れてきていた。

「礼の品はいらないが、王城に久しぶりに入ってみたくて来た」

「マーキュリー!あんた、さっきの」

「さっきの話はまた今度。やあ、王女様。この度は、即位おめでとうございます」

 マーキュリーは、膝まづいた。

「マーキュリーって、まさか、あなたが」

 オーロラは椅子から降りて、マーキュリーに近づいた。マーキュリーは立ち上がり、オーロラを見る。

 オーロラは、マーキュリーの手を握った。

「あなたが、この星を守護するヒト……会いたかった」

「それは良かった」

 あの言葉は嘘ではなかったの?この人は一体何者なのかしら。

「お父様からはお話は聞いています」

「オーロラ?」

「ああ、杏奈。この方は、惑星と共に生きるヒト。ずっとこの星を守ってくださっているヒトなのよ」

「ヒト……」

「そう、君たちと同じヒトさ。惑星守護神という肩書きだけど、ヒトなのさ」

 マーキュリーは笑い、オーロラの手から離れる。

「まあ、挨拶はしたし、帰るよ。じゃあね、杏奈。そして、アダム」

 マーキュリーの周りを水が包んだ。

「待ちなさいよ!」

 そう言った時にはもう、マーキュリーは消えていた。

「瞬間移動だと!?」

 ティノは叫び、マーキュリーがいたところを見た。

「……杏奈。マーキュリー様と会わせてくれてありがとう」

「私は何も……」

「じゃあ、俺たちはそろそろ戻らないと」

 皐月がそう言った。

「あらそうなの。残念ね」

「そうね。また会おうね!オーロラ」

 私がそう言うと、オーロラは私の手を取った。

「オーロラ?」

「杏奈。また、というのはないのよ」

「えっ?」

「世の中は一期一会。空とは同じ惑星、同じ国にいるから、また会えるでしょうけど。杏奈、あなたは違う。また会えるなんて軽々しく言ってはダメよ」

「そんな……私はまたオーロラに会いたいよ」

「それは、また会えた時に喜びましょう。今は、今だけの出会いに感謝しましょう」

 オーロラは私をぎゅっと抱きしめてくれた。私は、背に手を回した。

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