第3話

 本日一人目のお客様は常連の方だった。いつものようにいらっしゃいませ、と声を上げると嬉しそうに微笑んでメニューも見ずに注文を終えた。

「今日はお休みですか?」

 レジを打ちながら声にすると頷きながら財布を出した。

「仕事始めてもう一か月になるけど未だにシフトの生活なれないや」

 今年の春からシフト制の仕事を始めたらしいこの人は五日働いて二日休むというサイクルがなかなか抜けないらしい。

「でも平日お休みだと遊びに行くとき空いててラッキーって、思いませんか?」

 ぴったり出されたお金をレジの中にしまって頼まれた商品を作り始める。小さなカウンターに座ったその人は私の声に「まあね」とだけ返した。


「お待たせしました」

「ありがとう」

「連勤、すごいんですか?」


 普段は自分から話しかけることはしないけれど、今日はなんとなく、そうした方がいいような気がして声にしてみた。先日会った、もう一人のアルバイトの子のまねっこである。


「そう、そうなの。連勤がすごいんだよね。今日の次の休みなんていつだったかな」


 シフト制の欠点は、これだ。私自身シフトで生きている人間だから二十連勤なんてこともたまにある。掛け持ちをしていると、どうしても。


「連勤すごいと疲れもどんどん溜まっちゃいますもんね」

「わかる?そうなんだよね。だから仕事ある日でもここ来れるの、本当助かってるんだよ。浄化されるっていうか」


 疲れた日には甘いものを、頑張りたい朝にはさっぱりしたものを。最近はそういう選び方をしていたのか、と気が付く。


「でも確かに、遊ぶとき人少ないのはありがたな。ま、付き合ってくれる人も限られちゃうんだけど」

「間違いないです」


 顔を見合わせて笑う。さっきまで少しだけどんよりした空気を纏っていたその人はすっかり元気そうだ。よかった。私でも出来たみたい。ちょうど一息ついたタイミングでピーと音が鳴った。幸せの音である。


「スコーン、焼き立てですよ」

「えっ、一個……いや、二個ちょうだい!」

「はあい、一つ食べていきますか?」

「うん、ありがとう」


 小さなお皿に焼き立てのスコーンを一つ。もう一つは少し冷ましてから包むことにして、フォークとナイフと一緒にテーブルに置いた。焼き立てのスコーンは外側がカリッとしていて、中はふわふわ。温め直しても、焼き立てのふわふわには戻らない。好き、きらいがあるのはもちろんだけど、私は焼き立てが一番好きだ。この人もそうだったみたいで一口で口元がゆるゆるになっている。幸せそう。


 この仕事の一番のいいところは間違いなくここだ、と思う。目の前でその人が幸せになっているところを見れる。もしかしたら偽りかも。気を使ってくれているだけかも。そんなことを考えたこともないくらい、このお店のものはおいしいし、みんな本当に幸せそうにしてくれる。


「明日もこれたら来るね」

「はい。待ってます」

「あれ、明日は出勤だっけ?」

「私はお休みですけど。でもお店はやってますよ」

「あはは、そっか。わかった」


 包んだばかりのスコーンを手渡すとひらりと手を振って出て行った。最後に、「ありがとうございました」も忘れてはいけない。

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