ワイバーン

 城壁に囲まれた広大な中庭には、大勢の騎士たちとありったけの武器と兵器が集められていた。

 剣や槍はもちろん、クロスボウからバリスタ、カタパルトに至るまで揃えられている。石などを投擲する攻城兵器であるカタパルトを眺めた魔女はさすがに呆れて近くにいた騎士に声をかけた。


「空を飛び回るワイバーンをカタパルトで狙い撃ちするのはまず無理だと思ったほうがいいわよ。人員を配置する必要はないわ」


「承知した。バリスタはどうだろうか?」


 バリスタとは台座がある据え置き型の大型弩砲のことだ。弓矢やクロスボウに比べて射出される威力が高く、また使用される矢そのものもずっと太く、ほとんど槍に等しい。


「バリスタは有効よ。投擲体を見せてもらえる?」


 魔女に請われて騎士の一人が子どもの上腕ほどの太さがある矢を取り出してみせた。

 先端には鋭利な矢じりが取り付けられている。指先でその鋭さを確かめた魔女は小さく頷く。


「悪くないわ。これならワイバーンのうろこも貫ける。当たり所が良ければ致命傷も与えられるし、当たらなくても充分な牽制になるでしょう。同じくクロスボウもできるだけ腕のいい射手に持たせるようにして」


 ほかにも様々な指示を騎士たちに出し終えると、魔女は侍従に持ってこさせたものを中庭中央の地面にばらまいた。ワイバーンの巣から持ち去られた財宝の一部だ。

 待つことしばし、太陽が中天へさしかかろうとする頃、北東の空から禍々しい咆哮が聞こえてきた。


「来たわね」


 騎士たちが浮足立つ一方で、魔女は落ち着いた様子で空を見上げていた。

 やがて皆の目にも空を羽ばたくワイバーンの姿が直接目視できるほどに近づいてくる。

 改めて見ると、その巨大さと禍々しさがよく分かった。魔女はただの動物と評したが、騎士たちの目には、まさに神話の怪物としか映らない。


「作戦通りに動けば大丈夫よ。まずはわたしがワイバーンの注意を引き付けて、動きを封じるわ。そうしたらあなたがたが一斉に攻撃、とどめを刺す。いいわね?」


 騎士たちに語り掛ける魔女の視界の端で、革鎧に身を包み剣を携えたジーノが小走りに中庭を横切っていくのが見えた。

 彼が向かっているのは城門の方向。

 魔女は彼の行動に引っ掛かりを覚えたが、すぐに気にするのをやめた。主から何か命令を受けたのかもしれないし、どのみちジーノにはこの場を離れてもらったほうが魔女にとっては都合がいい。

 何より、敵はもう目前まで迫ってきており、ジーノの行動を詮索している暇もなかった。


 ワイバーンが財宝の臭いに引き付けられて中庭上空までやってきた。

 針のように細長い瞳孔を持つワイバーンの視界には、地面に散らばる無数の宝石とその中央に立つ純白のドレスを着た一人の女性の姿が映し出されている。

 ずらりと牙が並んだ口を大きく広げたワイバーンが怒りに満ちた咆哮を上げた。


「来るぞぉ!」


 騎士の一人が警告の叫びを上げると同時に、頭部を低く落としたワイバーンが急降下して突っ込んできた。長い喉が膨らみ、その内側から高温の何かがせり上がってくるのが頑丈なうろこ越しにも確認できる。


 広場に集まっていた騎士たちが一斉に散らばって逃げ出した。

 しかし、魔女は動かない。周囲に散らばった宝石に引き寄せられまっすぐに突っ込んでくるワイバーンをただ睨みつけている。

 ワイバーンの喉の奥から、紅蓮の炎の塊が吐き出された。それは長い尾を引く炎の帯となり、魔女もろとも広場の中央部を包み込んだ。


 一瞬の出来事に騎士たちや城壁塔の小窓から様子を見守る貴族たちが色を失う。

 しかし炎が晴れると、そこには騎士たちが予期したような焼死体はどこにもなかった。魔女は火傷を負っていないどころか、着ているドレスにも焦げ跡一つ見られない。

 いつのまにか彼女の全身は淡い光に包まれており、それが彼女をワイバーンの炎から守ったのだ。


 炎を吐き終えたワイバーンは身を翻して再び上空へ舞い上がっていた。

 ワイバーンを目で追う魔女は、相手に向けてまっすぐに腕を伸ばして狙いをつける。

 何をするつもりなのか、と騎士たちが見守っていると、魔女の掌に激しく放電する光球が生じた。


「あれも魔法かっ?」


 城壁近くまで後退していたジャコモが驚嘆の声を上げた。

 従士のジーノ同様に魔法など本心では信じていなかったジャコモだが、ワイバーンの炎をまともに食らって火傷一つ負わないところを見せつけられると、いやでも信じざるを得ない。


 すさまじい閃光と共に魔女の手から放たれた電撃が、ワイバーンの横っ面にまともに命中した。

 空中でバランスを崩しつつ何とか持ち直した亜竜は、煙を上げる顔を苛立たしげに振って魔女を睨みつけた。


「さあ、来なさい」


 激高し闇雲に突っ込んでくるワイバーンに向かって、魔女は続けざまに電撃を放った。

 分厚い皮膚とうろこに遮られてほとんどダメージは与えられていないが、魔女の目的はワイバーンを怒らせること。

 知恵ある竜には通用しない手だが、強大といえどただの獣に過ぎないワイバーンには充分に効果的だ。


 怒り狂うワイバーンは炎を吐き出すことも忘れ、牙を剥き出して魔女に食らいつこうと突貫してきた。

 一本一本が巨大なナイフのように鋭い牙がまさに魔女の体を引き裂こうとした寸前、彼女の体がその場からいきなり掻き消えた。

 亜竜は地面になかば体を打ち付けながら通り過ぎ、再び上空へ舞い上がろうとした。

 その背後に、消えた時と同じ唐突さで魔女が姿を現した。空間を飛び越えて離れた地点に移動する転移魔法は古の魔女が伝える魔法の中でも特に危険なものの一つである。


 亜竜は背後の気配に気づかない。大きな翼と長い尾が災いして、後方が死角となっているのだ。

 そのうえ周囲にはワイバーンの臭いが染みついた宝石が散らばり、彼の嗅覚を誤魔化す役目を果たしている。

 

 ワイバーンの背後に転移した魔女の手のひらから細かな粒が無数にばら撒かれる。彼女が荷物の中に忍ばせて持ってきたイバラの種子だ。

 自らの魔力が込められたそれらに魔女は意思の力を注ぎ込んだ。


 その瞬間、爆発的に生長したイバラの蔓がワイバーンの体に巻き付き、地面に引き倒した。

 鋭い棘が無数に生えた巨大蔓はさしものワイバーンも振り払うのが容易ではないようだった。鋼鉄を束ねたように頑丈なうえ、蔓の一本一本が意思を持つかのように自らうごめいて亜竜の体を絡め取るからだ。


 亜竜の拘束に全力を注ぐ魔女を見て、ついに騎士たちが鬨の声を上げた。


「王のために! 皆かかれぇ!」


 鋼鉄の鎧より頑丈なワイバーンのうろこといえども、バリスタやクロスボウの矢を完全に防ぐことはできない。加えて剣や槍を振り回す騎士たちが絶えず纏わりつき、ワイバーンの気を逸らして拘束を振りほどこうとする動きを封じる。

 それでも亜竜の牙や鉤爪に引っ掛けられ、あるいはたくましい尾で叩きつけられ、騎士たちは一人また一人と傷ついていった。


 ワイバーンの動きを封じる魔女の額にも今や脂汗が浮かんでいた。

 想像以上に相手の力が強大だったのだ。

 過去に彼女が遭遇し戦ったワイバーンと比べてみてもその力は遜色ない。通常年を経るほどに竜は力を増すものだが、このワイバーンも魔女に負けず劣らず長い時を生きてきたようだった。


 どちらも古い時代の生き残り同士、魔女のくちびるに苦々しい笑みが浮かぶ。


「まったく、お互い厄介ごとに巻き込まれたものね」


 その呟きに応えたわけではないだろうが、力を振り絞ったワイバーンが首をもたげると、心胆を寒からしめる咆哮と共にイバラの蔓を引き千切った。

 蹴散らされた騎士たちが悲鳴を上げる。

 魔女も魔法を破られた衝撃で弾かれたようにその場に倒れ込んだ。


「魔女殿!」


 倒れた魔女に向かって呼びかけたのはジャコモだった。

 彼もまたワイバーンが拘束を振りほどいた余波を食らって弾き飛ばされ、甲冑の下に傷を負ったようだったが、痛みをおして立ち上がろうとしていた。


 土に汚れた顔を持ち上げ、魔女が体を起こそうとする。

 呼びかけが聞こえたような気もするが、魔法を破られた衝撃で脳震盪に近い症状を起こしており、朦朧と視線をさまよわせた。


 自由を取り戻したワイバーンは再び空に舞い上がって、いまだ地面に倒れた宿敵をねめつけた。

 怒りに曇った乏しい知性を持ってしてさえ、今が敵を倒す絶好の機会であることは判断することができた。


 天を仰いだワイバーンは鋭く咆哮すると、頭を下げ翼を折りたたんで矢のような急降下を始めた。

 絶体絶命の危機を察知したジャコモをはじめとする騎士たちが魔女を守ろうと動き出す。

 しかし、間に合わない。

 ダメージから立ち直り切っていない魔女は、かすんだ思考の中で自らの死を受け入れようとしていた。


「魔女ーっ!」


 口を真下にほとんど直立する格好で突貫してきたワイバーンの牙が今度こそ魔女に食らいつこうとした寸前、戦場に切迫した一つの叫び声が響いた。

 それを聞いた瞬間、魔女の意識を覆っていたもやが一気に取り払われた。目を限界まで見開いた魔女は、すみれ色の瞳を城門のほうへ向けた。


 彼女の目に映ったのは、ここにいるはずのない人物。

 彼女が誰よりも愛し、守ろうとしているユリアンだった。


 なぜ彼がここにいるのか。

 思考する暇もなく、彼女の体が再びその場から掻き消え、次の瞬間にはユリアンの目の前に倒れ込むようにして出現した。

 慌てて魔女の体を抱きとめたユリアンに、彼女はほとんど目に涙を浮かべて訴えた。


「なぜ! どうして追ってきたの!?」


「ごめん、魔女。でもやっぱりぼくは魔女のそばにいたいんだ。どんなに危険でも、ううん、危険だからこそ」


 ユリアンの傍らにはジーノが立っていた。どうやら城内にユリアンを招き入れたのは彼のようだ。戦闘が開始する前、城門へ向かって走っていったのがそうだったのだろう。


「おれからも謝る、魔女。でもユリアンの気持ちもどうか分かってやってほしい。こいつにはあんたがすべてなんだよ」


「知った風な口を利かないで! あんたに何が――」


 ジーノに悪気があるわけではないと承知しつつ、今は彼の厚意が腹立たしい。

 魔女は怒りのこもった目でジーノを睨みつけて怒鳴りつけようとしたが、すぐに背後から迫る危険を察知して二人を突き飛ばしながら素早く振り返った。


 なかば羽ばたき、なかば地面を蹴りながらワイバーンが闇雲に突っ込んでくる。

 先ほどの転移で攻撃が不発に終わった際、頭から地面にまともに衝突したらしく、ますます怒り心頭に発しているようだった。

 目を血走らせ泡立った唾液をまき散らすワイバーンの脳裏には、もはや魔女を食い殺すことしかないらしい。


「逃げて!」


 ユリアンとジーノを背に庇った魔女が激しく両手を打ち合わせた。

 高い音が打ち鳴らされると同時にすぐそばに植わっていた木立が身を震わせ、枝や幹をしならせて魔女の前方を守るように塞いだ。


 勢いを弱めることなく木立の壁に激突したワイバーンは忌々しげに吠え、喉を膨らませて炎を吐き出して障害物を焼き払おうとした。

 本来ならばただの木など一瞬で炭と化すところだろうが、魔女に操られている今は段違いの耐久力を誇るらしく、炎に巻かれてじりじりと燻りはするものの、すぐさま焼き払われることはない。


 その隙に魔女はユリアンとジーノを改めて振り返った。

 二人はあまりの光景に腰を抜かしたように尻もちをついている。彼らに駆け寄った魔女は両手をかざして二人に炎を防ぐ加護を与え、素早く立ち上がらせた。


「これで分かったでしょう。あなたたちがいても邪魔になるだけよ。早く城の外へ逃げなさい!」


 炎では木立の壁を突破することができないと悟ったワイバーンは、枝や幹に盛んに牙や鉤爪を立ててこじ開けようとし始めた。

 だが、魔女が時間を稼ぐ間に態勢を立て直した騎士たちが亜竜の背後から畳み掛けるように攻撃を加えた。


「魔女殿を援護しろ!」


 号令と共に無数の矢が撃ち込まれ、さらに突撃した騎士たちの剣や斧がワイバーンの尾や脚の肉を削り取っていく。

 さしものワイバーンも苦痛の悲鳴を上げ、こじ開けようとしていた木立の壁から離れて目標を騎士たちに切り替えた。

 怒り任せの炎に薙ぎ払われ、魔女の加護を受けた騎士たちも死なないまでも後退を余儀なくされる。

 暴れ回るワイバーンに対し、騎士たちも決してやられるままになっているわけではない。すでにその巨体には無数の傷が刻まれていたが、いささかも弱る気配がないのはさすが竜の名を冠する者というほかなかった。


「くそ、何てしぶとい生物なんだ!」


 忌々しげに吐き捨てたジャコモの目に映ったのは、怒り狂って地面に爪を立てるワイバーンの背後、木立の壁をすり抜けて進み出た魔女の姿だった。


 全身から立ち昇る魔力によって、美しい黒髪が激しく揺らめいていた。

 純白の光に包み込まれた魔女は、祈りを捧げるように胸元で手を合わせて静かに呼びかけた。


「お願い、イバラよ。もう一度わたしのために力を貸して」


 呼びかけた相手は、先ほどワイバーンに引き千切られた巨大なイバラの蔓。

 地面に散らばっていた蔓たちは魔女の呼びかけに応えて蛇のようにうごめくと、千切れたところから新たな体を伸ばしながら再び亜竜に絡みつき、鋭い棘をうろこの隙間に潜り込ませた。


 ワイバーンが苦しげにもがき、地面に転がってのたうち回った。

 魔女の後を追って木立の壁を潜り抜けてきたユリアンとジーノは、目の前で繰り広げられる壮絶な光景を目にして絶句していた。


「逃げなさいと何度言ったら分かるの、あなたたちは」


 振り向くこともなく魔女は二人を𠮟りつける。しかし、前に進み出てきたジーノが調子よく言い返した。


「でも、大丈夫そうじゃないか。今度こそ相手を拘束したし、後はジャコモ様たちが嫌ってほど矢をぶち込んでやれば――」


「いいえ、駄目だわ」


 苦しげに顔を歪めた魔女が答える。

 すると、彼女の言葉通りイバラの蔓が見る見るうちに色あせて萎れていく。一人でにほどけた拘束をワイバーンは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに身を震わせて体に巻き付いたままの枯れた蔓を振り払った。


「これは……」


「……まずいよね」


 ジーノとユリアンが顔を見合わせてから後退し始める。

 ワイバーンはこれ見よがしに首を突き出してひと吠えすると、翼を広げて一気に上空へ舞い上がった。


「ユリアン、逃げるぞ」


 友達の腕を引っ張りながらジーノが鋭く告げた。

 一方のユリアンは足を踏み出すことを躊躇い、魔女へ視線を送る。


「でも、魔女を置いていくわけには行かないよ」


「馬鹿! 魔女の言う通り、これ以上おれたちがここにいたら邪魔になるだけだ。来い、ユリアン!」


 ジーノが強引にユリアンを引っ張って離れていく。

 それを見送った魔女は、蒼白な顔に安堵の表情を浮かべて淡く微笑んだ。


「いい子ね、二人とも。ちゃんと逃げ延びるのよ」


 ワイバーンが上空へ飛んだ隙にジャコモが他の騎士たちを引き連れて魔女の元へ駆けつける。彼らはいずれも傷ついてはいたが、まだまだ瞳から闘志は失われていない。


「魔女殿」


「分かってるわ。もう一度だけ、どうにかしてわたしがワイバーンの動きを止めてみせる。その隙にあなたたちがとどめを刺して。まだ使えるバリスタは?」


「先ほどまでの戦いでバリスタはすべて損傷している。だが、修理すれば四、五台は動くはずだ」


「けっこう。ではすぐに修理に取り掛かって。その間わたしが注意を引き付ける」


「了解だ。しかし大丈夫なのか。顔色が真っ青だぞ」


 心配するジャコモに対して魔女は答えず、ただくちびるの端を吊り上げた。

 彼女の覚悟の程を見て取った鷲鼻の騎士もまた、無言で頷いてから騎士たちと手分けしてバリスタの修理に向かった。


 好機を窺って上空を旋回していたワイバーンは、魔女と騎士たちが離れるのを待っていたかのようにまた急降下を始めた。

 だが、これまでの戦いで見せていたような闇雲な突撃ではない。知性に乏しいといわれるワイバーンであっても、戦いでさんざん傷つけられて慎重になっているようだ。


 新たな植物の種子を自身の周囲にばらまいてから、ワイバーンを迎え撃つべく手のひらに電撃を纏わせた魔女は間合いを見計らって身構えた。

 だが魔女が電撃を放とうとする寸前、ワイバーンは力強い羽ばたきと尾の舵取りで急激な方向転換をした。


「!?」


 不意を突かれて硬直した魔女の頭上を通り過ぎ、ワイバーンは中庭から外へ出ようとしていたユリアンとジーノ目掛けて突進していった。

 鋭く息を吸い込んだ魔女はユリアンたちの背中に向かって絶叫した。


「ユリアン逃げてーっ!」


 彼女の言葉によって背後に迫るワイバーンに気づいたユリアンたちは、思わぬ不意打ちに仰天して走る速度を上げた。

 だが、しょせん人間が走る速さなどたかが知れている。ワイバーンは余裕すら見せつけるように二人の背後まで追いつき、ずらりと牙の並んだ口を開けた。


 全力疾走する二人を確実に捉えるため、ワイバーンが羽ばたきを一つ加えて体をぐんと前に押し出した。まき散らされる亜竜の臭い唾液が二人の頭上から降り注ぐ。


 あんぐりと口を大きく広げたワイバーンの瞳が心なしか愉悦に染まる。彼をさんざん苦しめた人間の雌が身を挺して守ろうとしてた人間の子。

 魔女の子どもか、あるいはつがいの雄か。亜竜にとってはどちらでもよかった。こいつらを食い殺した後はあの白い雌の番だ。


 鋭い牙がずらりと並んだ口が容赦なく閉じられた。

 鮮血が飛び散り、ワイバーンの口の中に芳醇な味と匂いが広がる。

 彼は満足げに獲物を咥えたまま首を振るったが、ふと目の前の地面に転がった二人の人間を視界に映して戸惑ったように動きを止めた。


 ワイバーンが噛み砕いたと思い込んでいた二人の人間が、傷一つなく地面に転がっていたのだ。

 では、自分は一体何を咥えているのだろう?


 得体の知れない状況に対し、ワイバーンは口の中の餌を吐き出すことで対応した。

 地面に落ちた人間を見て、ワイバーンはそれが何者か理解した。

 自らが与えた傷で血塗れになっているのは、さんざん彼を苦しめてきた白い雌だったのだ。


 愉悦に表情を歪ませたワイバーンは天を仰ぎ、低い嘶きを響かせた。





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