大司教ニコラウスの呪い
今から四百年程前、北方の小王国に仕える一人の騎士がいた。
騎士の名はユリアン・エーベルハルト。
傑出した騎士として知られていた彼は一人の若い魔女と出会った。
フランチェスカ・バッランティーニと名乗る、情熱的な南方民族の血を感じさせる豊かな黒髪と神秘的なすみれ色の瞳の持ち主に、たちまち騎士は虜になった。
そして、それは魔女のほうも同様であった。太陽の宝冠の如く輝く金の巻き毛に鍛え上げられた体躯。竜をも打ち倒す豪傑として知られる一方、三十路を迎えても人懐っこい笑顔は少年のようだった。
片や貴族階級の騎士、片や遍歴の魔女。
身分どころか住む世界そのものが違う二人ではあったが、道ならぬ恋であるがゆえに、いっそう彼らの想いは激しく燃え上がった。
しかし、それを快く思わない者も決して少なくはなかった。二人の仲を引き裂こうと画策した者たちは、王都を含む教会管区の長である大司教に訴え出たのだった。
大司教ニコラウス・ギーレン。事情を問いただすためにユリアンとフランチェスカを召喚したニコラウスはしかし、本来の目的から外れ、神に仕える身に非ざる邪な感情を美しい魔女に対して抱いてしまった。
ニコラウスの歪んだ想いは日を追うごとに増長し、やがてどんなに手を尽くしてもユリアンとフランチェスカの仲を引き裂くことができず、ひいては自分の一方的な想いが受け入れられることもないと分かると、まさに光溢れる天上から闇に閉ざされた地の底へ転がり落ちるようにして、躊躇なく道を踏み外した。
自身の汚れた魂を悪魔に食わせるのと引き換えに、二人に永遠の苦しみを与えるべく呪いをかけたのだ。
フランチェスカには永劫途切れることのない寿命を。
そして大司教と刺し違えて絶命したユリアンに対しては、果てしなく転生し続ける魂の束縛を。
呪いによって繋ぎ止められた二つの魂は永遠の時間の中で常に引き合い、必ず彼らに邂逅をもたらす。
ある時は戦災で両親を失った孤児として、またある時は捨てられた赤子として。どこにいようと、どんな境遇だろうと、ユリアンの魂を宿した子どもは必ずフランチェスカの前に姿を現した。その存在を前にしたフランチェスカが手を差し伸べずにはいられないと分かっているかのように。
過去の一切の記憶を失ったユリアンとの暮らしは、フランチェスカに深い悲しみと安らぎとを同時に与えた。たとえそばにいるのが炎のような恋に身を焦がした伴侶ではなく無垢な子どもだとしても、それでも彼女はユリアンに深い愛情を注ぎ込んだ。
しかし呪いは、邂逅し一時の安らぎに身をやつす二人に対して残酷な別れをも用意していた。転生したユリアンは十六歳の誕生日の直前に、必ずフランチェスカの目の前で命を落とすのだ。この四百年で例外は一度もない。
悲しくも心安らかな生活を与えられた分、ユリアンの定められた死はいっそう深くフランチェスカの心を引き裂いた。
どうにか彼の死を回避しようとこれまでにフランチェスカはあらゆる方法を試してきたが、すべて無駄だった。古き魔女の知識を持ってしても悪魔の力を得たニコラウスの強大な呪いから逃れることはできなかった。
再び一人取り残され絶望の淵に落とされながら、それでも尽きることのない寿命を身に宿すフランチェスカは、やがて次のユリアンとどこかで出会うことになる。
そしてフランチェスカは耐え難い絶望と苦痛の繰り返しが待ち受けていると承知したうえで、愛する彼に手を差し伸べる。
彼女にはそうするほかない。選択の余地などないのだ。
呪いはユリアンに無垢な子どもとしての時間しか許さない。
彼は愛する女性を何も知らず母として慕い、彼女の腕の中で息を引き取る。
彼が一切の記憶を失ってこの世に再び姿を現すのは数年、あるいは数十年後。自分を庇護する魔女が愛する女性であるとユリアンが思い出す日は永遠に訪れない。
呪いはフランチェスカを過去に縫い止め、未来を奪った。激しい恋に生きていた若い魔女だった頃のまま時間を止められたフランチェスカは、愛する伴侶にもう二度と自らの想いが届かないことを永遠の連鎖の中で幾度となく思い知らされる。
彼女が育て、失った何人もの子どもとしてのユリアン。彼らの幼い手を取り無垢な瞳を覗き込みながら、わたしはあなたの恋人なのだと何度告げようと考えたことだろう。
母ではない、魔女でもない、わたしはあなたの『フランチェスカ』なのだと。
だが、無駄なのだ。呪いに囚われたユリアンの魂に彼女の声は届かない。
フランチェスカは深く絶望し、それでも果てしなく転生を繰り返す最愛の男性を見捨てることができず、永遠の命という牢獄に留まり続けている。
四世紀が過ぎても、呪いは途切れる気配もない。
西方より魔法使いの客人が訪れた日から数日後、十三人目のユリアンは十五歳の誕生日を迎えた。
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