第2話 月曜日

 全ての始まりは6日前の月曜日まで遡る。





月曜日


 5月の連休が終わって、しばらくたったある日のことだった。その日、私のクラスのホームルームで、近くに行われるスポーツ大会についての取り決めが行われた。


 私たちの通っている高校では、学期に一度スポーツ大会が開かれる。クラス対抗の大会で、今度の私たちの種目はバレーボールだ。 私は運動が大の苦手だ。それに仲のいいクラスメイトもいないし、普段学校行事に積極的に参加する方ではないので、スポーツ大会は嫌いだ。


 でもこの大会自体は、堅苦しいものではなく、むしろ生徒たちの気分転換という側面が強い。どうせ負けてもこの日だけの話で、そんなに真面目に競技をしている人もいない。長い時間、練習で拘束される体育祭と比べればよっぽど楽だ。普段なら大会当日だけ適当にすればいい。しかし、今回はそういうわけにはいかない事情があった。




「みんな、私と一緒のチームになったからには覚悟してね! 目指すは優勝よ!」


 そうやって威勢よく宣言したのは、我らがBチームキャプテンで、バレー部の部員でも ある阿部美穂さんだ。


 こういう人、いる。こんなどうでもいい行事に命を懸けて、自分だけでなく他人も巻き込む人が。


 このスポーツ大会はクラス全員が1チームというわけでなく、一クラスを数チームに分けて出場することになっている。バレー部の生徒は一チーム2人までというルールがあったけど、それ以外はくじ引きで決まった。私は B チーム、どうやらはずれを引いたようだ。


 スポーツ大会当日まで、体育の時間はチームごとに分かれてバレーの練習や練習試合を することになっている。他のチームは、練習はそこそこ和気藹々と、遊びの延長でやって いるのに対して、私達だけ本当の部活動のような特訓が待っていた。阿部さん以外はほぼ素人。しかし阿部さんは容赦なく私たちに罵声を浴びせる。


「気持ちがこもっていない!」


「やる気がないなら帰れ!」


「そんなことじゃ優勝できないよ!」



「帰りたいし、別に優勝もしたくないんですけどー」などと心の中で思っていても言えるはずもない。このチーム阿部さん以外素人と言うだけでなく、クラスの中でもあまり気の強くない人 がたまたま集まっていた。なので、言い返す者1人もおらず、ただただ阿部さんの従うこ としかできない。たとえ勇気を出して言い返したとしても、10倍の罵声で返ってきそうな 勢いなので、反抗するだけ無駄だ。


 この日、体育の時間は四時間目にあったが、私たちの チームだけお昼休み返上で特訓する羽目になった。とんだスポーツ大会だ。

 

 放課後、私は重い足取りで下校した。昼間の無茶な練習が響いて、比喩表現ではなく、 本当に足が重い。あんな特訓が大会当日まで続くと思ったらさらに憂鬱になった。色々と考えていると、いつの間にか学校近くのバス停に着いていた。家はここからバスに乗って 30分ほどのところだ。

 

 バスを待ちながら、私は来るスポーツ大会当日のことを想像した。当日も阿部さんはすごく怒鳴るんだろうな。ミスするたびにギャアギャアと今日みたいに。


「優勝を目指す」と言ってたけど、優勝どころか一回も勝てなかったらどうなるのだろう。それももし、私のミスで敗けたりしたらどうしよう。もしも、じゃなくてかなりあり得る話だ。想像でも悪い方へ悪い方へ考えてしまい、思わずため息が出る。





「スポーツ大会なんて中止になればいいのに」


 



 そうつぶやいたのは私ではなかった。後ろを振り向くと、私と同じ制服を着ている、背の低いメガネの女の子が立っていた。この子、見覚えがある。メガネの女の子は私が振り返っ たことに気が付くと、体をビクっとさせて、いきなり頭を下げた。


「すみません!ただの独り言なんです」


 そんな姿に少し驚きながらも、何とか落ち着いて返事をした。


「いや、別に気にしてないし、そんなにそんなに謝らなくてもいいよ。それよりあなた、 奥城さんだったよね」


彼女は少し顔を上げて、こっちを見る。


「私だよ、高橋だよ。ほら、スポーツ大会で一緒のチームの」


 彼女は同じクラスの奥城鈴さんだった。今回のスポーツ大会でBチームになってしまっ た不幸な女子の1人。4月のクラス替えで初めて同じクラスになったこともあり、ほぼしゃべったことはない。


「高橋さん……あ」


 奥城さんは私の顔を確認する。どうやら、私のことが分かったらしい。ほとんど話した ことがないとは言っても、今日も同じチームでバレーの練習をしたのだから、顔を覚えら れていないと少し悲しいと思っていたので一安心。しかし、なぜか奥城さんの顔は真っ青 になり、小さな体を震えさせた。


「あの、どうしたの」


 私、何かしたかな。心配して声をかけると、彼女はもう一度頭を下げて叫んだ。


「お願いします、言わないでください」


 何のことだろう。私がまだよく理解できていないうちに、奥城さんはさらに言葉を続けた。


「さっきの『スポーツ大会なんて中止になればいいのに』っていう独り言。阿部さんには 絶対に言わないでください!」


 奥城さんは今にも泣きそうな声で言った。なんだ、そういうことかと納得した。まだお互 いに人間関係も分かっていないから、奥城さんは私と阿部さんが親しい関係だったら告げ口されるかもと思ったのだろう。阿部さんと私が親しくなるなんて今後何が起ころうと、 絶対にないと思うけど、とりあえず奥城さんを安心させないと。


「大丈夫、絶対に何があっても言わないから安心して」


「本当ですか」


「絶対に、絶対に言わないから。そもそも阿部さんともそんなに仲良くないし!」


 早口で、でもはっきりと告げ口をしないことを宣言した。 そうすると、奥城さんもようやく安心したようだった。


「ありがとうございます、高橋さん」


 そう言ってまたおじぎをした。そうこうしているうちに、バスがやってきたので一緒に乗る。一緒に乗った流れで、私は奥城さんの隣に座ることになった。隣同士でなんだか気ま

ずい。別に奥城さんだからというわけじゃなくて、私の場合誰が隣でも気まずい。当たり障りのない、たわいのない会話というのが苦手なのだ。乗車してしばらくたったけど、会 話がない。「ずっとしゃべらないのも悪いかな」とか「いや話しかけると逆にうざいと思われるかも」といった具合に頭の中でいろいろ考えてしまって結局何をするのか定まらない。 なにか共通の話題はないかと探しても、今日他人から知り合いになったくらいなので何も思いつかない。強いてあげるならスポーツ大会のことくらいだ。


「あのさ、スポーツ大会嫌なの?」


奥城さんは体をビクッとさせた。


「あ、あのどちらかと言えば苦手だというだけで、別に嫌というわけではないので……」


 遠慮がちに答えた。しまったなあ、攻めるつもりで言ったわけじゃなかったのに。だいた い「中止になればいい」と言ってたくらいだから嫌に決まっているのに、この質問をした のは失敗だったな。


「だ、大丈夫、私もスポーツ大会嫌だから」


 でも、なんとか私も彼女と仲間であるということをアピールして、会話を続けた。


「本当ですか?」


「そうそう、今日阿部さんひどかったよね。ガンガン怒鳴ってさ」


 そうすると、彼女も少し心を開いたようだ。


「はい、阿部さんちょっと怖かったですよね」


 そう私に同調してくれた。


「私、帰宅部だからあんなに色々言われても動けないよ。奥城さんも帰宅部だっけ?」


「私も帰宅部です。普段運動しないから今も体のあちこちが痛くて。阿部さんもあんなに命令するように言わなくても……」


 話の途中で奥城さんは周りをキョロキョロ見渡し始めた。


「大丈夫だよ、バレー部はまだ部活中だしバスには乗ってないよ」


 私は口に手を添えて小声で言った。


「そうみたいですね」


 奥城さんも小声で返した。 普通に会話ができている。いつ振りだろうか他人とこんなに話したのは。


『次は旭町、次は旭町です。お降りの方は……』


 バスのアナウンスが聞こえた。旭町は自宅の近くのバス停だ。しまった、もうこんなところまできてたんだ、せっかく話が盛り上がってきたところだったのに、次で降りなきゃ。


 私は降車ボタンを押そうとした。でも、先にボタンを押したのは奥城さんだった。


「え、もしかして奥城さんも次で降りるの?」


 私は驚いて奥城さんの顔をみる。


「もしかして高橋さんもですか」


 まさか最寄りのバス停が一緒だったとは。一年以上こうして登下校していたはずなのに、全く知らなかった。本当に他人に興味を持たないと全然周りが見えないんだなと自分にあきれてしまった。まあ、それは奥城さんも同じなので、お互い様だったけど。バス停に着 いたので、バス定期を見せて二人は一緒に降車した。歩きながらまた話す。


「最寄りのバス停がここってことは家もこの近所なの?」


「はい、住所は......」


 聞いてみるとなんと私の家のすぐ近くだった。今までかかわりがなかったのが不思議なく らいの。


「うちのすぐ近所じゃん」


「そうなんですか? 高校進学の時に引っ越してきたんですけど周りのことまだあまり知らなくて……」


 こんな近くにクラスメイトが住んでいたなんて知らなかった。なんだかうれしい。


「じゃあさ、遊びに行ってもいい」


「え?」


また、二人は固まった。私余計なこといっちゃったかな。







 結局、今私は奥城さんの家にいる。私が言った「遊びに行っていい?」というのは何も 「今から行く」という意味ではなかったのだけど「散らかってるけど、それでもよかったら」と奥城さんが言ってくれたのでお邪魔させてもらった。


 家に呼んでくれたのは嬉しかったけど、実は私の方が心の準備ができていない。高校生になってから、気の合う友達が全然できなかった。だから友達の家に遊びに行くなんてすごく久しぶりこと。だから緊張している。


 奥城さんの部屋に入ったものの、また黙ったままになってしまった。おかしいな、バスの中では結構喋れていたのに。またスポーツ大会の話をでもしようか。でも、これ以上続けても憂鬱で暗い内容になっちゃうかな。そうしているうちに奥城さんが立ち上がる。


「お茶でも入れますね」


 そう言って出て行ってしまった。


 しまったな、せっかく家に呼んでもらったのに何も話せない。そもそも奥城さんは私に本当に来てほしかったのかな。私が行きたいといったから仕方なくか。「嫌だ」って言ったら私が怒るとか思ってとか、そんなに私が怖いのかな。


 部屋に置いてある姿見鏡で自分で自分を見る。私目つきが悪いな、普通にしているつもりなのに怒っているように見える。後私は背が同世代の女子よりもかなり高い。奥城さんは平均よりも小さいくらいだか、余計プレッシャーを与えているのかもしれない。私の推測はいつも悪い方へとつながってしまう。


 奥城さんがお盆を持って部屋に戻ってきた。お盆には紅茶の入ったティーカップが二人 分とクッキーがのっている。


「おいしい」


私が紅茶を一口飲んでそういうと、


「ありがとうございます」


と返事された。続いて奥城さんが、


「あ、砂糖とかいりませんでした?」


と聞いてきたので、


「あ、大丈夫」


と私が言って会話が途切れた。なんだこのとってつけたような会話は。



 しばらく何の会話も無く、2人は静かに紅茶を啜った。部屋の時計の針の音がよく聞こえる。


「明日」


 話を切り出したのは、今度は奥城さんだった。急だったので少し驚いてカップを落として しまいそうになった。


「明日?」


「明日、朝練をするんでしたよね。7 時から」


「あ……」


 すっかり忘れていた。いや、嫌なことが有りすぎて、忘れようとしていたことだった。










 今日の体育の時間の後、阿部さんはとんでもないことを言い出したのだった。


「今日から大会まで昼休みも特訓だから」


 これにはメンバー全員が悲鳴を上げた。だが阿部さんは譲らなかった。理由は時間が足りないかららしい。 そこで、Bチームのメンバーの1人である伊藤さんが、


「昼休みの特訓は委員会とかもある人もいるし、昼食を食べる時間も必要だから難しい」


と意見した。意見というより遜って恐る恐る諭したという感じだったけれど。しかし、以外にも阿部さんはその意見に賛同したのだ。


「なるほど、それもそうね」


なんだ、阿部さんも話分かるじゃんと思ったのもつかの間。


「じゃあ、代わりに朝練ね。明日から朝 7 時に校門前に体操服で集合だから。解散」


 そう言って阿部さんが立ち去ったあとも、私たちは呆然と立ち尽くした。






「ああ、そうだったね」


 私はため息をつく。それに同調するように奥城さんもため息。


「普段早起きしないから、明日起きれるか心配です」


 奥城さんはさらに続ける。


「私なんて運動神経ゼロなんだから、たった一週間の練習でどうやったってうまくなるは ずないのに、なんであんなに強要してくるんだろう。高橋さんは背も高いし、運動もできるんでしょう?」







「そんなことない!」




 私は思わず大声を出してしまった。奥城さんは驚いて固まっている。しまったと思った。


「ごめん、大声出しちゃって。あの、私体大きいからさ、今までもそうやって勘違いされることあったの。特にバレーとかバスケットとかさ、中学に入学した時も目立つから良く勧誘されて、入部したこともあったんだけど。運動神経ゼロって知られてがっかりされちゃって」


 そういうことを言っているうちになんだかすごく恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。ああ、私何言ってるんだろ。こんなこと突然言い出して引いているんじゃないかと思って、 指の間からチラッと奥城さんの方を見た。




 奥城さんは泣いていた。そして、


「ごめんなさい」


と謝った。どうして奥城さんが泣いているんだろう。


「ごめんなさい、高橋さんが気にしてることに触れちゃって、私最低だ」


 いや、謝るのはこっちの方だ。勝手に人の部屋に来て、勝手に怒ったり悲しんだりして、 なんかすごく面倒くさいやつだ、私って。


「だ、大丈夫! 全然気にしなくていいから」


 そんなこと言ったところで、気にしなくなるわけないってわかっていたけど、どうすればいいか考えれば考えるほど、何も思いつかなくなる。 何かほかの話題を、と思ったけどそれができないから苦労してたんだった。


 奥城さんの興味のあるものはなんだろう。知り合ったばかりで何も知らないけど、この部屋に何かヒ ントはないだろうか。泣いている奥城さんをよそに、目で部屋を捜索する。そうしている と、私の視線は本棚で止まった。これだ。


「奥城さん!」


「はい!?」


私の声で、またビクッとした。いや、脅かすつもりはなかったのだけど。


「あの、奥城さんこれ好きなの?」


そういって部屋の本棚の三段目を指差した。

「はい?」


 奥城さんは泣くのをやめてきょとんとしている。私は続けて言う。


「ほら、この『少女探偵あかり』。このシリーズの小説私も好きだったんだ」


「え、そうなんですか」


「うん、私も昔よく読んでて、何冊かは持ってるけど、すごいね全巻そろってるじゃん」


『少女探偵あかり』とは、中学生で探偵のあかりと言う少女が様々な事件を解決していくというストーリーの、児童向け推理小説のシリーズだ。小学生の頃私がよく読んだ お気に入りの小説。


「小学五年生の頃、この小説を知ってから大好きになって、今のもときどき読んだりする から本棚においてあるんです。なんだか子供っぽくて恥ずかしいですけど」


「いや、そんなことないよ。私も未だに読みたくなることあるし。それにしても懐かしいなあ、ちょっと見てもいい」


「いいですよ」


奥城さんの許可を貰って、本棚を物色する。


「懐かしい。よく読んだよこれ」


「高橋さんはどの話が好きですか」


奥城さんはもうすっかり元気になったようで、私は安心した。


「私が好きなのはこれかな」


 本棚から一冊取り出して、奥城さんに見せる。


「あ、これって『体育祭爆破予告事件』の巻ですか」


「そう、それ」


 『体育祭爆破予告事件』というのはもうその名の通りの話で、主人公の通う学校に謎の人 物から「体育祭を中止にしないと校舎を爆破する」という脅迫状が届くという話だ。


 学校 の先生たちは最初これをただの悪戯だと判断して相手にしていなかったのだけど、体育祭 当日、開会式の途中で本当に爆発が起こり、体育祭は中止に追い込まれてしまう。



「この話面白いけど、結構あっけなく捕まっちゃったんだよね、犯人」


「そうですね、少しかわいそうでしたね」


「うん、かわいそうだった」


 この話の犯人は、テロリストでもなんでもなく、その学校に通う普通の少年だった。そ

の少年は運動が苦手ないじめられっ子で、大嫌いな体育祭を中止にするためになんと自分自身の手で爆弾を作ってしまうのだ。運動が大の苦手、と言うところに私はなんとなく共感して、犯人と自分を重ね合わせて、何度もその話を読んだものだ。


「私初めて読んだときはあかりちゃんを応援したけど、二回目からはずっと犯人を応援しながら読んでたな。まるで自分を見ているみたいで」


「私も。つかまるって絶対わかってるのに。後、主人公たちが何だけずるいなあって」


「そうそう、犯人は一人なのに主人公側は仲間いっぱいいるでしょ、それに仲のいい警察官の知り合いもいるし、フェアじゃないんだよ」


 それでも犯人は頑張った、爆弾を自作したのもそうだけど、脅迫状は足がつかないよう にパソコンで書いたものを印刷して、封筒に指紋が付かないよう気を付け、さらに住所を 特定されないよう隣の県のポストにわざわざ出したりするなど、中学生にしてはなかなか手の込んだことをたったひとりでやっていたのだ。それでも捕まってしまった。


「そう悪い奴じゃないと思うよ、犯人。人を殺したり傷つけたりするんじゃなくてただ、 体育祭がただ中止になればいいってだけなんだしさ」


 なんだかため息が出る。そういえば今の私たちもその犯人と同じような状況なんだよね。 運動が大嫌いで、スポーツ大会なんて中止になればいいと思っている。


「私、昔よく思ってたんです。この事件みたいなことが本当に起こって、運動会とかが突然中止にならないかなって」


「私は今まさにそう思ってるよ」


私は笑いながら言って紅茶を一口飲んだ。


「スポーツ大会中止にならないかな」


「なら中止にしちゃおうか」


「え」


「『少女探偵あかり』の爆弾魔みたいにさ、爆弾作ってスポーツ大会当日に爆発させようよ。 そしたらスポーツ大会たぶん中止になるよ」


 この時私は、久しぶりにクラスメイトの家に呼んでもらったり自分の好きな小説の話ができる知り合いができたことで、相当調子に乗ってたんだと思う。だからこんな冗談を言 ってみたのだ。


「あの犯人の少年は中学生だったけど、ほら私達もう高校生だし、一人じゃなくて二人だ し、それに私達を邪魔する名探偵もいないからきっと成功するって」


 冗談だった。正直言えば本当にそんなことをしてみたいという気持ちもなくもなかった けど、冗談のつもりで言った。これを聞いた奥城さんが「なにいってるの高橋さん」「高橋さんったらおかしな人」みたいなことを言って、笑ってくれるぐらいの反応を期待していた。


 だけど、奥城さんは笑っていなかった、真剣な目でこっちを見ていた。あ、まずいもしかして引かれたからな、痛い奴というか危ない奴だと思われたんじゃないだろうか。そう 考えるとなんだかなんだかまた恥ずかしくなってきた。


「ごめん、こんなバカみたいなこと言って。あ、もうこんな時間だ。用事があるから帰ら ないと」


 用事があるというのはうそだったけど、私はそう言ってから立ち上がり、部屋から出よう とした。


「待ってください」


 奥城さんの声に、私の体が止まる。


「わたし……」


 そこで一度深く息を吸い込んでから言った。


「わたし、してみたいです」


 小さい声で、でも決意を込めた強い言葉だった。


「な、何を?」


「スポーツ大会中止作戦を。一緒にやってもいいですか」


 奥城さんの予想外の反応に困ってしまったけど、私は答えた。


「じゃあ、やろうか一緒に」


 私たちの計画はこんな風に簡単に決まってしまった。なんだこれ。いったい私たちはどうなってしまうんだろう?

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