うちのご縁さん
Naomippon
第1話 うちのご縁さん
うちのご縁さん
ご縁さん、とは浄土真宗でいう「住職」のことである。
浄土真宗は、かつては「一向宗」と言われたこともあるが、「一向かまわぬ宗教」という別名を持っており、ほとんど戒律がない。
そもそもは、開祖の親鸞が僧侶として公式にはじめて「妻帯」したというところからのスタートである。煩悩が宗教を変えたともいえる。
浄土真宗の門徒は、寺を中心に東西南北の土地に住む住民であるのが一般的だ。
寺の周囲に住む家々の、葬儀と法要を取り仕切っている仕組みになっている。
住職のことを、住民は親しみをこめて「ご縁さん」と呼ぶ。
「ご縁さん」は浄土真宗独特の呼び方で、もともとは「ご院家さん(ごいんげさん)」だったようだが、それがなまり、いつのまにか「ご縁さん」になった。
私がうちの「ご縁さん」の凄さを初めて知ったのは、祖母の葬儀のときだ。
私にとっての祖母は、育ての母でもある。キャリアウーマンで家にいない母のかわりに、なにくれと世話をしてくれた。いろいろと問題児であった私に無償の愛を与えてくれた聖母でもあり、いつでも心のよりどころだった。
その大切な祖母の葬儀、もちろん私は絶望と悲嘆にうちひしがれていた・・・が、そのとき、「うちのご縁さん」の真価を発見するのである。
通夜の夜、もう冷たくなった祖母が床の間に寝かされており、その前にご縁さんと親族一同が集っている。
通夜ともなると、普段は聞かない違うお経が唱えられるが、みんな神妙に頭を垂れて聞いていた。
お経の内容は覚えていない。が・・・。
◎$♪×△¥○&?#$!・・・・あぅあぅあーーーー!
○%×$☆♭#▲!※・・・・あっあっあぅあぅあーーーーー!
%△#?%◎&@□!・・・あうあうあっあっあっーーーー!
・・・・・としか聞こえないのである。
いったい、なんだろう、この「あぅあぅあっあっあー」という合いの手は・・・・。
私の頭の中では、この妙ちきりんな「あぅあぅあっあっあーーーー!」という声だけが無限にリピートされる。しかも、多少なりとも小さい頃からピアノを習っていた私の耳には、「調子はずれ」の「音痴な声」にしか聞こえない。
・・・おかしくないか??
私はそう思って周囲を見渡すが、みんな神妙にありがたくお経を聞いているだけ。涙ぐんでいる人もいる。その間も変わらず
◎$♪×△¥○&?#$!・・・・あっあっあーーーー!
○%×$☆♭#▲!※・・・・あっあっあーあーあーーーーー!
%△#?%◎&@□!・・・あうあうあっあっあああああっーーーー!
と、お経は続くのである・・・・。
あかん。おかしすぎる。
吹き出しそうになった私は、気合を入れて力いっぱい歯を食いしばる。
その間もお経は続く。
お経は、悲しいことに最後に向かい、最高潮に盛り上がる部分に入ったようだ。
あうあうあっあっあぁあぁあぁぁぁーーーー!
もうダメだーーーっ。
私は全速力で床の間を飛び出し、サンダルを履いて庭から外へ飛び出した。
安全と感じる場所まで走り続け、涙を流しながら死ぬほど笑い転げた。
あんなに腹の底から笑ったのは生まれて初めてだ。
すると、なんと後ろから叔母がおいかけてきた。
叔母は私の同調者だった。
「あの・・・あの・・・お経・・・・!!」
二人で、ひーひーと涙を流しながら笑い続けた。
ちなみに叔母はもちろん、実母を亡くしたところである。
それでも、我慢ならなかったのだ。
二人は気が済むまで笑い、何度も思い出し笑いに苦しんだすえ、ようやく家に戻った。
死ぬほど笑ったついでに、祖母を亡くした絶望までふっとんでしまった。
もちろん、悲しいのはまだ悲しかったが、落ち込むことができなくなった。
たぶん、きっと、ありがたいお坊さんなのである。
うちのご縁さん Naomippon @pennadoro
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