レイシャル・クラフト~エイリアンが侵攻してくる世界の希望は新人類(コドモ)たちだった~
第4話 リアルな桃〇郎鉄道をしている小学生たちとエイリアンが侵略している現実! そんな状況でも日本は平和だった……
第4話 リアルな桃〇郎鉄道をしている小学生たちとエイリアンが侵略している現実! そんな状況でも日本は平和だった……
窓際の、暖かな陽光があたるソファーの一角。こんな教育に悪いゲームを見るくらいなら、やっぱりあそこでぼーっとしていた方が良かった。
いいや、とエリックは首を振る。
今からでも遅くない。グレックたちがゲームに夢中になっている間に退散し――
「――……ぷれい、あかちゃんぷれい……? 幼児退行のこと、か?」
ふと隣を見る。
「でも天下りできる知性は残っているようだし。ああ分からない、なんなんだ一体……?」
さっきまで無言を貫いていたトキハが、唇をぎこちなく震わせていた。
「し、しかもまた。私の知らない単語が……デリヘル――うっ、頭が……っ」
「そんな言葉覚えちゃいけません」
堪らずそう言って、エリックは悩ましげにこめかみを押さえたトキハの手を引く。
小学四年生の女子の知らない世界は、想像以上に脳への負担が大きかったらしい。こんなくだらないことで頭痛に苦しんでいる姿は見ていてすごく不憫に思う。
「いいかトキハよ、この世には知れば後悔することが多い。お前が悩んでいるのも、そのひとつなんだ」
「しかし『分からない』をそのままにするのはよくないぞ。知ろうとしないということは現状に満足しているか単なる怠慢だ。このご時勢でそんな贅沢は許されない」
「確かに無知は罪かもしれない。だが、それと同時に一種の自己防衛でもあるのだ」
子供にあるまじきストイックな物言いだが、エリックも負けじとそれっぽい言葉を返した。その甲斐あって「防衛か……分かった。そこまで言うならこれ以上は訊かない」と小さく頷くトキハ。
だというのに、その脇で特殊ワードを掘り返すバカ野郎が約一名いた。
「な……!? この幽霊『チェンジ』って言ったのに服だけ着替えてまた来やがったぞ!」
「ふぅん。なんだ、チェンジってそういう意味だったのか――」
「そうじゃねーだろ。誰がわざわざ服だけ替えさせるかよ」
「え、違うのか……!?」
晴れやかな表情が一転、困惑に揺れる。トキハのこういう飾らないところはすごく好感が持てるが、グレックの目はボードに浮かんだウインドウに釘付けだった。
「つーかもっと血色がいい娘(こ)だせよ。幽霊だから青白いってのは分かるけど、王道すぎるだろ。病的で色気もねーし、また来たから今度は違う娘かもって期待したんだぞ……」
「なあエリック、やっぱり気になって仕方ない。教えてくれ」
しまった。グレックが変態すぎたか。
あんな大声でそれもいたいけな少女の前であるまじき所業だった。
だがエリックにはこういう時のための秘策がある。
もうトキハと出会って三年以上経っているのだ。こういうのは慣れっこだ。歪んだ話題だからこそ、歪曲して伝えればいいのだから。
「トキハよ。そんなに知りたいか?」
「知りたい」
「なら、そうだな……」
何かいい素材はないか、と周囲を見渡す。
するとなにやら長机のある読書スペースで物静かそうな少女が、託児所の女性スタッフを捕まえて自分のタブレット端末を見せていた。
端末内の説明文では限界を感じたのか、ねーねーと可愛らしく訊ねているようだった。
だがそんな彼女をよく知っているエリックは、子供らしい仕草に騙されることはない。くっと顎でそっちを見るよう示した。
「まずは、あそこにいる例題を見ていただきたい」
「ん? 例題って、ユリノじゃないか」
訝しがるトキハの視線の先にいる彼女は藤守ユリノ。一つ歳下のエリックの妹だ。声も見た目も大人しそうだが、光の加減で薄紫に見える髪をふるふると振る仕草はそんな印象とは間逆で積極的。ゆる~く近づき、相手が油断したところで一気に畳み掛けるような奴である。
若い女性スタッフも親戚の子供の相手をするみたいに隣りに座ってタブレットに映るものに答えていく。動物の名前やどこに生息しているのかという基本的なことをやさしく教えられ、素直にユリノが頷く仲むつまじい雰囲気。
それを眺めていたトキハは納得がいったように表情を明るくし、
「おお、そういうことか。タブレットを用意するんだな。私もああやって教えてもらえるってことか?」
などと勘違いしている。だがそれも当然、今まで変態的人生ゲームから離れたところで読書をしている彼女たちはそれだけまともに見えるから。
ただエリックは、まぁ待て、と手で制して爆弾が落ちるのを待つ。
「次は……これ。この子はなんていうの……?」
「確かヤマアラシっていうんじゃなかったかしら。背中に針みたいな剛毛があるの」
「へーほんとだ、とげとげしてる……これ毛なんだ。もしかして、ハリネズミの親戚?」
「親戚かもね」
「じゃあさ、ハリネズミは自分の身を守るために針を持ってて赤ちゃんの頃からちくちくしてるけど、生まれてくる時は母体を傷つけないようにしまってるらしいんだよね。ヤマアラシも同じかな……?」
「ユリノちゃんは物知りだね。もう私が教えられることないかも……」
「ううん、そんなことないです。まだまだ分からないことだらけだから」
静かに首を振って、伏し目がちにタブレットに視線を落とすユリノ。小さな女の子は謙遜するだけで『良くできたお子さん』な印象になる。
そんな彼女を女性スタッフやトキハが見守る中、例えば……、と再び小さな口を開いた。
「ヤマアラシってどうやって交尾するの?」
「えーと……」
「これじゃオスがメスに入れる前に入れられちゃうじゃん。あべこべだ」
ユリノがやれやれと肩を落としたのを最後に、スタッフもトキハも沈黙した。
グレックたちの、人生ゲームで盛り上がっている声がやけに耳に響く。
「なあエリック。もしかして私は、何か不味いことを訊いていたのか……?」
呆気に取られていてもそこは頭の回転がいいトキハ。自分の質問の内容が何となくイケナイと感じ始めたらしい。エリックは目算通りにいったことに満足し、戸惑の色を浮かべた瞳を背に受けつつゆっくりとソファーに腰を深く沈めた。
「ふぅ……ようやく分かったか。まあこれに懲りたら無闇やたらと質問するのはひかえることだな」
これでトキハの方は落ち着いた。だがひとたび長机へ視線を戻せば、ねぇ教えてよ、とユリノが食い下がっているのだから一件落着とはいかなかった。
「……もう、いいから。大人しくテレビでも見ていましょうね」
半ば強引に話をそらす若いスタッフ。猫背気味にテーブルに寄りかかり、テレビつけて、と室内コンピューターに命じた。
すると、ある番組が映り込んだ。
それは野外格納庫脇に軍用機が止まっている映像。望遠カメラが捉えたそれは、機体表面の赤い斑模様まで鮮明で、これがテレビだと思えないくらい間近に目に焼きついた。
『ただいま沖縄の不宮(ふきゅう)市にきています。私の後ろには……見えますでしょうか? 国連軍基地の滑走路に続々と軍用機が入ってきています』
カメラが切り替わり、着陸する機体を捉えた。四本ある滑走路に流れ込むように侵入し、一足先に帰投していた機体に続く。ずんぐりした降下艇とシャープな小型機で編制されているみたいだが、どれも薄汚れていて傷もかなり目立つ。
『先日派遣された即応部隊が返ってきました。今朝入った情報によると、戦線を押し戻すために日米ともかなりの死傷者が出た模様です』
女性スタッフが気をそらそうとつけた画面に、その場にいた子供たちは釘付けになり、さっきまで騒がしかった託児所はリポーターの厳しい声だけが響いていた。
『えー、あれは担架で負傷者を運んでいるところでしょうか? ここからでも基地内が騒然としているのが伝わってきます……!』
普段テレビで見る軍関連のニュースだ。戦闘で傷ついた兵士や市民の映像を流し、破壊された街並みを報道したりするが、どれも災害ニュースじみていてここではない遠くで起こっていることのようで現実感がなかった。
正直、怖いと思うだけでほとんど関心はなかったが、画面上に浮かんだテロップが目に入ると、エリックは今さらのように呟く。
「この街じゃねぇか……」
そういえば数日前に中国へ援軍に向かったとか軽く報じられていた気もする。
だが援軍すべてが出発前に比べて汚れや損傷が目立つなんてただごとではない。子供ながら託児所にいる面々も痛ましい雰囲気を感じ取り、不安げに表情を曇らせた。
『先ほど、機体表面がアップで見えていたんですが……あれは、感染者の血痕でしょうか?』
画面上の小窓のようなところに映ったキャスターの男性が怪訝そうに口を開き、リポーターはフェンス越しに滑走路を一瞥した。
『はい。どの機体も所々血痕のようなものが見られます。ただなにぶん、目視での確認ですから断定はできませんが、追加の緊急車両もあちらのゲートから多数入ってきています』
『もし血液だったら衛生的な不安も残るでしょうし、地域感染しないか心配ですね』
『えー……、放水車が待機していますので、それと洗浄液を満載したタンカーも格納庫付近に到着しています。ですので危険は最小限だと思われます』
『初期のVICS戦では、ステージ1の個体が襲ってくるため、白兵戦になる傾向にありまして。それで、車両や着陸している航空機に乗った人間を狙うので通常の戦争では見られない爪痕を残します』
壮年の男も話に加わった。曖昧なことばかり言っていた他の出演陣と違う断言口調。どうやら専門家らしい。状況を広く理解してもらうために、VICSというエイリアン由来のウイルスについて何度も言い聞かせている様子だった。
『生々しい話になりますが、敵を退けたとしても遺体の処理が問題になっており、身元が分からないまたは分かっても感染の恐れがあってご遺族に会わせられないんです。現状では全て集めて燃やすしか被害を抑えることはできません。ただ感染経路が明確なので、血痕程度なら危険性は非常に低いでしょう』
などと最後に、専門家はさっきのリポーター同じように危険はないという。
このテレビはネットワークに繋がっているため、隅の方にニュースを見ている視聴者のコメントが流れていた。
同情的なものや自分に照らし合わせて恐怖するものまで様々な意見があるようだが、テレビの音声に紛れて、
「くだらないパフォーマンスだな……」
と隣から聞こえてきた。
それがテレビの中継か世間のコメントに対して言ったのか、どっちか分からない。だが嫌気が差すというより寂しそうな声音だった。
エリックが視線を向けると、まだあどけないはずの横顔はやけに大人びた色をしていた。
「トキハ……?」
「……ああいや、毎日似たようなニュースばかりで参ってしまうな、ははは……」
確かに気分のいいものじゃなかったが、どうしてそんな顔するんだろうか。
――分からない。
すっかり冷めた託児所の、マンションのラウンジに面した自動ドアに顔を背けたトキハを見ていると、エリックはそれ以上訊く気になれなかった。
――分からない。
だが、なんだか浮ついていたところへ冷水をかけられたみたいに現実へ引き戻され、気まずくなったのは確かだった。
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