第5話 回収したエイリアンの異物……果たしてそれはなんなのか。その謎に迫る!
地下発着ベイのゲートを通過すると、降下艇は開けた空間に出た。
四方を分厚いコンクリートと装甲パネルに覆われたそこは、大まかに二つのエリアに分かれていた。奥の方に無人で動くホークリフトやコンテナがあり、手前には数隻の降下艇が並ぶ着陸パッド。少し小さいが基本的な発着ベイの構造だ。
だが、その中間で黄色い防護服を着た者たちが待機しているのは見慣れない光景だった。
「研究チームの連中、ずいぶん気合が入っているみたいですね。全員勝負服だ」
「そりゃそうだろ。誰もあんなオモチャに生身で会いたくないさ」
パイロットの軽口にブランドルは皮肉げな調子で頷いた。
基地の野外格納庫前で除染を終えると、この施設――先進技術研究センター日本支部に誘導された。国連軍に深いつながりがあるだけあって、民間の研究施設には珍しく軍基準の発進ベイがあるのはありがたい。おかげで護送車を用意する手間が省けた。
降下艇が着陸体勢に入り、金属の地面が近づいてくる。船体を平行に保ちながらゆっくり降り立つと、小さな揺れが座席に伝わってきた。
ブランドルは立ち上がり、壁面の計器を横切ってキャビンに入った。そこには両端に座席が並び、全部で一個分隊がゆうに居並べるだけの設備が整っている。座席下には弾薬や手榴弾の箱、天井付近の収納にはその他装備がぎっしり詰まっているが、中央はがらんどうの造り。キャビンにいた部下たちが足を伸ばせるだけのスペースがある。
けれどそんなゆったりしたスペースにずんぐりした機体が這いつくばっていた。
全体的にカメに似たフォルムにバイザー型のメインカメラをもつそれは、支援ドローン(トータス)だ。そいつの背中のコンテナに、研究チームが今か今かと待ちわびているオモチャが厳重に収められている。
後部ランプが開き、着陸パッドの誘導マーカーの上にスロープを作った。
「やっとこのお荷物から解放されますね、大尉」
「ああまったくだ。向こうでも簡単なチェックは済ませて安全性は確認済みだが、やはり手元には置いておきたくないからな」
ブランドルは部下に答えつつスロープを降りる。牽引モードに設定した支援ドローンが反重力フロートを起動して浮き上がり、二人の黒いバトルアーマーを追いかけるように続く。
ここ三日間、VICSから鹵獲したクリスタルモジュールのお守をブランドルのチームは任されていた。中国軍がVICSの残党を片付ける間、ブランドルたちは後方拠点の防衛を担っていたが今朝方その任を解かれ、ようやく基地に戻ってこられたのだ。
向こうにいた間にスキャニングをして、このモジュールが爆発物やなんらかの放射線を出すような危険なものでないことは一応確認していたが、どういった装置なのか未だに見当がついていないのが現状だ。こんな得体の知れないものなんて、誰だって手元に置いておきたくないだろう。
「ご苦労さまです。ここからは我々が」
「おい待て、ここで開けるのか?」
黄色い防護服の一人がコンテナに手を伸ばしたところでブランドルは制止した。
「一度中身を確認する必要があります。それにもっと気密性の高い容器に移し変えなければ――」
「あっ、ああ言いたいことは分かった。だが何が起動のトリガーになるか分からない代物だ。トータスごと渡すからこのまま持っていってもらえないだろうか?」
「ですが保存状態を確認しないと施設内に入れるわけにはいきません。ここには他にも取り扱いに注意が必要なものがあります。私も報告書は拝見しましたが、なんのエネルギーサインも出ていないものだからこそ危険なんです。VICSがなんの意味もないオブジェを扱うはずがありません。もしかしたら遠隔で操作される可能性も十分――」
『この説法はいつまで続くんですかね……』
「俺の心が折れるまでさ」
研究員の説明の途中で隣にいる部下が通信チャンネルを開いて小声で呟くと、ブランドルは冗談まじりに答えた。
ヘルメット越しだったから目の前の防護服の男にその囁き声は聞かれていなかったが、
「――ですからこのモジュールは保安レベルⅤの区画に移送しなければなりません。そこでは電波を通さない気密容器に入れる決まりがあります」
どうやら譲る気はないらしい。
こういう施設にいる連中は、どうしてこうも饒舌で頑固なんだろうか。うんざりする。
ブランドルは渋々頷き、もう好きにしてくれ、と手で示した。
するとそこで、不満げな声が聞こえてくる。
「なんで私が行かなくちゃいけないんだい? 私の専門は遺伝子工学なんだぞ」
「生物的特徴があるって話しなんですよ。なんでも中身が液体で満たされているとかどうとか」
「液体って……そんなの、十中八九ウイルスか細菌兵器だね。さっさと処分することを提案するよ」
奥の通用口の方からだ。
ブランドルがそちらを向くと、防護服の研究員がさらに二人ほど近づいてきていた。まだ十数メートル離れているがヘルメットの集音マイクで会話の内容は聞き取れた。
片側の人物はなんらかの管理職なのか、忙しいところを無理やり呼び出されたようだ。さらっと処分しろとか言っているが彼にそんな権限があるのか……?
気になってブランドルは、バトルスーツのコンピューターに彼の人物ファイルを参照させた。三秒ほどで研究センター内のシステムから吸い出された情報がバイザーに可視化される。
くすんだ黒髪を緩く後ろに撫で付けた、壮年の男性の写真。その隣に大まかな経歴が記されていた。
藤守ユウダイ。年齢四十歳。先進技術研究センター日本支部で遺伝工学部門の部長。研究所は地下九階のE6区画。現在は人間以外の生物にVICSウイルスがどう作用するのかを研究している。彼のラボがあるフロアは、最高のセキュリティーである保安レベルⅤと設定されているからかなり危険な職場なんだろう。
しかしこの施設の幹部職員か……それも遺伝子部門といったらVICSウイルスを調査する重要部署だ。そんな彼が出てくるなんて、やはりこいつは相当注目度が高いらしいな。
そうやってブランドルが考えていると、ユウダイが何の逡巡もなく支援ドローンのコンテナを開いていた。
「なるほど……確かに液体が内部にあるようだ。だがこの台座のようなものにも……操作パネルのようなものはないが……」
「気をつけてください部長。不用意に触っては……」
クリスタルモジュールを持ち上げ、ためつすがめつ観察するユウダイの隣で、研究員が見てられないとばかりに手をわたわたと動かしている。
「そのための防護スーツだろ?」
「こいつに対爆性能はないんですよ? ウイルスや細菌兵器だったら別ですけど……」
「だったら爆弾じゃないことを祈ろうか……」
「祈らなくてもこの容器は対爆仕様です。さぁ早くこちらへ」
「それは結構」
「大丈夫か、こいつら……?」
満足げに頷いたユウダイが分厚い装甲プレートに覆われた容器にモジュールを収める様子を見ていると、ブランドルはなんだか肩の力がどっと抜けた。
「確かに受け取りました。では我々はこれで」
そうとだけ言うと傍らの反重力カートに積み込んでユウダイたちは搬入口に向かって歩みだした。支援ドローンに代わって荷物を任された銀色のカートが彼らの中心で地面を滑るようにして進んでいく。
「誰かが止めなきゃここでいじり回しそうな勢いでしたね」
「ああ、誕生プレゼントを貰ったガキ並みにさっさと開けていたしな」
「それで意気揚々とホームに帰って遊ぶわけだ。まったく呑気なもんです」
「まあやる気があるようでなによりじゃないか」
発着ベイから消えていく防護服を眺めつつ、ブランドルは部下と軽口を叩きあった。
それから役目を終えてじっと待機している支援ドローンのカメに似た背面装甲を閉じさせてから、ブランドルたちは降下艇の後部ランプを上った。
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