第2話 ハリウッドのSF映画並みの導入です! エイリアンとのバトルをお楽しみください!
「リーガル1、あれを……!」
部下の一人がブランドルのコールサインを呼び、戦術マップにマーカーを打ち込んだ。
その場所を見ると、街路樹の根幹に膝を突いた黒いアーマーが手で示していた。
黒煙が燻る幅広な道路。押し退けられたのか、何台もの車が路肩に弾かれ、車体側面をひしゃげられていた。
その事故現場のような光景に混じって装甲車がぱっくりと横腹をドロドロに溶かされて沈黙している。他にも何台か大破しており、真っ黒な残骸になっているものもあって正確な数は分からないものの、おそらく中隊規模だと思う。まだ敵のレーザー兵器が投入される前に戦っていた部隊のようだが、彼らがどうしたのだろうか?
そう思ってブランドルが首を回すと、さらにもう一台破壊された車体が目に入った。
フードコート前に、片側の車輪を根こそぎもぎ取られた装甲車が街路樹にぶつかっている。タイヤの無いまま数メートル進んだようで、ブレーキ痕のような黒い線が色濃く車道から歩道にかけて刻まれていた。やはりどこを見ても事故現場か紛争地域のような光景だが、そこに集まっている人々は野次馬というにはあまりにも薄汚れていた。
死人みたいに青白い手を店のガラス窓に叩きつけ、彼らは何かを求めるように椅子とテーブルが並ぶ店内を凝視している。所々破れた着衣から覗く傷だらけな肌。生地には血が染み込み、まるで車に跳ねられ、地面に強く打ち付けられたみたいに痛々しい状態。
だが見た目どおりの怪我であんなに激しく動けるはずもない。こいつらも感染者だ。
ふと、視界の上で何かが動いた。
ブランドルが顔を上げると、フードコートの屋上で数名の隊員が手を振っていた。
あんなところに配置される部隊なんてあったか、と一瞬思う。だがその隊員が身につけているのは、動きやすい衝撃吸収プレート。真下で蠢いている奴らと戦うことを想定していないもので、例えば……市民だった者に混じって佇んでいる彼らと同じ格好。
「生存者だ。機甲部隊の生き残りか?」
「あいつらが邪魔で身動きが取れないんだ」
「だろうな。彼らはジャンプユニットをつけていない」
街路樹に屈んだ二人の部下に、ブランドルは人事のように答えた。だからだろうか、飲食店の奥まったショーケースに身を隠していた部下が振り向いてくる。深緑の反射バイザーからの視線が妙に痛い。重い沈黙が通信チャンネルを満たす。
それでもブランドルは手で制止し『その場に待機しろ』とジャスチャーを続けた。
「任務に集中するんだ。俺たちは救出にきたわけじゃない」
敵のすぐそばで騒がれてはどうしようもない。そこらにいるゾンビもどきに気付かれるならまだしも、ビルに陣取っている連中に気付かれるわけにはいかないのだ。
ブランドルたに動きがないのを不審に思ったのか、フードコートの隊員たちが周囲一帯の通信チャンネルに垂れ流せる広域チャンネルを開いてきた。
『――こちらチャーリー12、走行中に攻撃を受けた。敵のレーザーを受け、部隊は壊滅し、身動きが取れない。繰り返す、敵に囲まれて身動きが取れない』
「チャーリー12、こちらリーガル1。あなたが指揮官か?」
『ああ、上官はみんな死んだか、あいつらの仲間入りだ』
「状況は理解した。だが、こちらにも任務がある。もうしばらく待ってもらいたい」
割り込んできた彼らにも、ブランドルは現状維持を言い渡した。
だが了解が返ってくることはなかった。
機甲部隊の生き残りがいる屋上に、プラズマ弾が激しく降り注いだ。
ブランドルたちから見えるということは当然ビルの連中にも見える。フードコートに人だかりができていればなおさらだ。
ビル側面から追い討ちを受けた彼らの悲鳴が通信機に響く。それから最初に手を振ってきた隊員らしき影が足を滑らせ、落ちた先で同じ軍装姿の者に噛み付かれた。
仲間だった者が仲間を襲う衝撃的な光景に、ブランドルたちは息を詰まらせた。
だが皮肉なことにこれはチャンスになった。正面の敵は狙撃を警戒して縮こまり、側面の敵はフードコートにご執心。加えて通りのゾンビもどきの半数以上の関心もそこにある。
――今しかない……!
ブランドルのチームは前進を再開した。なるべく姿勢を低くし、上層階でプラズマを撃ち続けている連中に気付かれないよう慎重に、けれど素早く進む。物と音に溢れた幅広な車道は身を隠すにはちょうどいいが、車体を一つ横切る度に牙を剥いてくる市民だった者たちを倒さなければならなかった。
銃床で殴り飛ばし、アーマーに強化された万力のような膂力で退け続けると、ようやく玄関ホールに転がり込めた。
チームの誰一人欠けることなく無人の受付カウンターを後にし、セキュリティゲートを越えたさらに奥、エレベーターホールの脇の通路を折れた所を目指す。事前に取得していた見取り図にはそこに階段の表示があった。
執念深く追ってくる奴らの足音を耳にしつつ、部下たちが階段室に駆け込む時には、ブランドルのすぐ真横まで目の光る狂人が迫ってきていた。
扉を閉めようとドアノブを力いっぱい引くも青白い手が邪魔で上手く閉まらない。
「――このっ!」
とっさにドアを開いて蹴り戻し、今度こそドアを閉めた。ダンダンダンと鋼板越しに振動が伝わってくる。
奴らに迂回してくる知能はないし、ドアを破る力もない。
だがこのビルにはもっと恐ろしい敵がいる。そう思うと階段を一段一段上がる足に自然と力が入った。
しばらくは安全な移動が続いた。
さっき追い回されていたことが嘘のように階段室は静かで、銃声が遠くで聞こえることを除けばほぼ無音。おかげで、小さな唸り声をいち早く察知できた。
一階上のフロアからだ。
ビル正面のオフィスの一角。音響センサーが捉えた場所に、ブランドルのチームは位置づいた。ポリクリートの壁や、割れた自動ドアの向こうに奴らがいる。
HMDの動体および熱ディスプレイを起動した。すると壁の向こうの標的が赤く光った。通路にバックアップとして四人残すと、ブランドルたちはライフルを構え、警戒しながら突入する。
ガラスを踏み鳴らし、自動ドアの割れ目から中に入ると、六人が右に寄り、残りがブランドルと一緒に左に寄った。
デスク脇に敵兵が赤い熱源となって屈んでいた。少し離れた場所にも、サーマルイメージで黒っぽい背景に、熱を発したシルエットが頭を出している。他にも窓際に数人分の動きが見て取れた。彼らは外から狙撃されないよう中央寄りの柱に隠れていた。
ブランドルはまずデスク脇の一人を撃ち、部下と共にワークスペースの側面から順に倒していく。右に分かれた彼らも同じように銃弾を放った。
こういう突入では激しい抵抗があるものだが、いざオフィスに飛び込んでみると、外ばかりに気を取られていたようで敵兵の反応は二呼吸ほど遅れていた。
とっさに撃ち返してくる者もいたが、そのプラズマ弾はアーマーの偏光コーティングを剥がしただけで、致命傷にはならなかった。
ブランドルのチームは二チームで挟み込むように用心深く目を配りながら、狙撃銃と思われる長い銃器を持っている敵兵を撃ち倒し、柱の影に沈めた。
これで大方片付いたが、ブランドルの厳しい表情が和らぐことはなかった。
サーマルイメージは薄暗い場所はもちろん、標的に近ければ壁越しでも相手の位置が分かる。だがこのオフィスは思ったよりセキュリティーが厳重だった。
会議室か管理職のオフィスだろうか? 最奥の壁にドアがぼんやりと浮かんで見える。
電波遮断プレートが壁の中とドアに使われているようで、バイザーのディスプレイが上手く実体を映せない。青黒い空間にドアの形をした線だけを壁に刻んでいる。
役に立たない熱探知を切ろうかどうしようか迷って、やっぱり止めておく。
こういう時こそ目に見えないシグナルが重要だ。まだ外の通りで機甲中隊を壊滅させた敵がどこかにいるはずだ。些細な変化も見逃せない。
広がれ、と部下に指示を出したところで、ブランドルはある変化を見つけた。
ドアの向こうで物音がした。苛立たしげにデスクを蹴り倒したような、やけに大きな音が耳に響く。続いてバイザーに警告ダイアログが点滅し、真っ青だった壁が一気に白く膨れ上がり、赤外線センサーが過負荷になって自動的に切れた。
一瞬暗転する視界の中で、ブランドルは叫ぶ。
「伏せろ!」
直後、爆音と衝撃がオフィスを満たした。
熱波がデスクを焼き、舞い上がった破片が床に降り注ぐ。ヘルメット越しに一際大きなプラスチック片が当たった。ゴツッと叩かれた感覚に弾かれるようにして頭だけ上げ、デスクの脚から窓の支柱を覗いた。
チームの半数がいたそこは、強大なワームが這ったみたいに後方へと真っ赤な溝が深く刻まれていた。
四人は手前のワークスペースにとっさに飛び込んだようで、デスク脇に蹲っているが、残りの隊員はどこにも見当たらない。
レーザービームといえば軽く聞こえるかもしれない。だがこの威力。外の装甲車を焼いたのは間違いなくこいつだ。
オフィス奥から反響した咆哮が響く。さんざん追いかけてきたゾンビもどきたちよりもだいぶ低い、獣のような声音。それが複数重なった。
ブランドルは飛び起き、屈んだ体勢で手榴弾を投げた。からん、と金属球の跳ねる音に、敵兵が息を詰まらせた。
今度は彼らの方で爆音が響き、二人分の影が壁に映って見えた。
「撃ち続けろ!」
体勢を崩している今がチャンスだとばかりに叫び、ブランドルは奴らに向かってマガジンを空にした。部下たちもデスクから頭を上げ、ありったけの銃弾を壁際に向けて放った。
部屋から出てきた二人の敵兵を倒し、部下の一人が駄目押しの手榴弾をレーザーに溶かされた穴に投げ込んだ。
その爆発を最後に、ブランドルたちは引き金から指を放した。
HMDの動体探知器は、敵性反応がないことを示している。だがブランドルは新しいマガジンを装填し、油断無くライフルを振って自分の目で危険がないか確かめた。
熱探知を切ると、濃淡色のサーマルイメージは本来の光景を映した。
白で統一されたワークスペースを焦げた破片が覆い、一際黒く抉られた所を中心にぐにゃりとデスクが溶けていた。ちょうどそこに四人の部下が蹲っていた。見たところ軽傷だが、他の二人の姿はどこにも見当たらない。
どこにいるんだろう? もしかして窓から飛び降りたのか?
そう思いつつ歩いていると、コツン、と溶けたライフルが爪先に当たった。
愚問だった。
たった一撃で部下を二人失ったのだ。外に飛び出したから無事なんてのは、甘い考えだった。
溶けたガラスのようなデスクの脇、その抉られた床に沈むようにして焦げた死体が固まっていた。
「……グゥゥゥ……ッ…………」
くぐもったうめき声がした方へ視線を転がすと、壁際に仰向けで倒れている敵兵がいた。
そいつは、胸の装甲プレートから血を流し、荒い呼吸を繰り返していた。普通なら致命傷だが、その呼吸はブランドルが近づいていくにつれて穏やかになっていく。
そのしぶとさが気に食わなかった。
――部下をあんな姿にしておいて、なぜまだ息を吹き返す……!
脇に転がっていた、巨大な筒状のレーザーロッドガンを跨ぎ、ブランドルは重く口を開いた。
「おい、イカ野郎。ここはお前らで全部か?」
だが返ってきたのは、弱弱しい唸り声だけ。撃たれたショックで口も聞けなくなったか、と挑発するように言いながら顔を近づけると、そいつは外のゾンビもどきと同じ黄色く光る目で睨んできた。
「……無駄なことを。まもなく、お前たちも主の尖兵へと『成り代わる』……いくら拒んだところで結果は同じだ」
「そうか。なら、もう何も答える必要はない」
ブランドルは胸に数発撃ち込み、耳障りな声を黙らせた。
「同じなものか……お前らは非力な市民ばかり取り込んで、俺の仲間は焼くだろ……」
自分でも驚くほど低く、怒りと疲れが混じった声。そして暗く濁っていく四つの瞳孔を見下ろし、一つ息を吐く。
あらためて敵兵を見ると、彼の言葉の意味が残酷に伝わってくる。顔面プレートの下から覗く顎はもう人間のものとは違う、もっと頑丈な虫のキチン質……なのに、剥き出しの歯は人間の面影がある。骨格も獰猛な肉食獣を思わせる頑強なもの。そんな奴が機械の鎧を纏って装甲車を一撃で破壊するレーザー砲を振り回しているのだから世も末だ。
歩兵級(トライヘッド)・上級変異種(ステージ4)。それがこのエイリアンの個体名だった。
ブランドルたちは、UNGFの精鋭である全地形対応即応機動部隊(ATRAD:アトラード)だからこの程度の被害で済んでいるが、もし一般の歩兵部隊だったなら機甲部隊のように壊滅していたところだろう。
だから一秒だって気を抜けない。
出入り口をしんがりの部下に見張らせ、残りの隊員は注意深くライフルを左右に振りながらくまなくオフィスの安全を確認する。そしてレーザーに溶かされた壁際まで来ると、部下のひとりが振り向いてきた。
「リーガル1、テーブルに妙なモノが……」
「妙なモノだと? 何があるんだ?」
「それが、なんとも……光っている筒? いや、あれはクリスタルか……?」
「見せてみろ」
いまいち要領を得ない部下の返答を聞くと、ブランドルは焦れたように割って入った。
赤熱した壁の向こう。分厚い木製の執務机の上。そこにあったモノは、淡く明滅するクリスタルを束ねたような、大まかに円錐形の物体。基礎部分が機械で、だが光が脈打つようにチカチカしているからか不思議と有機物のようにも見える。
クリスタルモジュール、というやつだろうか……?
ブランドルは魅入られたようにそれを眺めた。ここが戦場であることを思わず忘れるほど、そのモジュールは幻想的だった。
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