レイシャル・クラフト~エイリアンが侵攻してくる世界の希望は新人類(コドモ)たちだった~
矢島やじ
感染都市のデュナミス プロローグ
第1話 本格SF戦争始動! 人類はエイリアンに勝利できるか!?
見渡す限り青々と広がる雄大な海の上、すっかり天高く登った太陽の下。快速のCV‐77垂直離着陸機(VTOL)とレイヴン級降下艇が三つの編隊を作り、空を切っていた。
十二人一組のチームがそれぞれ三個飛行隊に分乗し、兵士たちは沖縄の国連軍基地を出発した。
推進器が翼の両脇についているこのVTOLで二時間ほど飛ぶと、地平線の向こうに陸地が見えてきた。やせた土地が目立つ平地を望みつつ、さらに内陸を進む。古めかしい小屋や黄土色の道らしきものがちらほらと見えてくると、パイロットが徐々に機首を下げ始めた。わずかに傾いた床にブーツの底を突きたて、ダリウス・ブランドル大尉は座席に座ったまま部下たちを見回した。
灰色の戦闘服の上に首から爪先まであらゆる衝撃を軽減してくれる強化服、そのさらにその上に滑らかな黒い装甲プレートをつけていた。フルフェイスのヘルメットが頭を保護し、深緑の反射バイザーが彼らの表情を隠している。全員肌が露出した部分はない。これから出向く戦場は原則として生身ではいられないからだ。
床が水平に戻ると、木々の真上を機体が飛んでいるからかバサバサと枝葉が揺れる音が聞こえ始める。
ブランドルはヘルメットの前方表示装置(HMD)に表示された広域マップを確認した。長方形や網状の線で形作られたものがバイザーの端から中央まで埋め尽くし、その中に赤い警告マーカーが多数見受けられた。
CV‐77がようやく舗装された道の上空を通過すると、今回の任務の目的地に入った。中国の貿易都市、広州市である。ここに助けを求めている人たちがいるのだ。
「リーガル1からリーガル中隊各員へ。目的地は都市のど真ん中だ。ビル群各所から激しい攻撃が予想される。俺たちの任務はまずそいつらをただちに黙らせ、地上部隊がスムーズに感染者を排除できるよう会場を整えることだ」
パイロットが着陸の合図を出す前に通信チャンネルを開き、ブランドルは国連宇宙軍(UNGF)の精鋭たちに檄を飛ばした。これはいつものお約束だ。ブランドルが話をまとめ、部下たちは『はい、大尉』と答える。一丸となって任務に臨むための、一種の暗示である。
それから高層ビルを二棟ほど抜けると、ブランドルはライフルの安全装置を外し、チャージングハンドルを引いた。その間、CV‐77は降下地点に向けて撹乱パルスの弾頭を発射し、敵を電子的に盲目にしてから道路沿いの店舗に向けて機首を上げた。ぐっと慣性に引っ張られた直後、平行に保とうと翼の両脇にある推進器が火を噴く。そして機体が急停止すると、ブランドルは勢いよく立ち上がった。
「よし、行いくぞ! 奴らはこの先でパーティーの最中だ、街中を貸切ったはからいに応えてやれ!」
お決まりのセリフに飽きることなく、部下たちは初めて聞いたように歓喜した。その中の誰かが「派手に行きましょう」と言う頃にはホバリングするCV‐77の両側面のドアから三人分の黒いアーマーが店の屋上に向かって飛び降りていた。
隣の店舗の上空に展開した二機のCV‐77からも同様に、四名ずつ隊員が降下した。
すると、堰を切ったようにビルの各所から淡い光が瞬く。その光は豪雨のように降り注ぎ、キャビン内で弾けてオゾンの煙を上げた。ブランドルにもいくつか命中し、装甲プレートが蒸発した。その衝撃でバランスを崩しながら飛び降り、打ちっぱなしのコンクリートの上を転がった。
このVTOLは建物の上でホバリングしているから普通に着陸するより非常に危険だ。敵からしてみれば的以外の何ものでもない。だがやり過ごせたようで、味方のシグナルは室外機や看板に隠れていて、誰一人として欠けていなかった。
屋上に転がったまま空を見上げると、シャープなシルエットが薄い煙を上げながらビルの影に入っていた。幸いなことに塗装が剥がれただけでCV‐77は無事だった。
――いいや、幸いでもないか……。
偏光コーティングの剥がれたアーマーを撫でつけ、ブランドルはこんな作戦ばかり考える司令部を呪った。
だが敵から狙撃されないとしても道路に降ろされるよりはよっぽどマシだ。さっきから看板の電子板や外壁がプラズマに焼かれる音と味方の銃声に混じって、ぞっとするような叫び声が聞こえているのだから。
ブランドルが腹ばいになって屋上の縁まで這うと、その叫び声は段々大きくなり、耳に不快な反響音を刻んだ。思わず眉根が寄る。
対面のビルで陽光が反射し、大通りを照らしていた。
おかげではっきりと見えた。
通りを挟んだビルの向こうからこちらにかけて市民たちが溢れていた。皆一様に屋上を見上げ、店舗の窓や入り口に殺到してくる彼らの肌は青白く、服もあちこち破れて赤黒く汚れている。今まさに激しい銃撃に晒されているところに来ようとしているなんて正気の沙汰とは思えないが、市民の変わり果てた姿を目の当たりにするとそんな考えよりも怒りの方が先に立った。
彼らの黄色く光る眼と目が合って思わずぎりっと歯噛みし、ブランドルは腹ばいのまま銃身を看板に潜らせ、MR17アサルトライフルを構えた。
頭上からはプラズマの雨が降り、道路からは犠牲者がブランドルたちを仲間に引き込もうと迫ってきている。お互いに譲ることなく押し合い、路上の車にぶつかるのもいとわずただひたすらに、赤いものが染み付いた道路を踏み荒らす狂ったパレード。
――ピピッ!
HMDに警告マーカーが点滅した。
熱探知器に目をやると、ビル群から一層強い光が生まれ、上空で爆発が起きた。ひゅんひゅんと錐揉みするような音が、どこからか聞こえてくる。
どうやら旋回中のCV‐77を狙ったらしいが、いつ見てもとんでもない火力だ。回避する間もない。道路で叫んでいるゾンビもどきとは桁違いの脅威である。
初手に撃った撹乱パルスの効果が薄れたのか、敵のレーザー兵器がビル群を盾にするように後退するCV‐77に猛威を振るっていた。屋上のブランドルたちには見向きもせず、彼らにとってより脅威の高い目標を倒そうとしているのだ。
敵の狙いは正確、けれどこちらの狙いも正確だった。ブランドルは、対物ライフルを携えた部下に視線を向けた。
「リーガル1から中隊各員へ。狙撃手はこの場で砲手を狙え! 残りの者はジャンプユニットをチェックしろ。路地を伝い、オフィス街まで前進する。ただし、俺が命じるまで飛ぶんじゃないぞ!」
通信チャンネルにブランドルの声が響く度に、周辺の屋上から一四ミリの銃口が火を噴き、繁華街のビル群に正確な一撃を加え続けていた。
ブランドルはいち早く合図が出せるよう銃のスコープを覗き込む。こういう状況には、最も遠くの敵が狙えるAMW‐04対物ライフルが欲しいが、あいにく今はMR17アサルトライフルが手元にあるだけ。レンズに映った高層ビルにいくら目を細めても爪の先ほどの影が動いているようにしか見えないが――
窓際の人影が弾かれるようにして引っ込んだ。
それだけで十分だった。
「今だ! 行け、行け!」
手を振って比較的人影が少ない路地を示し、部下たちと共に大通りに飛び降りた。
狙撃チームは小回りのきくCV‐77で降下したが、より多くの兵員を輸送できるレイヴン級降下艇は、そのずんぐりした船体を通りを一つ挟んだ店舗の軒先に沈め、十六名の隊員を降ろしていた。
彼らと合流し、ブランドルは狂気に満ちた大通りに飛び込んだ。
片側三車線の中央分離帯を越え、着地しつつ周囲の爛れた肌の敵を撃ち倒す。たとえ市民の皮を被っていても彼らはもう人間ではない。チームの誰も躊躇う者はいなかった。
一瞬だけ振り返ると、さっきまでブランドルたちのいた店舗の中に市民たちが殺到していた。その店先の車道にも溢れ、濁流のように流れ込み、何人もの人々がアスファルトを踏み鳴らす音が銃声に混じって響いている。
大勢の足音がこうも重なると一瞬ぎょっとする。だが臆している場合ではない。対面の歩道や店先から牙をむいてくる奴らを退けなければならないのだ。振り向いている余裕はもうない。前進あるのみだ。
そうやって部下たちとカバーし合いながら進むと、やがて手狭な路地に入った。
手狭といっても車二台がすれ違えるだけの広さはある。だが圧迫感を感じるのは何台も車が乗り捨てられているからだろう。それにここは、怪しげな露天や壁から飛び出した色とりどりの看板がある分ずっとごちゃごちゃした印象。昔ながらの雑多な風景だ。
こういう視界的に情報量が溢れている場所ではしばしば危険を見落とすことが多い。車間も狭ければ露天の天幕のすぐ脇に止まっている車も目立つ。ちらほら見えている人影もそれらに隠れて半ば待ち伏せのようになっていた。
そこでブランドルは背面の小型ジェットを噴かした。車を踏み台にし、建物の壁を走るようにして死角を避けると、予想より多くの敵が天幕の中にいた。
建物の二階部分まで飛び上がった隊員たちに手を伸ばし、青白い顔に獣の形相を乗せた彼らが飛びつこうとして勢い良く跳ね、車に足をぶつけて転ぶ。届きもしないのにご苦労なことだ。
比較的広い路肩に着地し、狭い所を通る時にはまたジャンプユニットに頼った。これを数回繰り返すと、オフィス街は目の前だった。
(次回に続く)
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