第211話 タイムリープ、話題沸騰
惑星リラへのタイムリープは完了した。しかし、俺達はそれ以上に思いがけない体験をすることになった。
惑星フォトスで、俺たちがタイムリープしたことを知る者はいなかった。
いや、もちろんタイムリープ室はある。だが、そこでタイムリープしたという事実はなかった。当然、バックアップ隊も待機していなかった。
だが、実はそれは驚くことではなかった。それは、俺たちにとっては当然のことだったのだ。
もちろん俺達自身は惑星リラを救ったことを覚えている。覚えているが、少し違うのだ。『百五十年前に未来から来て惑星リラを救った』という古い記憶を持っているだけなのだ。
つまり、未来から来たという記憶はあるのだが、それは百五十年前の記憶であって最近のことではないのだ。実際、この惑星フォトスのタイムリープ室は、まだ一度も使われていない。それもそのはず、そもそも第一神様からタイムリープ依頼が出ていないのだ。少なくとも、この世界では。
もちろん、惑星リラが救われたのは歴史的な事実である。
だが、百五十年後の今、つまり惑星フォトスを出発した日時になっても俺たちにタイムリープ依頼はなく過去へ出発することもなかった。既に惑星リラは救われているのだから当然である。
俺たちは、このタイムリープの出発時点までじっと待っていた。事の成り行きを時空管理局として確認するためだ。それは、タイムリープの最終確認作業でもあった。これで、全ては確定した筈だ。
タイムリープ後の俺達は同じ百五十年を繰り返したことになる。それは、二度目の百五十年になる筈だった。だが、そうではなかった。実際には未来で経験したことは殆ど忘れていたのだ。つまり、タイムリープしたことは覚えていたが、それ以前の記憶は残っていなかったのだ。未来の俺達とリンクしていた時の記憶しか残っていないという訳だ。
「惑星リラが救われた後に世界が変わったと思われます」女神カリスが説明した。
「未来とのリンクが切れたときだな?」
「そうですね。あの時点から世界が切り替わったと思います」
「それは、過去改変が完了したってことだよな? でも、そんな過去改変ができるようなエネルギーはなかったと思うけど」俺は、思わず言った。
「そうですね。となると、この世界は新しく出来たのではなく、以前からあったと考えるべきでしょう」と女神カリス。
「以前からあった?」
「そこは、我が説明しよう」とウリス様が言った。
「小惑星が衝突するようなことは、本来稀なことなのだ」
「確かに。普通ではないですね」
「そうなのだ。つまり、惑星リラはひどく小さな確率で滅んだことになる」
「はい」
「つまり、本来惑星リラを滅亡から救うのに必要なエネルギーは、ほんのわずかでいいのだ」
ウリス様は、酷く真面目な顔で怪しいことを言った。
「そ、そうなんですか?」
ちょっと、簡単に理解できない話だ。
「でも、世界をガラッと変えられないのでは?」
「そう。だから、変わっていないのだ。もともとどちらも存在していたのだ」
どちらも、存在した?
「それは、平行世界のことですか?」
「そこは、我も知らんがな。ただ新しい事象で確率が変わったのも事実なのだ」
「新しい事象? ああ、俺たちが現れたことですか?」
「我らの存在はともかく、小惑星が分裂して衝突コースから外れるという事象だな」
「ああ。そういうレアな事象になるのか」
「恐らく、多重世界でしょう」と女神カリス。
「私たちがタイムリープして惑星リラを救ったことで、私達はこの世界に移ったと考えられます」
「この、惑星リラが滅亡しない世界に?」
「そうですね」
「それは、つまり俺たちの活動に意味はなかったということですか?」元々滅亡しない世界があったのなら、俺たちが移っただけなのか?
「いえ、違います。『私達が現れて小惑星が分裂する』という小さい確率分だけですが、滅亡するはずだった世界の一部が救われたのだと思います」と女神カリス。彼女も、まだ仮説を言っている顔だった。
さすがに、すぐに理解は出来そうもない。ただ、俺たちの活動で救われた人々がこの世界にいることもまた事実だった。この世界の惑星リラは、何もしなかったら滅んでいた筈なのだから。
「なるほどのぉ。興味深い事実じゃのぉ」顕現してきた第一神様が言った。
「いや、惑星リラの話は聞いていたが、本当のことだったのじゃな」第一神様は白い髭を撫でつつ思案気に言う。
「最初に話を聞いたときは信じられなかったが、未来視、過去視と順に完成したのでな。これは大変なことになるかもと、正直心配もしておった。じゃが、この結果は予想を遥かに上回っておるのぉ」と第一神様は、いつになく真剣な眼差しだ。
「はい。俺だけならまだしも、女神ミューゼスも含めて大勢の記憶がありますから間違いありません」
「うむ。つまり、これが確実にタイムリープで過去改変した結果というわけじゃな」
「はい。そうなります」
「ここまで大きな過去改変が示されたのは、驚くべき事じゃの」さすがに、第一神様も感慨深そうに言った。
「この世界からは救助隊は出発しなかった。救助隊が出発しなかったから惑星リラは滅亡する……という、繰り返しにはならんのじゃな?」第一神様、タイムパラドックスに思い至ったようだ。
「そうですね」
「そこは重要なポイントです」と女神カリス。
「ほう」
「この世界の惑星リラは私たちに救われています。救った記憶もあります。しかし、救ったのは此処にいる私達ではなく、別の世界から来た私達です」と女神カリスが説明した。
「それが、多重世界の別の私達ということですか?」
「はい。恐らく」と女神カリス。
「なるほどのぉ」
「そういう意味では、タイムリープして救えるのは別の世界なのか?」
「そうですね。私たちは一部、別の世界から移って来たとも言えると思います」と女神カリス。
「ふむ。少しでも救われた世界があるのなら、それは神にふさわしい活動じゃな。ならば、それでよい」そういって、第一神様は楽しそうに笑って帰って行った。
* * *
「タイムリープ室のベッドだけど、やっぱりカプセルタイプにすべきなんじゃない?」
美鈴が神魔フォンを通してそんなことを言ってきた。惑星フォトス関係では救助隊の変身スーツ以外でも東宮から色々とデザイン画などを送って来ている。神力リンクで話してもいいのに、産後なので神力を控えて神魔フォンにしてるらしい。
「うん、まぁ、それっぽい感じにはなるな」
カプセルと言っても、透明なカバーが付いてるようなやつだ。ぷしゅーとか言って透明なカバーが開くあれ。ん? あれは冷凍睡眠だっけ?
「そうよ。普通のベッドじゃ雰囲気出ないわよ」と美鈴。
「けどなぁ、別に生命維持装置とか必要無いしな。冷凍睡眠でもないし」
「そうだけど、アリスさんも分身体置きたがったって聞いたし」
「変身スーツがあるからいいだろ。あれ、大人気だったぞ」
「そ、そう。うふふ。あれは、結構自信作なのよ」
やっぱりか、止めなくて良かった。
タイムリープ室は、とりあえずネムによって隔離措置が施されているので、あとは部屋の防御フィールドを追加するくらいでいいだろうと思う。
だが、普通の睡眠じゃ無いから不安だと言う気持ちも分かる。で、結局カプセルタイプにすることになった。当面、使う予定はないが。
* * *
ところで、タイムリープ室は神界から隔離されているので情報は洩れないのだが、『惑星リラの救出』自体は公的ミッションであり歴史的事実でもある。タイムリープの全体が確定したことを受けて、神界で公表されることになった。
つまり、惑星リラの滅亡を未来からきて救助したという事実が公的に発表されたのだ。
この発表で神界ではまたもや話題沸騰となった。未来視、過去視に続いてタイムリープで星を救ったのだ。騒がないほうがおかしい。しかも、惑星規模の過去改変なのだから大騒ぎである。
「なんだか、とんでもない数の問い合わせが来てるんだけど!」
温水プールで遊んでいたアリスもびっくりしている。
「なに? もうか?」驚いて聞き返してしまった。
「まぁ、公式発表したからな。で、どんな問い合わせが来てるんだ?」
「それが、最初は真偽を確かめる問合せばかりだったんだけど、今は要請ね」
「要請? タイムリープして解決してくれって?」
「そうなのよ」
「まじか。いや、一応ミッションとしては公式な活動だけど、受付るわけにはいかないぞ」
「そうよね。それは、言ってくる神様も分かってるんでしょうけどね。それだけ切実なんじゃない?」
「そうか。でも依頼者は過去改変された世界を見れないんだよな~。タイムリープする俺達は過去改変した世界に移るとも言えるんだけど」
「そうよね。そこのところを分かってないのかも」
実際に過去を変えた世界を見たいのなら、自分でタイムリープするしかないからな。
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