第201話 氷の月

 惑星フォトスの神用住宅が足りなくなって来た。

 いや、通常の戸建ての住宅以外に集合住宅なども追加で作ったのだが、それでも足りないのだ。まぁ、神化リングの製造数から予想できた事態とも言えるのだが、そもそも惑星フォトスには十分な土地が無いのだからいつかは満杯になる運命なのだ。リゾートアイランドは惑星フォトスでは大きな島だが、自給自足を目指しているため住宅だけで埋めてしまう訳にはいかない。それで思ったより早く定員オーバーとなってしまった。

 こうなると神化リングの供給を絞るか、住宅事情を改善するかの二択になる。だが、始まったばかりの神化リングの供給を、早々と絞りたくない。そうなると住宅事情を改善するしかない。

 普通に考えれば、他の島へ住宅建設を拡大すればいい。だが、他の国が将来開発する計画もあるので、なるべくなら他の島はそのままにして置きたい。

 そこで、考えたのが土地拡大計画だ。どういうことかと言うと、要するに海の水を大量に吸い上げて陸地を増やそうという計画だ。

 もちろん、現状でも海水は海水排出システムで排出している。ただ、人間から見たら規模は大きくても、惑星レベルの海水面の低下にはあまり寄与していない。もっと長期的なシステムなのだ。


 そこで海水を一気に吸い上げて、妖精族が逃げ出す少し前の海水面くらいまで戻すことにした。海面を下げる基準としては、このあたりだろう。これなら、たぶん妖精族も住みやすくなると思う。


 ということで、俺は砂を吸い上げたときの方法で海水を汲み上げることにした。まぁ、あれとは比べ物にならないくらい大量の海水を吸い上げるのだが。

 汲み上げた海水は拘束フィールドを風船のようにして溜める。ただし、今回の場合は海水だけを吸い上げるのでフィルターは吸い込み口にある。魚を吸い上げないためだ。

 吸い上げた海水は上空で球体のまま氷結させる。これを衛星軌道に乗せれば完了である。


「流石に、海水で月を作るなんてことは初めてだよ。こんなこと普通誰もやらないよ」

 海水を吸い上げた巨大な球体を見上げて天文学の神プトレが言った。

「いや、別に月を作りたいわけじゃないけどな。そういう意図は無いんだが結果として月になるだけだ」

 勢いよく吸い上げられていく海水が上空で球体になって膨らんでいくのだが、膨らむに従い高く持ち上げているので、いつまでたっても同じ大きさに見える。とはいっても、やはり空にあるべきものの大きさを超えていて、異常だ。


「ははは。同じだけどね」

 ごもっとも。

「で、どこまで大きくするんだい?」

「いや、だから月の大きさではなくて、土地がどこまで広がるかだよ」


 月は副産物だからな。逆に水が必要になった時のために衛星とするだけだ。


「四大陸が見えてきましたので、もう少しだと思います」海水面を監視している女神シリスが報告した。さすがに、衛星規模の海水面は直ぐには分からないので平均値なのだが。


 考古学の女神シリスに発掘調査してもらって、昔の妖精族が居た頃の海の水位は分かっている。そこまで水を抜くのだ。


「これで十分だと思います」

 シリスからの知らせを受けて、俺は海水の吸い上げを停止した。


「じゃ、これを凍結して宇宙空間に放出すればいいんだな?」俺はプトレに確認した。

「ああ、そうだな。とりあえず全力はダメだよ? 帰って来なくなる」とプトレ。

「分かってる。大丈夫だよ。神力測定機という便利物があるんだ。これでリミッターを掛けるから大丈夫だ」


 そう言って、俺は球体の冷却を始めた。今は防御フィールドで球体になっているが、このままでは放出できない。とりあえず凍らせて固体になれば、加速して衛星にすることが出来る訳だ。宇宙空間まで行けば、あとは勝手に冷えて極低温になるので放置できる。


「こんなもんだろ。じゃぁ、加速する」


 俺は氷結した球体を衛星軌道に乗せるため加速を開始した。この加速はちょっと慎重にする必要がある。不均一に力を加えてバラバラになったら大変だからだ。神力測定機にはリミッター機能はあるが、氷が砕けないように加速するという機能はないからな。

 俺は徐々に加速していった。


ずずずずずっずきゅ~~~ん


「うん。打ち上げ成功! こんなもんだろ? 意外と簡単だな!」俺は、腕にはめた神力測定器の数値を見ながら言った。

「いや、そんな暢気なこと言ってるのは君だけだから」横で見ていたプトレが突っ込む。まぁ、そうなんだけどな。神化リング様様だ。


 ただ、彼の場合は見ているだけではない。これからが彼の仕事だ。すかさずプトレは、神眼と天文学の神の力で、飛行する氷の月を追跡して軌道の計算を始めた。俺がただ打ち上げただけだと、同じ場所に戻ってくる隕石みたいになってしまう。長期に渡って安定した衛星軌道に乗せる必要があるのだ。これをプトレに頼んだという訳だ。


「ふむ。ちょっと予定より速いようだな」プトレが報告してきた。海水が少なかったということだろう。

「じゃ、ちょっとコースを修正する」


 そう言って、プトレは上昇する月に向かって手をかざした。軌道の測定が終わり、修正の加速を加えるためだ。月を見ていても軌道がどう変わったのかは分からない。


「これでいいだろう。これなら大体16日で惑星フォトスを周回する筈だ」しばらく、手をかざして加速を加えたあと、彼の腕の神力測定器を見て言った。

「さすがに、これは便利な神道具だな。軌道修正がこんなに簡単に出来るなんて、なんで今までなかったのか不思議だよ」プトレは、感心して言った。

「まぁ、でも最終的には軌道そのものを測定するんだろ?」

「それはそうだけど、精密な測定には時間が掛かるからな。それに軌道修正は繊細だから、細かく設定できるのが凄く助かる」とプトレ。

「うん。これは俺もそう思う。女神キリスに感謝だ」

「うん。感謝だ!」とプトレ。


 こうして、なんとか広い陸地を確保することが出来た。遠浅だったのが幸いしたのだが、それは最後の海水の上昇で広い範囲が水没したことを意味している。妖精族は、大変だっただろう。


 出来上がった氷の月は、惑星モトスとは比較にならない大きさなのだが、低い軌道にあるため半分程度の大きさに見えた。

 モトスは青く、氷の月は白く輝いていた。

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