第106話 南北大陸へ-西岸同盟はラベンダーの香り-

 俺達は、北上した時とは逆にロキー山脈の西側を南下していった。

 しかし、緯度的に北洋王国のシーシュより南下してもまだ雪原は続いていた。


「このあたりは常に北からの冷たい風が吹きますので気候は寒冷なのです。北洋王国よりも寒いと言われています」


 マレイン妃がそんな話をした。


 もしかすると海流も関係があるかもしれない。

 北洋王国は南からの暖流でステル王国ほどではないが温暖なのだろう。北洋王国が最も寒冷なのは国の西、ロキー山脈沿いのキシカカ湖あたりなのだ。


 山脈の位置も関係しているだろうが、西岸同盟のあるこの地域は冷たい風と海流の相乗効果でひと際寒冷な土地になっているようだ。気候を変えるというのは元々難しいことだが、ここは絶望的な状況かも知れない。

 そんな事を考えていたが、それでも雪は少しづつ消えていった。


 雪原が消えてからしばらく飛ぶと、そこには黒々とした大地が広がっていた。


 この黒い大地を流れる大河のほとりに西岸同盟の首都モレスはある。

 この大河は首都モレスの十キロほど先で海に注いでいるのだが、そこまではずっと湿地帯になっているようだ。湿地帯が無かったとしても強い北風の吹く外洋なので漁は難しそうだ。


 街は特に外壁のようなものはなかったが、北側に防風林のような林があった。風が強いせいか、屋根のひさしの短い低い家が多い。また、屋根が急角度なのは雪も多いということだろうか。


  *  *  *


 首都モレスに降り立った俺たちは、とても歓迎された。

 珍しい客人という事もあるが黒青病の特効薬の提供を申し出たのが大きい。

 やはり、ここでも黒青病は蔓延していた。到着した直後は陰鬱な雰囲気もあったが、薬を提供し無害化魔法共生菌を散布するいつもの式典を終えたあとはずいぶん明るい表情になっていた。思わず俺は、ヒュシバル王国で採った魚の提供を申し出た。どのみち、長くは持たないので提供するつもりだったのだ。


 歓迎の晩餐にはもちろん、この魚やカニが使われた。

 もちろん新鮮で旨かった。食材の扱い方はちゃんと分かっているようだ。俺達の晩餐とは別に、街の住民たちにも新鮮な魚介類が振る舞われた。


「今日は本当に良き日です。このようなこともあるのですね」


 西岸同盟の盟主アーラス・モレス王が言った。西岸同盟は海岸沿いの三国の同盟で、ここは中央のモレス国だ。


「いや、お恥ずかしい話ですが、このところあまり良くない事が続いたもので。盟主がこれでは、いけませんね」


 実直な印象の国王だった。

 まぁ、国王が言うのも分かる。国が上手く行ってない時に一人で浮かれてたらバカ者と言われるだけだからな。ただ、一緒に深刻な顔をしても、解決するわけではない。逆に、ドツボにハマる方向に自分たちで追い込んでしまうこともある。だが、硬直した思考からは何も生まれないものだ。


「魚なら、こちらの海でも沢山採れそうですね」

「そうですね。魚影は濃いと思います。ただ、北風で波が荒いので船を出しずらいのです。しかも海流が速いので流されたら最後です」アーラス王が説明する。


 流れも速いのか。


「なるほど。地曳網も先ずは船が必要ですからね」

「ええ、そうですね。しかも、すぐ深くなります」


 すぐに深くなるのか。あれ? 深い?


「ちょっと分かりませんが遠浅でなければ拘束フィールドで浜から魚が採れるかも知れませんね?」と俺は言ってみた。


「こ、拘束フィールドですか?」とアーラス王。

「はい。あまり遠くまで飛ばせないので遠浅の浜では使えないんですが、もしかすると使えるかも知れません。魔法の網みたいなものです。明日にでも試してみましょうか?」

「おお、ぜひお願いします」


 始めてアーラス王の明るい顔を見た気がする。


「おじい様ったら、甘えすぎです」


 厳しいことを言うのは、孫娘のヒラク・モレス第四王女である。


「構いませんよ。自立する手伝いは長い目で見れば私達の為にもなります」

「そうじゃぞ」

「まっ。でも、短い目で迷惑なのはこちらですから」


 物怖じしない性格らしい。


「確かに、そうじゃの。いや、これは形なしじゃの」とアーラス王。


 どこか嬉しそうだ。


「でも、支援したくなる盟主様だからこそ協力もするのですよ?」

「はい。ありがとうございます。私も、おじい様大好きです」とヒラク王女。

「いやっ。っははははは」


 かわいい孫がいて良かったね~アーラス王。


 ふと、膳を見ると見覚えのあるものが。


「このデザートは?」あんみつ?

「あんてんです」とヒラク王女。

「あんてん? ああ、甘い寒天かな?」


「はい。寒天を御存じなのですね?」


 ヒラク王女は、ちょっと驚いた表情をした。


「ところてんを凍らせて作った寒天でしょ?」


 俺は少ない知識をあさって聞いてみた。


「ところてん?」

「それは、こころてんの事じゃろ」とアーラス王。


「ああ、心天っていいますね」

「あ、そうなんだ。良く知ってますね?」とヒラク王女。


「あ、物知りリュウジだっ。でもこれ美味しいね」


 ニーナも話題に入ってきた。異世界の話だって分かってるくせに。


「うふふふふっ」


 いや、心読んで笑わないようにねアリス。


ー ごっめ~んっ。


「ほんと、美味しいわね。食感も楽しい」イリス様もお気に入りらしい。

「なかなかお目にかかれない代物なのでびっくりです。こころてんを凍らせて乾燥させるのは条件が厳しいみたいだし」


「うわ~っ、良く知ってますね。作ったことあるんですか?」とヒラク王女。

「いや、流石に食べる専門です。そうか、寒天があるなら取引したいなぁ。これ、研究にも使えるんだよね、クリスさん?」


「あっ、は、はい。そうですね。培地ですね?」食べてる最中にごめんなさい。


「うんそう。使ってないなら、使ってみよう」


 微生物の研究に使う寒天培地は元々日本産の寒天だったはず。


「なんだかわからないけど、かんてんって売り物になるんですか?」


 ヒラク王女は意外な顔で言った。


「えっ? もちろんですよ」

「おじいちゃん! 売れるって!」

「おお、良かった。売れるものが出来た」


「え? 今まで売れなかったんですか?」

「はい。私たちは食べますけど、買ってくれる人が少なくて」

「とりあえず、寒天なら乾燥した状態で長く持つので、あるだけ買いますよ」

「おおっ。ありがとうございます」


 確かに、寒い北風で凍らせて乾燥させるから、この国にうってつけの商品かも。


「後は、あの湿地帯の使い道があればのぉ」


 どうも、アーラス王の懸案事項らしい。


「私は、花が沢山咲いて綺麗だから大好き」とヒラク。

「花が咲くんですか?」

「そう、夏になる頃には一面が花畑になるの」


 ほ~っ、湿地帯で花畑か。サロベツ原野みたいな感じかな?


「香りのいい花なら、香水の原料になるんじゃないかな?」

「香水に?」

「あとは、花びらを集めて匂い袋にするとかね」


「きゃ~っ、リュウジっぽくない話してるぅ」とニーナ。何その突っ込み。

「あ~、まぁ、素人考えだけど」


「あら。いいと思いますわ」イリス様の賛同いただきました!

「我もいいと思うのである」ウリス様まで?

「花は絵にしてもいい」エリス様のおっしゃる通り。

「ふふふっ」アリスの謎の笑い。


「ホントに? 香りのいい花を集めて、乾燥させたものがあるんだけど、持って来ていいかな?」とヒラク王女。

「おお、是非見せてほしい」

「はい! じゃ、ちょっと待っててね」


 ヒラク王女は元気よく出て行った。


「あれの、趣味なんですよ。いや、あれの亡くなった母親の趣味なんですが」


 出ていくヒラク王女を見送ってアーラス王が、そっと教えてくれた。


 ヒラク王女が持ってきたドライフラワーはラベンダーによく似た香りと色の花だった。これは普通に売れるだろうと言ったら、凄く嬉しそうに笑った。きっと二重の嬉しさなんだろう。


  *  *  *


 翌朝、良く晴れていたので拘束フィールド銃を持って海まで出かけた。

 ライフルのように長い銃の形の魔道具だが、先端から拘束フィールドを展開する。これを浜から打って、魚が獲れるかどうかを試してみるのだ。


 天気は晴れているが、寒い風があって波はやや高かった。


「よし、最大射程で拘束フィールドを打つぞ。そのままみんなで引き上げるからな。ロープを握って待ってて」


 銃床から伸びるロープを皆に持ってもらった。


「「「「「「「了解」」」」」」」


 返事がいいのは侍女隊だけだった。

 まぁ、ここにいるメンバーはみんな自力で拘束フィールドを打てる人ばかりなので、特に目新しいことをするわけではない。約一名を覗いて。


「早く! 早く打ってみて!」


 ヒラク王女だけは、めっちゃ期待して待ってる。


「よし。いくぞ」


 俺は、沖合の深そうな場所を狙って銃を撃った。


 バシューーーーーッ


 拘束フィールドは海中深く伸びていった。もちろん網として広がるのだが、最大射程なので直線的に伸びたあと最後に広がる。


「よし、こんなもんだろ。引き上げるからロープをつかんでて。引っ張らなくてもいいから」


 俺は、拘束したままフィールドを引き寄せた。ぐっと重みが増す。かなり魚が掛かってるようだ。


「おお、結構入ってるぞ」


 引き寄せると、水面下でうごめいているのが分かった。さらに、近くまで来ると水しぶきが上がる。


「きゃ~、魚がいっぱいいるよ~っ。うっそ~」


 海中に見えて来た拘束した魚をみてヒラク大興奮。そりゃ、魚だらけだからね。漁師でも無けりゃこんなシーン見たことないだろ。

 海から出て来たタイミングで俺は浮遊ボタンを押して浮かせ、そのまま用意した荷車に放り込んだ。

 一回で荷車が魚でいっぱいである。


「うそ、もう荷車いっぱいになっちゃった。すっご~い」

「ほら、一回やっとくか? 荷車あと一つだし」

「うん、やる。教えて」


 俺は、拘束フィールド銃の扱い方を教えた。

 まぁ、ヒラク王女じゃなくて普通の漁師に教えるべきという気もするが。隣にいる侍女もヒラク王女の長い髪を束ねたあと真剣に覗き込んでいた。後で聞いたら侍女は漁師の娘だった。

 なるほどね。どっちしても、拘束フィールドの扱い方は難しくはない。魚に引かれて海に落ちないように気を付けるだけだ。


 ついでなので、飛行船から拘束フィールドを出して新しい魚もゲットした。今回も、大漁である。


 拘束フィールド銃と当面使える量の魔石を置いて、俺達は西岸同盟を後にした。

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