第105話 南北大陸へ-雪と氷の国/ヒュシバル王国2-
パルス王国御一行の思惑はともかく、飛行船は目的地ヒュシバル王国王都ピシスにゆっくりと降りて行った。
遠目では真っ白なだけで森と見分けがつかなかった。
流石に近くまで来れば多少分かる筈と期待したが無理だった。街の入り口と思われる場所に飛行船を着陸させたのだが、誰も出てこない。監視していないのだろうか? これだけ珍しいものが来たというのに関心がないんだろうか?
無反応なので、飛行船から空に映像を投影して拡声器で呼びかけてみたが、それでも反応がない。おかしい。
「誰も出てきませんね」とピステル王。
「まぁ、怪しい奴が来たと思って様子を見てるのかも知れんな」とヒュペリオン王。
俺は神眼と神透視で衛兵が隠れているのは知ってるんだが、どういうつもりなのかは探っていない。
「まぁ、いいか。とりあえず昼時なので飯でも食おう。ついでだから食べてる様子をスクリーンに表示してやろう」
「リュウジは鬼か」ニーナ酷い。
「リュウジは鬼なのだ」ウリス様までですか。
「リュウジ怖い」ありがとう。
「そう言えば、我も目の前で飲み食いされた覚えがあるな。あれは悔しかった」ミゼールだ。恨んでるのか?
「それ、羨ましかったの間違いじゃない?」とニーナ。
「そういや、北洋王国で貰ったタラバっぽいカニがあったな。あれを食べよう」
* * *
と言うことで、真っ白な雪原に投影されたスクリーンには、カニ三昧の宴会の様子が映し出されることになった。
これを見張っている衛兵は何を思うだろうか。
「じゅるり。おっと、あいつ等いったい何者なのだ! しかも、俺達の前で宴会を始めるとはどういうことだ! こっちは空きっ腹だというのに」とある衛兵。
「全くだ。一つよこせっ」と別の衛兵。
「違うだろ。全部よこせだろ」
「旨そうだよなぁ、あのカニ。最近漁に行ってないから食ってないんだよなぁ」
「そりゃな~っ、病人ほっといて漁に出れねぇからな」
そこで、俺はアナウンスする。
「あ~、もし。もしだが。もし、これを見てて、宴会に参加したい人がいたら、いつでも歓迎するぞ。俺達は親善のために来たんだ。黒青病を治療する特効薬を広めるために来た。もし、話を聞きたいならいつでもいいぞ」
「お、おい。今の聞いたか!」
「ああ、あれが本当なら、すぐにでもカニを食べるべきだ」
「カニじゃねーだろ。特効薬だろう。特効薬を貰うべきだ」
そうは言ったが、誰も動かない。
「よし、俺が毒味をして来てやる。ちょっと待ってろ」
「お前、絶対カニ食って帰ってこないだろ。カニフリークとか言ってたよな!」
「しょうがねーな。じゃーみんなで行くか」
ということで、やっと衛兵たちが出て来た。
「あちゃ~っ、あいつらなんで勝手に持ち場を離れてんだ? そんな上手い話、あるわけねぇだろ~」
衛兵たちよりも後方で指揮を取っていた上官が嘆いた。だが、何時まで経っても帰って来ない。
ふと見ると、スクリーンに現れてカニを食べ始めた。おまけに酒まで飲み始めた。
「あいつ等、ふざけんな~っ。俺にもよこせ~」
と、めでたく監視していた衛兵全員が飛行船の宴会に。
そして約一時間後、すっかり出来上がった衛兵たちは大量のカニと特効薬を手土産に帰って行った。
そして、さらに待つこと三時間ほど。そろそろ特効薬が効いた頃だと思っていたら、案の定出て来た。
聞いてみたら、やはり北洋王国同様に黒青病で大騒ぎしていたようだ。
「この度はカニ……いえ、特効薬を御提供いただき、まことにありがとうございます。この御恩は一生忘れません」
カニの御恩らしい。北洋王国で貰ったカニは、ここで全部提供した。まぁ、長期保存は難しいしな。
もともと海が凍って漁に出られなかったようだが、さらに黒青病で人手が無くなり飲まず食わずといった状況だったらしい。どうも、様子を見ていたというより動けなかったようだ。
* * *
カニ以外にも食料を提供したいところだが、流石に街の住民全員分の食料は持ち合わせていない。そこで、急遽飛行船で漁をすることにした。
魚さえいれば拘束フィールドで捕まえ放題だからな。凍った海にエナジービームで穴を開け、拘束フィールドを投入して引き上げる簡単なお仕事です。
半信半疑で俺たちの様子を遠巻きに見ていた住民も、厚い氷を撃ちぬいた時は感嘆の声を上げていた。
しかも、この北の海は魚の宝庫だった。
拘束フィールドを下してすぐ引き上げただけなのに、魚でいっぱいなのだ。まさに大漁だ。
ということで、唐突に住民総出の雪原での魚のつかみ取り大会になった。
何度か往復したら、もう要らないと言われた。まぁ、冷えてるし傷みも無く、長く美味しく食べられると思う。
* * *
何もないように見えた首都ピシスだが、実は俺達が雪原と思っていた下に街が広がっていた。そう、まるで地下都市である。
氷の下の地下都市だったのだ。長年積もった万年雪が氷河のようになっていた。見つからない筈である。街の門のように見えたのは鐘楼だった。後は衛兵が監視している尖塔が雪原から出ているだけだ。
まさしく、驚異の氷の国だった。
大陸評議会参加の宣言は、街の唯一の広場にパノラマスクリーンを展開して住民たちに見てもらった。
地下都市なので、流石に天馬一号は飛べないので無害化魔法共生菌の散布は衛兵に渡して配って貰った。流石に、この時ばかりは歓声が地下都市に響き渡った。
歓迎の宴会では、採れたばかりの魚を使った料理が振る舞われた。
「いや、まことに驚くばかりで何と言ってよいのか言葉も見つかりませんが、使節団の皆様には感謝しかありません」
もう何度目かになるシュベール・ヒュシバル国王から感謝の言葉を貰った。派手な感じはないが朴訥として誠実な印象を受けた。
ヒュシバルの人々は、北国特有なのか色白の人が多い。
特に、氷の下にいて太陽の光を受けない人たちは際立っていた。逆に漁のために出ている人は日焼けしているので分かりやすい。
もっとも、色白と言えば女神隊も負けてない。逆にそのせいで仲間と思われたのか、この国の王女達が楽しそうに会話していた。
「この後は、どちらへ向かわれるのですか?」
楽しそうに笑う王女たちを、微笑ましく眺めていた国王が、ふと思い出したように言った。
「はい、このまま真直ぐに南下する予定です」
「とすると、西岸同盟ですか」
ちょっと、シュベール王は難しそうな顔をした。
「何か、問題でも?」
そんな顔をされれば、聞かざるを得ない。
「あ、いや、かの地も、我らと同様裕福ではありませんからな」
聞くと耕作には不向きな湿地帯が広がっているとのこと。まぁ、適した作物と言うものもあるとは思うのだが。
ヒュシバル王国については拘束フィールド銃という魔道具を提供したので、当面は漁で何とかなるだろう。そのうち飛行船が就航すれば海産物で交易も出来るし、今後は少し期待が持てると思う。
ちなみに、海から引き揚げた中には魚だけではなくタラバガニもどきも沢山いた。そりゃ近い海だからな。で、提供した以上に収穫してしまった。
翌日俺たちは、大量のタラバガニもどきと共に南の西岸同盟を目指して発進した。
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