第101話 南北大陸へ-農業国ステル国-
俺達はモニ王国を出て南北大陸を南北に走るロキー山脈に沿うように北上した。
その後、海岸線に沿って北東に五百キロメールほど進むとステル国の首都パピルへと到着した。
パピルは二本の川が合流して出来た海のような大河のほとりに出来た街だった。
直ぐに海へと注いでいるが湾ではない。このため、漁業よりは農業が主体の街であり国であるようだ。
政治形態は村の代表が集まって協議する合議制のようなものらしい。毎年首長が選ばれるらしいが、何年も続けることもあるとのこと。
これらは隣国のモニ王国からの情報だ。
街の周囲には一応の壁が築かれているが、あまり堅牢ではなく周囲の水田に直ぐに出られるように彼方此方に門があった。壁の代わりに防風林でもいいのかもしれない。建物は木造主体で、あえて言えば明治時代の日本の家屋風で、しっかりした造りのようだ。
水田は、もちろん稲作である。
これを待っていた。中央大陸にもナミア王国のように米を作っている国はあるが生産量は少なかった。
だが、この国の場合は主食として大量に生産していた。量を確保できることもあるが、米にまつわる食材などもあるに違いない。
そんな期待を胸に訪れたのだが、事態はかなり深刻のようだった。黒青病のことだ。
かなり蔓延しているらしい。訪問理由を伝えると、大陸評議会と魔法共生菌防衛体制への参加は即時決定された。それどころか、とにかく出来ることがあるなら直ぐにやってほしいと懇願された。
そこで、俺達はまず特効薬を街のあちこちの診療所に提供し、同時に飛行船を飛ばして無害化魔法共生菌の散布を開始した。
散布は、この街を起点にらせん状に拡げていった。もっとも、転移を使った魔道具なのでそれほど時間がかかるわけではないし、らせん状に移動する必要もない。半分は住民のためのデモンストレーションなのだ。
* * *
昼飯前には特効薬の配布と無害化魔法共生菌の散布が終了した。
さすがにこれには驚いていた。こちらのスタッフも慣れてきて早いという事情もある。
午後からは、いつものようにビデオ映像を投影しながら大陸評議会参加宣言と七人の侍女隊による無害化魔法共生菌の街中への散布を実施した。
ビデオ配信中に特効薬が効いたという報告が続々と入り、これを聞いた住民は通りへと出て来て散布中の霧をその身に受けつつ大声で歓喜の叫びを上げた。一部住民は侍女隊の天馬一号を見上げてお祈りを始める始末。この時は、本当に来てよかったと思った。
* * *
住民の反応を見るに、さすがにちょっと演出過剰だった気もした。
だが、それだけ心労が重なっていたのかも知れない。
米の国に蔓延するとは許せん。それでも作付け前に無害化魔法共生菌の処置ができたことは良かった。これで労働力が回復して例年のように米を作れるだろう。
そんな話をしたら驚かれた。
「そんな風に、お米を大事に考えて貰えるとは驚きました。中央大陸でも作られているのですか?」
歓迎の宴席で現在の首長アスタ・ヒビキさんにそう言われた。
ステル国の家屋は日本のように高床だった。古い日本の家屋と同様に階段状の上がり端になっている。広間には畳とは違うようだが厚い敷物が敷いてあった。畳に似て清潔感があった。
こんな国だから黒青病もこの程度で済んでいるのかも知れない。この調子だと他の国が気がかりだ。
「中央大陸では、あまり作っていないんですよ。でも俺が大好きなので、俺の影響で最近消費が増えています。それで、是非貴国とも米の取引をさせて頂きたいと思っています」
「それは、願ってもない事です」
米粒自体は、いわゆるジャポニカ米と長粒種の中間的なものだったが炊いた感じはジャポニカ米に似ていた。これなら、おにぎりが作れる。というか、実際おにぎりを作っているようだった。
もちろん、イカ焼きのタレに使っている醤油もどきや味噌も仕入れた。味噌から作ってるから醤油だよな。塩油と言っていたが。懐かしの味ゲットである。
「こちらは、タイになります」
「おお、タイもいるのか。って、名前もタイなんだ」
「あら、お気に召しました?」
こちらは首長の娘でヒスイさん。この国の人は、黒目黒髪の人が多くて思いっきり和風なんだが、アリスの影響かどことなくアリスっぽくてハーフみたいな印象がある。
ー なに? いけない?
ー いや、そうは言ってない。あちこちで、アリスちゃんっぽいなぁと思っただけ。
ー アリスちゃんっぽいって。
ー だって、一番の美女はアリスなんだろ?
ー ああ、そうね。確かに、健康美の頂点的な効果はあるみたいね。
ー なるほど。俺は好きだよ。
ー ふふふっ。あ、ほら、ヒスイさんが不思議そうな顔しているよ。
ー おっと。
「香りも良く旨いですね」
当然、酒も日本酒っぽくて、ちょうどいい組み合わせだ。
「まぁ、それはよう御座いました」
なんか、古風なしゃべり方だが、十七歳だそうである。ミゼールと同じか。地球で言えば、大体二十歳くらいだな。
「この国には、俺の好みの味や物が多くて驚いてます」
「ほう、そういえば、リュウジ殿という名もステル国風ですな」と首長。
そうなんです。でも国名の『ステル国』は和風ではないと思うけど。
「もしかすると、先祖は近いかもしれませんね」
「ははは。なるほど。それは面白い」
うん、まぁ、言語圏が一緒っていうか霊界神界は繋がってるからね。
「ほんとに、いい香り」
パルス王国のフィスラー妃も気に入ったようだ。
「そうね。お酒も良く合いますが、これだとカフェムよりも先日リュウジ王に頂いたお茶も合いそうですわ」
「マレイン妃、さすがですね」
パルス王国の晩餐で紹介したお茶を気に入っていたようだ。だが残念なことに、この大陸には緑茶がないのだ。
「おお、そうなのですか? それは是非試してみなければ」
アスタ首長が食いついたので、飛行船から取り寄せようかと思ったら既にバトンが用意していた。
「こちらに」とバトン。出来る男は違うな。
「うん、ありがとう。どうぞ、これがお茶です」
「おおっ、すまぬ。ほう。なるほどこれは。タイの香りと見事に合いますな。驚きましたぞ」
「いい香りですね。是非取り寄せましょう、お父様」ヒスイ嬢も気に入ったようだ。
「うむ。そうだな。我が国に是非取り入れよう」
「いくらか持って来ていますので、お分けしますよ」
「おお、かたじけない」
かたじけないんだ。江戸時代風だな。まぁ、同じ言語圏なんだから、逆にもっと日本風でも可笑しくないんだけど。
今後の交易が楽しみな国を黒青病から救済して友好関係を結べた。これだけで来た甲斐があったというものだ。
もう少し滞在してみたいが他の国の状況も気がかりだ。俺達は、急ぎ次の北洋王国を目指して北上することにした。
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