第100話 南北大陸へ-城塞都市国家モニ-

 翌日、俺達はマッセム・モニ王子御一行約二十名程と、パルス王国ヒスビス国王と従者約二十名程を伴って飛行船に乗り込んだ。


「まぁ、なんと美しい船でしょう」飛行船を見たヒスビス王の第一妃のマレインが驚きの声を上げた。

「ほんとうに、高貴な乗り物ですこと」こちらは第二妃のフィスラーである。


 ヒスビス王が比較的若いので二人の妃ともに若かった。昨日の晩餐会の席で、この飛行船に乗ってモニ国へ行くと話した途端、自分たちも付いて行くと言い出した。まだ好奇心旺盛な年頃のようだ。第一妃は第一王子セルビスを連れている。もちろん特別客室に案内した。

 またこのとき俺がカフェムを大量に買い付けたいと申し出たので、追加でコーヒーの木を作付けることになった。コーヒーの木は地球と同じで高地で栽培される。パルス王国では青竜山の山腹で育てているとのこと。大陸の端にあった、あの三千メートル級の山がそうらしい。


  *  *  *


「素晴らしい空の旅ですな。こんなに優雅な乗り物とは思いませんでした」

 展望席に出て来たヒスビス王が感嘆の声を上げる。

「この最新式になってからですよ。それまでは、大騒ぎしていたものです」これは、聖アリステリアス王国のヒュペリオン王だ。実は彼もカフェムを気に入ったようで、俺と同じくしこたま買い付けて倉庫に積み込んでいた。固い皮のあるパーチメントでは直ぐに飲めないので脱穀済みのものにした。大量に輸入するなら脱穀機も必要だろう。


 無害化魔法共生菌を散布しつつ飛行しているので速度はゆっくりなのだが、それはコーヒーの木を植え付ける場所を見るためでもある。魔道具による散布は嫁達が順に担当している。

「あの、中腹当たりです」ヒスビス王が指さす当たりを見ると、確かに整然と等間隔に植えられたコーヒーの木があった。

「あの高さでもう少し幅を広げて作付けする予定です」

「あのくらいの高さでないと育たないのでしょうか?」これはピステル王だ。彼はカフェムを自国で育てたいとのこと。苗木を何本か貰って部屋に置いている。

「そうですね。温度差も必要なようです」とヒスビス王。

「なるほど。難しそうですね」

「飛行船が行き来するようになれば技術者を派遣できますよ」

「それは、楽しみです」


 ぐるっと青竜山を回った後、モニ国へ向かった。


  *  *  *


 パルス王国から湾の海岸伝いに三百キロメートルほど南下してから東に転進し、さらに二百キロメートル程のところにモニ王国はあった。実際には逆方向にある青竜山を回ってきたので、七百キロメートル程の距離だったのだが一時間程度で到着した。

 パルス王国の面々もモニ王国の面々も呆然としていた。いや、景色がまさに飛ぶように変わっていたので、驚異的な速度なのは分かっていたようだが実際に到着してみると、また違った驚きがあるようだ。


「わたくし、何泊かするつもりでおりました。まだ、衣装を解く前で良かったわ」なるほど。確かに女性陣は大変ですよね。

「いや、本当に今日到着するとは」本格的に飛び始めて一時間ですからね。

「地形が良く分かっておもしろいですね」モニ王国マッセム王子は、さすがに若いだけあって面白い視点だ。上空から、持っていた地図を修正していたほどだ。こやつ出来るな。


 飛び立ったパルス王国は大陸の西側だが、モニ王国の首都は東側の海沿いにあった。モニ王国があるのは、大陸の幅が一番狭くなっている場所なのだ。城塞都市国家モニは、その東の海に面した小さい港街だった。


 ここは緩い湾なので比較的波が荒く外海に近いようだ。このため漁業の街というほどでは無く、カフェムの栽培など農業のほうが盛んなようだった。


 ただ、モニに到着したのはいいが、ひと悶着あった。上空から降りて来た飛行船を怪しんだ衛兵たちが高い城壁の上から矢を放ってきたのだ。これは、ありうると思っていたので問題はないのだが、王子が恐縮してビデオ投影での呼びかけに王子自ら参加してくれた。


「衛兵達よ、しばし待て。私だ、マッセム・モニだ。黒青病の特効薬を手に入れた故、パルス王国より急ぎ帰って来たと父上に伝えよ」

 王子の後ろに一緒に映っているのがパルス王国のヒスビス王なのも分かり、さすがに納得したようだ。ま、巨大化してる点を除いて。

 それでも、いきなり城塞都市上空へ行くのは止め、門外にゆっくりと着地した。


 しばらくすると門からモニ王国のイェルメス国王以下二十名程の代表団が出て来た。


  *  *  *


 王子と予め話していたこともあり、話はすんなりと進んだ。ここでも、黒青病の特効薬の話は大きな驚きとともに感謝された。大陸評議会参加や魔法共生菌防衛体制参加も全く問題は無く、すぐさま承認された。もちろん同時に特効薬の即時提供を嘆願された。

 特効薬は効果が早く、その効果をパルス国でヒスビス王が見ていることもあり直ぐに処方されることになった。マッセム王子が熱望するだけあってモニ国のほうが感染は酷かったようだ。


 そんな事情もあり、大陸評議会の参加セレモニーは到着当日に実施された。到着した時間が早かったこともある。昼食前にはセッティングが完了し、パルス王国と同様のセレモニーが繰り広げられた。ここでも、大きな驚きとともに七人の侍女隊は大人気となった。城塞都市内にも無害化魔法共生菌を散布したので、人々は歓喜のうちに通りへと繰り出してその体に無害化魔法共生菌を受けていた。これで安心出来るというものである。


  *  *  *


 モニ王国でも今はカフェム祭とのことだったが黒青病のせいで盛り上がれなかったようで、無害化魔法共生菌を散布後は我慢していた分もあり大騒ぎになった。俺達の歓迎式典とカフェム祭りが一緒になってわけが分からなくなっている。また、時間がたつにつれて患者が回復したとの知らせも入りボルテージは上がりっぱなしだ。まぁ、もともと南国特有の明るい人たちだったのだろう。これで、元に戻れたというわけだ。


「おい、見たかあの空飛ぶ船。飛行船って言うらしいぜ」

「ああ、天界からの使者らしいじゃねぇか。特効薬を持った女神様のお使いじゃねぇのか?」

「ちげぇねぇ。俺っちが祈ってたかんな。女神様の思し召しってぇこった」

「やっぱ、やさしい女神様にすがるしかねぇよな」

「んだな。おらたちの村じゃ、昔っからあの女神様だぁ」

「そいつぁ、てぇしたもんだ。俺っちも、負けてらんねぇな」


 とりあえず、色んな所から人が集まっているようです。


  *  *  *


「なんだか、楽しい街ね。いろんな文化が混じった感じなのは、大陸の中央だからかしら?」ちょっと街を歩いてみようと、ニーナ達と夕方の街に繰り出した。

「言葉もいろいろだけど、衣装もそれぞれね。面白いわ」セシルが珍しく食いついている。

「先ほどのカフェムダンスも楽しいし、民族衣装も独特ですわね」アルテミスはやはりダンス関係が気になるようだ。

「わらわは、このイカ焼きが気に入ったのじゃ」そう、これは俺も驚いた。ほぼあのイカ焼きなのだ。パルス王国にはないそうなので、大陸北部の北洋王国から来た人たちが伝えたものらしい。ただ、醤油らしき味付けは隣の農業国から来たものらしいが。

 両国とも、ちょっと楽しみだ。


「ねぇリュウジ」ニーナがふと思い出したように言った。

「うん?」

「リュウジがカフェムを知ってるのって、自分の……その、故郷で飲んでたんでしょ?」

「ああ、そうだな。中央大陸にはないからな」

「そこでも、流行ってたの?」

「うん、基本はお茶なんだけど、コーヒーも……カフェムのことだけど、かなり飲んでたな。もちろん産地は別の国なんだけど」

「そうなんだ。リュウジ、故郷の事あんまり話さないよね。たまには話してもいんじゃない?」ニーナはそんなことを言った。

「ん? ああそうか、バレないようにしてたからニーナ達はあまり知らないか。あ、でもアリスがタブレットで見せてるのは全部俺の国だから」

「あ、あれがコーヒーだったんだ! やっと分かったわ!」アリス、やっと思い当たった模様。そりゃ、出てくるよね。

「そうね。そう言えばコーヒーって言ってたわね!」イリス様もよく見ておいでですね。

「我は、焼酎という強い酒が所望だが」そう来たか。

「あ、そういえば、焼酎にコーヒー豆を漬け込んだ酒ってのもあったなぁ」

「なに! それは飲んでみたいのぉ。どこかに焼酎はないのか?」とウリス様。

「まだ、見つけてないですね」

「残念である」

「私は、リュウジが見つけた時に何が起こるか心配だけど」エリス様、期待しすぎです。あれ? 起こせなくもないか。蒸留酒ないもんな。


  *  *  *


 帰りにはモニ王国のモニ・カフェムもしこたま仕入れた。というか、買い付ける前に山積みされた。毎年タダで贈りたいとか言い出したので、さすがにそれは断りそれよりパルス王国と同様に作付けをお願いした。こちらは、パルス王国より土地の面積があるらしく期待できそうだ。一旦、味を知れば中央大陸全土の需要が凄いことになる筈なのでいくらでもお願いしたいところだ。


 翌日、パルス王国御一行を送り届けて大陸の北へ旅立とうと計画していたら、ヒスビス王が自分達も一緒に連れて行ってくれと言い出した。もともと、一週間程度の旅程を考えていたとのことでこのまま同行できるとのこと。この大陸の王族が居るのは助かるので了承した。


 パルス王国御一行を送り返すなら大陸の西側を北上する予定だったが、一緒に来ることになったので、モニ王国から大陸の東側を北上することにした。北には農業国のステル王国がある。南北大陸は背骨のように走るロキー山脈によって東西に分断されていた。

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