第102話 南北大陸へ-北洋王国1-

 ステル王国の首都パピルからロキー山脈に沿って五百キロメールほど北上すると、北洋王国の首都シーシュが見えて来た。

 もう四月とは言え、この地はまだ寒い。山脈の山は雪に覆われたままだ。さすがに平野部の雪は減ってきているようだが春はまだ来ていない。


 北洋王国は漁業の国だ。首都のシーシュはやや小さいが湾になっていて、大河が流れ込んでいることもあり近海の魚影は濃いとのことだ。


「我が国が輸入する海産物の半分は北洋王国からのものです」とヒスビス王。展望室で寒々とした景色を眺めつつ教えてくれた。

「これだけ離れていても質のいいものが多いのです。これで、飛行船が就航したら飛ぶように売れるでしょう」


「あなた、それでは魚が居なくなってしまいますわ」とマレイン妃。


 確かに、採り過ぎたらマレイン妃のいう通りになる。特に「根付き」という近海に住んでいる魚は河の栄養で生息数が決まっているから要注意かも。


「その通りですね。マレイン妃の博識ぶりには恐れ入ります」

「あら」

「ほう。しかし、それが分かる貴殿にも恐れ入った。マレインは北洋王国の出身なのですよ」逆にヒスビス王に驚かれた。


「なるほど。それで、タイのときも」

「ええ。タイは私の好物ですので。逆に、リュウジ殿がお好きと聞いて驚いてます」

「恐れ入ります」


 意外と下手なこと言えないな。カニも好きだし。


  *  *  *


 昼頃、北洋王国の首都シーシュに到着した。

 到着して分かったことだが、やはり黒青病はステル国以上に深刻だった。六割ほどの子供たちが患っていて、国は対応に苦慮していた。国全体としては、なんとか持ちこたえているといった状況らしい。

 このため、俺達の訪問は大いに歓迎され、すぐさま特効薬の配布を行うことになった。いつもと同様にパノラマ映像で事態を説明し、侍女隊によって街の上空から無害化魔法共生菌を散布した。これで、これ以上の被害の拡大は防げるだろう。


「感謝いたします。マレイン妃」北洋王国国王アレストル・ラムスは両手を握って礼を言った。

「いえ、それは中央大陸からいらした使節団のみなさんに。わたくしは間を取り持っただけです」

「本当に、ありがとうございました。お陰でこの国は救われました」アレストル国王は振りむいてピステルの手を取って言った。


 この時には、患者が回復に向かったという知らせが街のあちこちから寄せられていた。


「はい、私たちも来た甲斐がありました」ピステルはアレストル国王の手を強く握って答えていた。


 患者の回復の報をビデオ映像で見て、街は湧きかえった。北洋王国はさっそく情報発信を始めたようだ。


  *  *  *


 そんなわけで歓迎の晩餐も、どこか狂気じみた騒ぎになっていた。


「いや~、文化交流代表団の方々は、まるで女神様のような美しさですなぁ」

「いや、それほどでも」ありますね。言えないけど。

「お姉ちゃん、ちょっとこっち来て酌してくれよ~っ」あ~、止めとけ~。一族滅ぶぞ~。

「ほほほっ。だめよ。わたくしの尊敬する方々にそんなことをお願いしては」どうもマレイン妃は、彼女たちの素性に勘付いている模様。そりゃ~、大陸連絡評議会を代表する王様達がへこへこしてるからね。


 マレイン妃の気迫に大臣も気付いたようでウリス様に平謝りしたのだが、当のウリス様が聞いてなかったようで事なきを得た。

「はっはっは。そんなことより、酒なのだ~」とウリス様。


「あっ、こちらにタイのお造りを一つちょうだい」とマレイン妃。

「ん? 我は、このカニが痛く気に入っておる」とウリス様。

「あらまあ、このカニも北洋王国の特産品なんですのよ。では、もっとお持ちしましょう」とマレイン妃。

「うむ。くるしゅうない」おいおいっ。


 ということで、ウリス様の周りはカニと酒で大変なことに。


 こうして晩餐は和やかに進んでいった。


  *  *  *


 宴も終盤、飛行航路の話をしていたら、この国の西の端に大きな湖があるとのことだった。名はキシカカ湖といい、今も厚い氷が張っているとのこと。


「まだ、厚い氷が張っていて、歩いて渡れます」とアレストル国王。ほう。湖の氷か。

「もしかして、スケートとか出来ますか?」俺は聞いてみた。

「すけーととはなんでしょう?」アレストル国王は知らないようだ。

「私も、存じません」マレイン妃も知らないようだ。


「足の下に、ナイフのような物を付けて氷の上を滑る遊びです」なんとか説明する俺。

「ふむ。存じませんね」とアレストル国王。

「えっ、スケートできるの?」横から椎名美鈴が食いついてきた。

「多分ね」

「滑りたい! 私、これでも上手なのよ」そうなんだ。


「なになに? ミスズ、すけーとってなに?」ニーナも食いついた。

「め……お姉さま達集合」ちょっと危なかったな。


「はいは~い」とアリス。

「なにかしら?」とイリス様。

「なんなのだ?」とウリス様。

「なにか?」とエリス様。


 女神隊四名、集結完了。


「リュウジが面白い遊びを教えてくれるって!」え~っと。

「あ、ごっめ~んっ。靴がないよね?」さすがに美鈴が気が付いた。そうそう。

「何々? 道具が必要なの?」と、さらに女神キリスも来た。

「どんなもの?」女神カリスまで。こうなったら仕方ないな。

「えっと、氷の上を滑って遊ぶ道具で、しっかりした靴の下にナイフのような一本の棒を付けたものが必要なんです。慣れるとかなり早く滑れます」

「あれ、それどっかで見たなぁ」ああ、別の世界ならあるか。実際、女神キリスは知っていた。遊ぶなら用意してくれるとのこと。


「じゃ、ちょっと遊んで行こうか?」

「それ、是非私にも教えてください」フィスラー妃が食いついた。

「あら、では私もやってみようかしら。お願いしても?」マレイン妃も。

「ええ、大丈夫ですよ。王様たちもどうですか? 厚い服を着てれば転んでも大丈夫です。あ、治癒師も居ますので、痛いのは一時的です」

「ほぉ。では、私も参加しましょう。妃たちだけでは後で何を言われるか分かりませんからね」とヒスビス王。そういう理由ですか。でもヒスビス王はまだ若いので直ぐ覚えそう。

「たぶん、若いので出来ますよ」

「おお、それは楽しみだ」

「そうなると、この国の王が尻込みできませんな」アレストル国王までやる気になった。まぁ、まだ大丈夫だろう。


 そんなこんなで、翌日は代表団と王族を連れて、氷結したキシカカ湖へ向かうことになった。

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