第72話 シスター椎名美鈴
椎名美鈴の話は長くなるということで談話室にお茶や水も用意した。
女神様と研究所の使徒たちは全員やって来た。そしてお茶を配り終わって静かになったところで美鈴は話始めた。
「私が、この世界に召喚された時は、まだ高校生だったの。高校二年、こっちの年齢だと十五歳くらいかな? そんな私を召喚するなんて、どうかしてるって思った」
美鈴は、こう切り出した。確かに。どんな検索条件を設定したんだよって話だな。
「衰退の原因調査だから、全般的な知識と柔軟な頭脳って事を条件に検索したみたいだけど、高校生じゃすぐに壁にぶち当たっちゃった」
そうだよな。
「医学の知識があれば全然違ったのにって何度も思った。あ、高校生って私の世界の教育機関で一般的な教育をするところ。専門分野の教育はまだ始まっていない段階ね。あくまでも私の世界の基準でだけど」
美鈴は俺達の世界の補足を加えながら説明した。
「そういえば、あなた言ってたわね。『理科年表』を『異世界召喚用緊急持ち出し袋』に入れてる奴いないかな~って」アリスが思い出して言った。
「うん、絶対いると思ったのよ。異世界召喚って流行ってたしね。あと、召喚に条件を付けてる偉そうな奴。ほいほい召喚される奴じゃだめだもんね!」
偉そうなってなんだよ。てか、あれは遠回しにお断りしてるんだけど?
それにしても……。
「あ~っ、細かいこと突っ込んで悪いんだが」
「何かしら?」と美鈴。
「異世界召喚用の緊急持ち出し袋はともかく、なんで『理科年表』なんだ?」
「え? そりゃ、科学の歴史が詳しく分かれば医学的な情報も得られるでしょ?」
「あ~っ。そう来たか」
「なにか?」
「残念だけど、そんな情報ないぞ」
「ええっ?」
「お前、理科年表なんて何処で知ったか知らないけど科学の歴史なんか書いてないからな。あれ」
「どういうこと?」
「ああ、そう勘違いする人はいる。でも、あれは『歴史の年表』じゃないんだよ」
「じゃ、なんなのよ」
「はぁ。あれ、どこが出してるか知らないだろ? 国立天文台が出してるんだよ」
「天文台……」
「うん。国立天文台が毎年発表する、暦とか月齢とか潮の満ち干の時刻なんかが書かれてるんだよ。それで『年表』なんだよ。おまけで物理化学とか生物の解説もあるんだけど、薬学や医学は抜けてるな」
「うそ~っ。医学の情報無いの?」
「だから生物学までなんだよ。まぁでも最近のものは免疫の解説とかもあるから無駄じゃないと思うけど、あれを持ってる時点で医学とか薬学と関係ない人だと思う」
「えええええ~っ。だって、だって、君、特効薬とか作ってたじゃない」
「そう、だからもう大変だったんだよ。俺、医学の知識全然ないし。一般常識だけだし」
「……そうだったんだ」
「まぁ、もう終わったことだからいいけどな。ほとんど神様のお陰だよ」
「ううっ」
「いや、お前が責任感じようなことじゃないよ。そもそもお前を召喚してる時点でおかしい」
「そうよね。って、なんかちょっとムカつくんだけど」
「いやいや、そうじゃなくて。俺を召喚したのもおかしい。世界が衰退する原因調査なんて人間にさせるなよってこと」
「そ、そうよね! そうなのよ。ほんとよ」
「うんうん、そんなん、知ったこっちゃねぇよ。ってか、誰もそんな調査できないよ。それこそ神様しか分かんないよ。神様に分かんないこと人間にさせんなよってことだ」
「耳がいたい……」アリス、珍しく真摯な態度で聞いてる。
「そうよね。ほんと、そこのとこが今の神界の限界なのよ」とイリス様。
「成長の遅い神の限界なのだ。だが、リュウジの言うことはもっともなのである」
おお、ウリス様の賛同も頂きました。これは心強い。
「うん、リュウジ怖い」そうですね。平常運転でなにより。
「まぁ、いい。とにかく椎名さんの話を聞かせてもらおう」
「いいわ。覚悟してね」
「わかった」
* * *
「ある日私は、あなたと同じようにこの世界に召喚された。正直、日常に飽きていた私は、ちょっと興奮していたわね」椎名美鈴は思い出すように話始めた。
「この世界の問題を解決した後、元の世界に帰れるという話にも好感持てたし。どうせ帰るなら、ちょっと普通じゃない経験をしてからでも良いかなって思ったのよ」
うん、俺がこだわらなかったのも大体同じだ。ある日突然、違う魅力的な未来を選択可能だと言われれば、トライしようと思う人は多い筈だ。
うん? 俺、元の世界に戻れるって聞いたっけ?
「元の世界に戻れるの?」
「戻れるわね」とアリス。
ほう。それは良心的。って俺、今更戻らないけどな。
「まぁ、何年も経ってから戻ってもしょうがないんだけど」と美鈴は言う。
「確かに」
「あと、チート能力付きってのも多分に影響したわね。多分、ゲーム感覚になってたんだと思う。でも、ここはゲームじゃない。ゲームは設定どおりにしか動かないけど、ここは想定外のことばかり。いいえ、私が想定していなかっただけなのかも知れないけどね。とにかく、思い通りにはならなかった」
美鈴は、そう言ってから少し茶を飲んで続けた。
「アリス様に会って、理科年表の話をしたのもその頃ね。相手がゲームのような魔王や魔物なら力技で解決できたんでしょうけど、ここは違った。この世界で、私は解決策を見出すことは出来なかった」美鈴は悲しそうに言った。
それは、俺も同じように感じたことだから、よく分かる。
「必要なのはチート能力じゃなくて本来の人間の力のほうだった。神力を沢山貰っても、この世界の問題は解決できない。少なくとも私にはね。それはそうよね。だから人間の私を呼んだんだもの」
何かをぶち壊せばいいというような簡単な話じゃないからな。
「でも私には人間の力が足りなかった。私は人間の力を獲得する努力をしてこなかったんだって思い知ったわ。折角、機会も能力もあったのに」
「いや、高校生じゃ仕方ないだろ。必要なのは専門的な知識だからな」
「そうね。でもやろうと思えば出来たし、一般的な常識も足りてなかったと思ったのよ」
そう言って美鈴はちょっと間を置いた。
「結局、私は手詰まりになった。私を支援してくれていたのは神父モートンくらい。彼は親身になって私の活動を支援してくれたわ。でも、そんな状況では神界が「神界リセット」を検討し始めるのを止めることは出来なかった」
「なるほど」
美鈴は、ちょっと自傷ぎみに笑った。
「でも、私は、この世界を見捨てたくなかった。確かにディストピアと言える状況だったけど、神界リセットで終わらせたくなかった。それで、私は回避方法を探したの」
部屋は静まり返っていた。
* * *
「神界リセットそのものを止める方法は簡単に見つかったわ」
「リセット中に私が神力を急激に吸収してやれば、神力が足りなくなってキャンセルされる。これは神界では公開された情報。注意事項をわざわざやるハズないわよね普通」
「ただ、邪魔しただけじゃ問題は解決しない。私は解決策を探した。それで、見つけ出した方法が『メッセージ誘導』」
「なんですって!」
アリスはびっくりして思わず声を出していた。
「なんだ、そんなに驚くような事なのか?」
「あ、大きな声出してごめんなさい。でも『メッセージ誘導』は使徒の能力の中では禁忌とされているものなのよ」
「使徒の能力……あ、これか。グレーアウトしてるけど」
「ええ、普通は実行出来ないのよ」
「出来たとして、それは何なんだ?」
「ええと、私とあんたは直接頭の中で会話できるでしょ? でも、他の人とは出来ない。他の人にはメッセージを送れないの。でも、この『メッセージ誘導』だと送れるのよ」
「ほう」
「ただし、メッセージの内容にもよるけど受け取った相手は自分が考えたと思ってしまうの。他者からのメッセージだと気付かない可能性が高い。つまり、送られたメッセージを『自分が思い付いた』と感じてしまうのね。それは、他者の思考を操作する事になるとして禁忌とされているの」
なるほど。確かに頭の中で何か考えてる時、自分の声のつもりでいるが実際の音を聞いている訳では無い。
頭の中で他の人の声を思い浮かべる時だって、想像してるだけで実際の音ではない。
『メッセージ誘導』の場合、自分の声のように感じるのか。
「そんなこと出来るのか。洗脳とは違うんだな?」
「そこまでは強くないわね。ただ、思い付いたことを実行してしまうのもまた事実」
なるほど。それなら禁忌とされるのも分かる。
そもそも、人間の頭の中なんて色んな考えが飛び交っているものなのだ。自分の中にたくさんの人がいて、常に協議して行動を決めているようなものだ。そこに、はっきりした強いメッセージが届いたら、引っ張られるのも当然だろう。
「リュウジさん。『アリス』という名を思い付いたと思ってるでしょ?」と、美鈴がちょっと悪戯っぽい目で言った。
「ちょっと待て。あれ、お前がそのメッセージ誘導で俺に送ったのか? 『アリス』って?」
「そうよ。千里眼で見ていて送ったの」
「まじか」
「それと、『異世界召喚用緊急持ち出し袋』と『理科年表』で検索するって事もね」
「えっ? 私にも送ったの? あれって、以前美鈴さんが言ってたのを思い出しただけだと思ってたんだけど?」
どうやらアリスにも送ったらしい。
「ごめんなさい。でも、そんなに詳細に思い出さないでしょう? 一回聞いただけの事を」
「そういえば。なるほど」
「ああ、それで召喚のとき『まさか異世界召喚用緊急持ち出し袋を用意してる人がいるとは……』とか言ってたのか」
俺も思い出した。そういや、アリスが最初にそんなことを言っていたな。
「そうよ。まさかひっかからないと思ったのに、いたからびっくりよ」
「まじか。まぁ、理科年表を勘違いしてなけりゃ大成功だったんだがな。惜しいな」
「そうかな、結果を見ると成功してると思うけど?」と美鈴。
「ああ~、まぁ、結果だけ見るとな」
「そうね。結果だけ見るとね」とアリス。
「結果が全てよ」と美鈴。
「で、どうするつもりだったんだ?」
「あぁそうね。その前に、ちょっと一息いれましょう」
椎名美鈴は、お茶を所望した。
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