第73話 過去に向かって撃て
話題が話題だけに、談話室は騒然となった。
良いころ合いなので、休憩にすることにした。
その間に、最近気になっていた彼方此方にある『アリス伝説』や『アリス肖像画』についても聞いてみた。美鈴は「そうね。あれもそうよ」とだけ言った。込み入った話なのかも。
とりあえず、これで謎が解けそうだ。
お茶を配りなおしてから美鈴は話を再開した。
「つまり、私はこの世界を救うために神界リセットのエネルギーを流用してメッセージ誘導を送ることにしたの。目的は、再度使徒を召喚してこの魔法共生菌を駆逐してもらうこと」
うん、結果としてそれは成功したわけだ。
「そのためには、結構大変だったわ。禁忌の方法を使う以上、隠れて実行しなくちゃならない。だから私は死んだことにした」
「どうやったんだ?」
「あぁ、あなたも知ってると思うけど、魔力を使うと神力のスキャンにジャミングが掛かるのよ。私の周りを魔法共生菌で覆うと、私は神界から見えなくなるの。殆ど死んでいるような状態になる」
そんなこと出来るなんて知らなかったぞ。
「ノイズが入るって、あれか。流石に、体全部を覆う実験なんてしてない」
俺は、魔法共生菌を壁に塗りつけた部屋を思い浮かべた。今ならエナジーモジュールを並べるだけで実現できそうだが。
「普通ありえないから誰も知らないでしょうね。で、その状態で私は待った。神界リセットが掛かるのを」
「ああ、あなたは死んだと思ったって言ってたわ」
アリスが前の担当神の話を教えた。
「そうですよね」
美鈴は、少し申し訳ないような表情を浮かべた。
「神界リセットが掛かったのは、すぐにわかった。私は、全力で神力を吸い出して結晶石に溜め込んだの。急激な神力の消費は、神界であっても補充が間に合わないくらいに」
「間に合わなかったのか?」
「そうね。それで、神界リセットはキャンセルされ、私は神力が枯渇して倒れたわ。それで魔法共生菌に感染したのね。いわゆる魔法覚醒ショック」
「ああ、二日間寝込む奴か。俺も寝込んだ」
「そう。おかげで私はほとんど神力を使わない存在になった。結晶石に溜め込んだ神力は全てメッセージ誘導に使うことが出来たから好都合だったわね」
俺が感染した時と同じ状態だな。一旦、魔法共生菌に感染すると、神力が流れ難くなる。あんな状態は、普通無いから気付かないのも無理もない。
「そして、わたしはメッセージ誘導であなたを召喚したり、聖アリス教会が出来た時に支援してくれる仲間を増やすために彼方此方にメッセージを送ったわ」
「仲間を増やすため?」
「そう。私は一人で苦労したからね。仲間が欲しかった」
そういうことか。
「アリス伝説や古いアリスの肖像はどういうことだ?」
「ああ、メッセージ誘導で送れる情報は、言葉以外に映像も送れるの。女神アリス様を信奉するようにとのメッセージと一緒にアリス様の映像も送った。しかも、このメッセージ誘導って過去にも送れるのよ」
な、なんだと~っ! 過去へ送れるだと~っ?
「えええっ?」
これにはアリスも驚いていた。ただし、イリス様は知っていたようだ。
「よく調べたわね。過去にメッセージ誘導を送るのは特に難しいから、あまり知られてないんだけど。難しいのは、それだけの神力を集めることだけど」とイリス様。
美鈴はちょっと頷いて話を続けた。
「過去にメッセージ誘導を送るには大きな神力が必要。普通のメッセージ誘導でも沢山の神力を使うけど、その比じゃない。それは過去に送ると、多少なりとも過去改変になるから」
なんだと~っ? って、こればっかりだな俺。でも、過去改変だぞ! 俺は何か言いたいが、話の先が聞きたくて黙っていた。
「過去改変には、それに見合った神力が必要になるってこと。大きな過去改変の場合は、神界リセットの神力を使っても失敗すると思う」
「ちょっと、待て」俺は、流石に声を掛けた。
予想外の話になってきて、俺はちょっと思考が追い付かない感じだった。みんなもそうだったようで、静かに聞いてはいたが呆気に取られているようだ。
「あ~っ、ちょっと小休止小休止」
さっき休憩したばかりだが、時間を置くことにした。内容が濃すぎるからな。
美鈴は、自分が無能だったようなことを言っていたが、絶対そんなことはないと思う。こんなこと考える奴はそういない。
さすがに女神様の召喚条件に一致しただけのことはあるな。
* * *
とりあえず俺は、ここまで椎名美鈴がやったことを整理した。
「今までの話をまとめると、まず準備として神界リセットから神力を吸収して溜め込んだ。次に、解決策として、女神アリスの使徒召喚を誘導した。最後に、支援策として、過去へ女神アリスの降臨を予言するメッセージと映像を送った。これで合ってるか?」
「そうね。大体そんなところね」と美鈴。
いろいろと不味い事やってるようだが、ここで俺が突っ込むのはやめとこう。
「で、本当に、メッセージ誘導で過去を変えたんだな? そんなことが可能とはな」
「でも、殆どは失敗するのよ。メッセージをちょっと送っただけで、宇宙がガラッと変わるわけないでしょ?」
「ああ、そうだな。理屈は分かる。不確定な未来ならともかく、確定した過去を変えるにはコストが掛かるってことだな」
「そうね。でも伝説として記憶に残す程度なら出来る。小さな記憶だけど、多くの人に残せたら力になると思ったの」
「記憶に残すだけか」
つまり、歴史が変わるようなことはないのか?
「目的は、実際にアリス様と使徒が登場したときに支援する人を増やすこと。だって、大きく変えたいのは過去じゃなくて未来だもの。私は、メッセージを過去に送ることで、未来を変えようと思ったの」
俺は息を飲んだ。何てこと考えるんだ。それだけ、美鈴自身が苦労したんだろうか? 支援する人間を増やす必要を感じたんだろうか?
やっぱりこいつ普通じゃない。確かに、それは出来そうだし実際そうなっているとも言える。
一度決定した過去を変えるのは難しいが、確定していない未来なら変えられる。そのために過去に仕込みをしたわけだ。そして確かにうまくいった。彼方此方にアリス伝説が残っているからな。俺達に人々が好意的だったのは、美鈴の仕込みがあったからなんだ!
「イメージから絵を描いた人は何人かいたみたいだな」
俺は世界各地に残っているアリスの肖像画を思い出した。
「そうね。それで溜め込んだ神力の殆どを消費したちゃったわね」
「しかし、目的が過去改変じゃなくて、未来改変かよ」
「確かに、そういう使い方は初めて聞いたわね。リュウジも大概だけど、美鈴もとんでもないわね。あなた方の世界って、そういう人が多いのかしら」
イリス様に言われてしまった。俺、大概なんだ。
まぁ、美鈴も『異世界召喚』とか言ってたし、流行ってた事は確かだから、多いと言えば多いのかも。これには、さすがにイリス様も驚いたようだ。
しかし、禁忌の過去改変を最小限で実行して未来を変えるなんていう、こういう省エネ的な使い方は、確かに美鈴が編み出したと言うべきだろう。
「お前、大したもんだな」俺は、素直に言った。
「あら、ありがとう。たぶん、それだけ必死だったのかも」
美鈴は、全てを吐き出したというような晴れやかな表情で言った。いや、必死でも出来る事と出来ない事があるぞ。
「これで、全部かな。もう少しで、思った通りの展開だったんだけど」
「うん。そうだな。すまん、俺がちょっとやり過ぎたかも」
「うん? エネルギー革命のこと?」
「そう。魔法共生菌の駆除だけをやってれば良かったのに」
「そうかな? 正直、出来過ぎなくらいよ。ほんとに感謝してるの。ありがとう」
「い、いや、それ程でもないが」知り合ったばかりの人に礼を言われるとちょっと照れる。
「もう、こうなったら私も手伝うよ」美鈴はそう言った。どうも、本気らしい。
「それは有り難い。頼もしい味方だ。よろしく頼む!」
「了解、マスター」
「へ?」
「シスターの間では、そう呼ばれてるのよ。マスター」あ、侍女隊の影響か。
「ははは……ま、王様よりはいいか」
俺は、やっと緊張が解けてソファにもたれ掛かった。
それから、女神様からも、いくつか美鈴に質問が飛んだが、概ね理解されたようだ。
* * *
「と言うことは、美鈴さんは今も魔力を使えるのね」とアリス。
「ええ、そうですね」
以前の俺と同じってとこに運命を感じるな。この状態なら比較的安全に魔力を使える。
「もしかして、今の状態なら普通にメッセージ誘導を送れるんじゃないか?」
「えっ?」美鈴は予想外な顔をした。
美鈴にエネルギー革命の原理を説明してやったら驚いていた。そりゃ、隠れてたんだものな。魔力や神力を使わないから知る筈ないよな。
「でも、それだと真犯人ですって言って出られるかしら?」
イリス様が、じっと考え込んだ後で言った。一番重要なポイントである。
「確かに、上位神から隠れて禁忌をビシバシ使ってた私を信じてくださいって言ってもね」アリスも心配そうだ。
「いや、禁忌破ったから、処罰されちゃうんじゃ?」
「そ、そうよね」とアリス。
「神界の決定を反故にしちゃった訳よね。困ったわね」とイリス様も心配そう。
「こうなったら、メッセージ誘導で神様全員に『美鈴は無罪』とか送ろうかしら」と美鈴。
「うん、それ絶対まずいから」
こうして、真犯人は見つけたものの惑星リセットを阻止するという目的には使えそうもないということが判明した。
この展開は、さすがに想定外だ。俺の策のひとつが、いきなり暗礁に乗り上げた形だ。犯人捜しは、一番期待していただけに、ちょっときつい。
まぁ、他にも手はあるが。
* * *
「そういえば、『アリス』って、椎名美鈴さんが考えたのね」ふとエリス様が言った。
「そうです」美鈴も素直に答える。
「じゃ、イリス、ウリス、エリスは?」
「それは、リュウジが適当に……」
「ごめん、それは、あいうえお順」俺は素直に懺悔する。
「やっぱり、リュウジいけない子」ごめんなさい。でも俺、結構気に入ってるんだよね、実は。
女神様は、微妙な顔をしていた。
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