第50話 建国宣言、そうだ迎えに行こう!-ナディアス自治領1-

 いよいよ俺達はナディアス自治領を目指し高速神魔動飛行船で出発した。


 ナディアス自治領は大陸北西の端にあり漁業が盛んな地域だ。ただ、四方を山と海に囲まれているため、交易による発展はあまり見込めないという。唯一開けているのは南西方面だが、ここには蛮族が住む荒涼とした土地が広がっているだけだそうだ。まぁ、詰んでいるとも言える。しかし、それは安全であるとも言えるので、ここに住むのを理解出来ないという訳ではない。


 位置的には、ナディアス自治領はキリシス地方の北西に位置するのだが、そこには三千メートルを越えるイエルメス山とオルメス山が立ち塞がっている。飛行船でこれを超えてもいいのだが、交易路の下見も兼ねて西のオルメス山を南に迂回してキリシス地方西端からナディアス自治領に入ることにした。眼下には、岩だらけの大地が広がっている。ここは誰の土地でもないとのこと。


 俺は、何もない地域を飛行する間に、飛行船に搭乗しているメンバーをチェックしてみた。


<神聖アリス教国代表団 貴賓室>

神聖アリス教国 国王 リュウジ・アリステリアス

神聖アリス教国 王妃 リリー・アリステリアス

神聖アリス教国 元老院議長 マレス

神聖アリス教国 魔法共生菌特効薬配布プロジェクト リーダー ネム

聖アリステリアス王国 国王 ヒュペリオン・アリステリアス

聖アリステリアス王国 宰相 ウィスリム 他補佐一名 

聖アリステリアス王国 近衛自動乗用車隊 五名

王城工事中で暇な執事 バトン リュウジの従者として

王城工事中で暇な旧領主館本館の侍女、メイド三十名

高速神魔動飛行船 スタッフ 三十名


<特別室、上層展望室>

女神アリス

女神ウリス

女神エリス


 女神様については、使徒と王様くらいしか認識していない。つまり、秘密である。


 俺の姓については、嫁の姓「アリステリアス」を継ぐことにした。地球での姓もあるけど使ってないし、いいだろう。

「リュウジ殿、アリステリアスを継いでくれて、嬉しいぞ」とヒュペリオン王。

「ぶっちゃけ、アリステリアスって使徒って事ですからね」

「うむ。そういう意味では、本当の名じゃな」

「はい、他人事とは思えません」


 というか、人数はそれなりなのに、まともに外交する気があるのか怪しいメンバーばかりなんだが。いや、それはもちろん俺の役目なんだけど、俺一人で飛んで行くほうが楽かもな。


  *  *  *


 それぞれの思惑はともかく、高速神魔動飛行船の飛行は順調だ。

 キリシス地方最西端のオルメス山を迂回してから飛行船は進路を北に取った。ここは既にナディアス自治領に入ったと言える。


「まさに北の大地といった感じじゃな」オルメス山を越えた大地を見て王様がつぶやいた。

「多少森林はありますが、人の気配はあまりありませんね」荒涼とした景色を見て、俺は言った。緯度的に俺達の街とそう違わないのに、大違いだ。それだけオルメス山の存在が大きいということか。まぁ、ちょっと前まで水不足だったことを考えれば、それほどでもないか。


ー ここは、まだいいのよ。これよりさらに西は岩ばかりの土地だから。

 アリスが教えてくれた。

ー そうなんだ。


「わたくしもここまで来たのは初めてです」ウィスリムも興味深げに話す。

「私は、初めての外国なので、この景色は忘れないでしょうな」マレスは、やはりまだちょっと不安そうに言った。


  *  *  *


 あまり変化のない景色に飽きた頃、俺たちはナディアス自治領の領都に到着した。

 当然、飛行船の発着場などないので街の上空を一周した後ゆっくり街の正門近くに降下した。門の前では既に事態を把握した人たちが待ち受けていた。


「女神アリス様の使徒様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

 あれ? 思いっきりバレてる? まぁ、普通に考えて勘違いだろうな、これ。

「私達は、神聖アリス教国の代表団です。親善のため世界を回っています」勘違いは早めに訂正しておくに限る。

「ああ、そうでしたか」女神アリスを期待する事情が何かあるのか、ちょっと残念そうだ。確かに、神界から降りてきたようにも見えるしな。

「私は、ナディアス自治領の領主をしておりますボーフェン・ウリウスと申します。ようこそおいでくださいました。これより、ご案内いたします」女神様の関係者と思ったせいか、領主自ら出迎えてくれたようだ。


  *  *  *


 領主の館に着いて領主と役人たちに挨拶を済ませると、今回の訪問目的、神聖アリス教国建国記念式典への参加と魔法共生菌防衛体制への加入を要請した。これに対し式典の参加も防衛体制の参加も快諾してくれた。これほどの技術力を持つ国から招待を受けて寧ろ恐縮しているという対応だった。


 早々と訪問の目的が達成して和やかな会談となったので、俺は到着時の領主の対応について聞いてみた。

「女神アリス様の使徒を期待されていたようですが、どうかされたのですか?」そう言うと、領主は少し躊躇いを見せたが素直に語り始めた。

「我がナディアスは、御覧の通り貧しい土地です。飢饉こそ免れてはおりますが繁栄とはかけ離れた存在です。土地が痩せておりますので作物も十分には育ちません。そのため、いつも待降教会で女神様に豊作を祈願している次第です」

 なるほど、願いを叶えに来てくれたと思ったのか。それにしては、普通じゃない感じがしたが。ん? 待降教会?


「こちらの教会では、まだ女神様の降臨を認知していないのですか?」ふと、マレスが言った。

「ああ、つい古い言い方をしてしまいました。聖アリス教会です」

「そうですか」聖アリス教会は、元は待降教会と言っていたらしい。


ー ああ、肖像画を持って行ったから名前が変わったのね。

ー 待降教会って、神様の降臨待ちって意味だよね。思いっきりバレてるし。

 まぁ、俺達の街の話なんだけど。てか、思い切り当事者なのに、ちゃんと分かってないってどゆこと?


「確かに、穀類は難しいかも知れませんね。でも、海産物は豊富に見えました。交易が出来れば穀物も手に入るのでは」俺は領主の館に来る途中で見た街の様子から言った。

「豊富と申されますと?」領主は不思議そうに言った。思い当たらないようだ。

「ここへ来る途中、毛ガニが沢山捨てられていましたが」俺がそう言うと、ボーフェンは、しばし考えを巡らしてから言った。

「あ、あれは食べられません。今年は、大量に発生してしまい、みんなで駆除しているところです」

「え? 食べられないの?」不思議に思って、千里眼とスキャンで調べたが普通に毛ガニだった。


ー ここの土地の人は食べないようね。

 アリスがそっと指摘してくれた。


「なるほど、こちらでは食べないのですか」

「えっ? あれは食べられるのですか?」領主、意外そうに言う。

「はい、とても美味しくて、地域によっては非常に高値で取引されています。今が旬で一番おいしい筈です」

「な、なんと」領主を始め、自治領の役人たちがどよめいた。もしかして、毛ガニを悪魔の使いか何かと勘違いしてた? まぁ、ありうるな。あの見た目だもんなぁ。まぁ、過去に何かあったのかもしれないが。


「リュウジ殿、わしも毛ガニは知らんが、旨いのか?」聖アリステリアス王国でも食べないようだ。この世界の常識なのか?

「そうか、結構知らない人居るんだ。じゃぁ、ちょっと料理してみますか」そう言って、俺はまだ生きている毛ガニを沢山用意してもらい、洗って塩ゆでにして貰った。


  *  *  *


 用意された歓迎会の席に移って早々、毛ガニの試食会を始まった。皆、興味津々である。


「魚を食べるときは何をつけますか?」俺が聞いたら、魚醤のようなものが出てきたので、まず俺が毛ガニの足を折って食べて見せる。

「うん、旨い。そのままでも旨いが、この魚醤もいいな」との俺の言葉に、領主も恐る恐る食べてみる。

「こ、これは」領主を見て、初めて旨いものを食った時の顔は皆同じだなと思った。幸せな顔だ。

「この、筋みたいなのは、硬いので食べません。あとは柔らかくて誰でも食べられます」

「おお、これは食べたことのない味じゃ」とボーフェン領主。

「うむ。婿殿、これはいけるな」ヒュペリオン王も気に入ったようだ。

「あらっ、美味しい」とニーナ。

「魚醤でも、あと酸っぱい柑橘類の汁をたらしてもいけます」俺がそう言ったら、厨房にあったらしく持って来てくれた。柚子に似た香りが爽やかでうまかった。

「ほう、これは香りもいいですね。うむ。旨い」領主も早速真似てみた。既に、躊躇する気はないようだ。つぎつぎと口に運んでいる。

「おおおお、こんな旨いものを我々は捨てていたのか。女神様の好意を無駄にしていたのか!」領主、涙まで流し始めた。


ー 女神様の好意なの?

ー 知らないわよ。

ー だよな。たぶん、悪魔の使いとか思ってたんじゃないかな?

ー えっ? あ~、そうみたい。

ー なるほど、悪魔だらけか。ちょっと被害妄想入ってる? それで迎えに来たのか。


「これなら、いくらでも食べられるでしょう?」カニが出ると黙々と食べちゃうもんな~っ。

「確かに」

「これは、体にもいいんですよ。特に子供や年配の人には。骨が丈夫になります」

「おお、本当ですか。それは、素晴らしい」とボーフェン。


ー えっ? 本当なの?

ー なんで知らないんだよ。カルシウム豊富なんだよ。

ー へぇ~。


 結局、俺以外は全員初めて食べたようだが、あっという間に無くなってしまった。そりゃ、宴会なのに無言で食べてしまうほどのものだからなぁ。ウィスリムさんなど、口に入れるたびに頷いてたし。


「この分だと、他にも商品になるものがありそうですね」ウニとかな。

「美味しいものを教えていただいたのは有難いのですが、我々には貴国のような空を飛ぶ機械はありません。高く売れると言っても、あのような魔道具を使っての交易は出来ないのが残念なところです」とボーフェン。領主の言うのも分かる。

「そうですね、小さい飛行艇もあるので商人は来れるでしょうが、コストはかかってしまいますからね」そう言って、俺は来る途中に見て来た険しい峠道を思い出していた。あれがある限り、コストは掛かってしまう。

 ん?

「リュウジ、また何か思い付いたのかえ?」とリリー。鋭いな。

「婿殿、また途方もない事をしでかすのか?」なんか、親子して酷いじゃないの?

「もしや」マレスさんは思い当たった模様。


 普通ですよ普通。常識人ですもん。あ、常識使徒だった。

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