第32話 絵師の女神エリス

 ある夜、俺は珍しく一人で露天風呂に入っていた。

 別に嫁達に里帰りされたわけでは無い。例え誰かが里帰りしたとしても、嫁は何人もいるから一人で風呂に浸かることは無い。単に野暮用で俺がちょっと遅れただけだ。みんな先に出て、もうすやすや寝ている頃だろう。


 たまにはこんな夜も悪くない。街の夜景を見ながら湯に浸かって目をつむると色んな事が思い出される。この世界に来ておかしなことに巻き込まれ続けていたが、考えてみると悪いことはあまり起きていない。いや、正直に言って幸運続きだったかもしれない。最初のディストピア以外は。


 街は発展している。つまり、これは俺をこの世界に呼んだ女神アリスの功績だ。あいつがここまで世界を戻したのだ。地上界には手を出さないとか言っといて来まくってるし。まぁ、直接手を下していないからいいのか。地上界に顕現しないとは言っていない。


 なんにしても、夜に灯の灯らない暗い街だったのが、今は宝石のように輝いている。


  *  *  *


「ほんとに、起きない?」

「大丈夫なのだ、あ奴が目覚める確率は0にしたのだ」

「ほんとうかしら? 広い湯船だから後光を控えれば気づかれないとは思うけど」

「この岩の影なら平気なのだ」

「ええ、そうね。ありがとう。ああ、やっとこの女神の湯に浸かれたのね」


「なんだ? もっと早く来てしまえばよかったのに。女神様感謝デーとか言っていたぞ」

「だって、未知との〇遇とか言われたくなかったし」

「ははは。おぬし見てたのか? ストーカー女神とか言われそうなのだ」

「もう、ひどい。これでもちゃんと貢献してるのよ」


「そうなのだ? なんの気まぐれなのだ?」

「ふふ、ちょっとね。アリスにあの使徒が持ってきた珍しいものを見せて貰ったのよ」

「ああ、ダブれとかいう」

「タブレットよ。ふふ。ウリスも見せて貰えば?」

「ああ、ちょっと見せて貰ったのだ。だが見てると確率をいじりたくなるので辛いのだ」

「ああ、貴女はそうね」


「でも、なんで急に来たくなったのだ?」

「え? だって、そろそろ佳境でしょ? この辺で出とかないと、もう出番がなさそうなの」

「ああ、おぬしは貢献してるのに、まだ名前も呼ばれていないのだ」

「そうね。もうわたしエリスでいいと思ってるんだけど? エリスですって言って来れば分かるかしら?」

「絵師の女神だから、エリスなのだ?」

「そうね。あ、そうだ。いいこと、思い付いた」


  *  *  *


「あら、遅かったわねリュウジ。何やってたの?」

 露天風呂から上がって寝室に戻ってみると、ニーナはまだ寝ていなかった。

「あ~、久しぶりに一人で湯に入ってたら、つい湯船でうたた寝しちまったよ」

「ひとり? ふーん。で、エリスって誰よ」

「え?」

「顔に、『エリス登場』って描いてあるわよ」

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